5-04 怪しい客 (3)

 数ヶ月前、アイリスさんたちを護衛にサラマンダーの調査へと向かったノルドさんは、そののおかげで、洞窟内へと閉じ込められることになった。

 もし閉じ込められたのが彼だけであれば、私は何もしなかったと思うけど、私にとっては不幸なことに、そして彼にとっては幸運なことに、そこにはアイリスさんとケイトさんがいた。

 結果、私は自腹を切って、アイリスさんたちの救出に乗り出すことになった。

 無事に救出した後には、アイリスさんたちが使った緊急セットなどの代金も含め、可能な限りのお金を出してくれたノルドさんだけど、私が使ったお金と比較すれば、それは極一部でしかなかった。

 使った資金の多くは錬成具アーティファクトなどとして残っているが、現金がなくなってしまったのは間違いなく、私が自分で採集に行く必要が出てきたのも、ノルドさんの所為といえば所為である。

「それで、ですか。彼も悪い人じゃないんでしょうが……」

 こうしてフェリク殿下に口利きをしてくれているわけだし。

 ――正直、微妙にありがた迷惑だけど!

 はっきり言って、王族とか平民の私からすれば雲の上の人。

 師匠のお店に来る貴族とか、学校で仲良くなった侯爵家令嬢とか、貴族の応対にはある程度は慣れたとはいえ、それでも所詮はある程度。

 公の場じゃないし、殿下が『礼は不要』と仰っているからなんとかなっているけど、それでも結構胃が痛いですよ?

「研究馬鹿なだけで、能力はあるのですが……すみませんね」

「い、いえ、殿下に謝って頂くことでは!」

「とはいえ、私があなたに金を渡すわけにもいきませんからね。割の良い仕事を持ってきたというわけです。今回の件、前金として金貨二〇〇枚、成功報酬として金貨一〇〇〇枚を出しましょう」

「「――っ!!」」

 殿下の提示した額にアイリスさんとケイトさんが息を呑む。

 確かに一つの錬成薬ポーションに払う額としては、ちょっと高め。

 ちょっと、だけどね。

 アイリスさんに使った、ちぎれた手足が繋がるような錬成薬ポーションなら、これの一〇倍以上するから。

「よろしいのですか? それだと相場の二倍ぐらいですけど」

「どんだけ高いんだ、発毛剤!?」

 叫ぶように言ったアイリスさんが慌てて自分の口を押さえるが、殿下は平然と頷く。

「それぐらいは構いませんよ。頼めますか?」

「承知致しました。しかし、これから素材を集める必要がありますので、ある程度のお時間を頂く必要がありますが……」

「問題ありません。しばらくはここ周辺地域を巡るつもりですから」

 殿下は頷きつつ、自分の頭を指さして言葉を続ける。

「医者によると、どうもこれの原因はストレスにあるようでして。今回の件は、しばらく王都から離れ、仕事を忘れる目的もあります。ここを選んだのも、視察と旅行を兼ねてですからね」

 そう言ってイケメンスマイルを浮かべるフェリク殿下ではあるけれど、その笑顔はどこか嘘くさい。

 視察はまだしも、旅行先としてこの辺りが向いているかと言われれば、疑問しかない。

 風光明媚、穏やかな気候、素敵な癒やしスポット。

 いずれもこの地域にはない物だから。

 いや、『普段見られない光景』ということであれば、大樹海やその先にある山脈に足を延ばせばいくらでも見つかるだろうけど、同時に命の危険もつきまとう。

 ――どう考えても、選択を間違ってますよね?

 などと、賢明な私は言うはずもなく、ただ必要なことだけを口にする。

「それでは、殿下の御髪を少々――」

 けれどそんな私の言葉を遮るように、背後の店舗スペースからロレアちゃんの焦ったような声が響いてきた。

「や、止めてください! きゃっ!」

「オラッ!!」


 ガンッ、ガシャン、ドン!


 ロレアちゃんの声と聞き覚えのない男の声。

 そして、それに続いた破壊的な音。

 その大きな音に私は後ろを振り返り、腰を浮かしかけたが、グッと堪えて、殿下の方を窺う。

 すぐに確認に行きたいところだけど、私が相手をしているのは普通のお客さんじゃない。

 無視して中座するのは、あまりにも礼を失する。

 いくら礼は不要と言われていても。

 だが殿下は、心得たようにすぐに頷く。

「構いませんよ。行ってください」

「失礼します!」

 許可を得るなり私は立ち上がり、店舗スペースへと続く扉を開けば、目に飛び込んできたのは柄の悪い男四人と立ち竦むロレアちゃん、そしてロレアちゃんを守るようにカウンターの上に仁王立ちするクルミの姿だった。

 事情は不明だけど、クルミが戦闘態勢に入っていることから鑑みて、彼らが何か攻撃的なことをしたのは確実。

 しかし、そんなクルミの姿を見て彼らは鼻で笑った。

「ハハッ、何だこりゃ? 動くぬいぐるみですかぁ~?」

 確かにクルミの姿はまったく威圧感がない。

 でもそこは錬金術師のお店にある物。

 普通の頭を持っていれば警戒する――が、残念ながら彼らの首の上にあるのは、普通の物じゃなかったらしい。

「邪魔なんだよ! オラッ!!」

 クルミを薙ぎ払うように手を振り上げる男。

「……愚かな」

 私の背後から覗くアイリスさんが呟くのと、クルミが動くのはほぼ同時だった。

 ぴょんと跳び上がったクルミから繰り出されたのは、クルミ・ドロップキック。

 鋭く放たれたそれが、男のお腹にめり込む。

「ぐえっ!」

 呻き声を上げて前屈みになったところで、地面に着視したクルミが再びジャンプ。

 片腕を突き上げて回転しながら、クルミ・コークスクリュー。

 顎をかち上げられた男がふわりと浮き上がり、そのまま背後へと倒れた。

「「「………」」」

 クルミのことを知らないとちょっと現実感のない光景に、三人の男が目を見開いて言葉を失う。

 ちなみに倒れた男は完全にノックアウト。

 目を見開くどころか、完全に白眼となっているけど、息はしている様子。

 ――うん、手加減はバッチリなようだね。

 クルミの爪は、岩すら削る強靱な物。

 手加減なしでやったら、大事な私のお店が血で汚れる――じゃなくて、大きな怪我をさせちゃうからね。

「……はっ!? な、何だそりゃ!?」

「この店のボディーガードですよ。それより、あなたたちこそ何ですか?」

「ボディーガード? ふざけんじゃねぇぞ!!」

 一歩踏み出して誰何すいかした私に対する男たちの答えは、乱暴な物だった。

 一人の男が大きく脚を振り上げ、苛立ち任せに店内の棚を蹴り飛ばそうとする。

 が、それはこのお店では明らかな悪手だった。

 その足が棚に当たる寸前、棚を守るように薄い光の膜が出現、それに男の脚が触れた瞬間、彼の身体は麻痺したように動かなくなり床にくずおれ――る前に、その鳩尾にクルミのパンチが炸裂、意識を失って一人目の隣に並んだ。

「な、なんなんだよ、これは!?」

 残り二人が狼狽したように後退あとずさるが、それを考慮してやるつもりは毛頭ない。

「クルミ、やって」

「がうっ!」

 私が指示を出すと、クルミは即座に動いた。

 下から抉り込むようにお腹をパンチ、倒れてきた男の顎に追い打ち。

 背を向けて逃げだそうとした最後の一人に対しては、棚を踏み台にしてジャンプ。

 天井を蹴ってその首筋に強烈な打撃を与えた。

 そして、ドサリ、ドサリと倒れる男二人と、くるりと一回転して、ポフンと着地するクルミが一匹。

 どこか満足げに私を見るクルミを抱き上げた。

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