5-03 怪しい客 (2)

「既に予想は付いているでしょうが、私がここに来たのはこの頭のことがあったからです」

「それは……殿下の頭髪が少々……その……暇乞いをされている件ですか?」

 失礼にならないよう、どう表現するべきかと悩んで言った私の微妙な言葉に、殿下は「ふっ」と笑ってはっきりと言う。

「普通にハゲと言ってください、ハゲと。無駄な気遣いは不要です。そうです、それです。サラサさん、あなたには発毛剤を作ってもらいたいのです。できますよね?」

「それはできますが……」

 発毛剤は錬金術大全の五巻に載っている錬成薬ポーションで、今の私であれば作製は可能。

 そして先ほどのアイリスさんたちに提示した、この時季の採集に適した素材の一つが主原料となっている物。

 不思議なことに、とてもグッドタイミング。

 けど、それもある意味では必然。

 その素材、“ミサノンの根”は時季を問わずに採取が可能な素材だけど、寒さの厳しいこの時季に採取した物のみが“発毛剤”の原料として使え、他の時季に採取した物で作った場合は、“育毛剤”となる。

 つまり目的が発毛剤であれば、この時季に来るのが合理的で、そこまで不思議というわけではない。

 ――その人が、王子という立場になければ、だけど。

「しかし殿下。ご依頼頂ければ、素材をお届けすることも可能でしたが……」

 むしろそうして欲しかった。

 事前連絡もなしにいきなりやって来るなんて、なんて無慈悲な行為!

 貴族ならある程度は慣れている私も、王族なんて勝手が違うんだから!!

「わざわざご足労頂かずとも、王都であれば腕の良い錬金術師には事欠かないと思いますし、そちらの方がご都合もよろしかったのでは?」

「例えばあなたの師匠である、ミリス師のようにですか?」

「はい」

 当然だけど、私と師匠の技術の差は言うまでもない。

 師匠にはつい先日もお世話になったばかり。『ミサノンの根を採ってきて送れ』と言われれば、私に『直ちに!』以外の返答はない。

 それさえあれば、殿下がわざわざこんな遠くまで来る理由なんてない。

 少し貴族嫌いなところのある師匠だけど、さすがに殿下の依頼を断ったりはしないはずだし……断らないよね?

「確かに錬金術の腕だけを考えるなら、ミリス師に依頼するのが一番でしょうね」

 フェリク殿下はニコリと微笑んで私の言葉を肯定しつつ、首を振って言葉を続ける。

「ですが、事はそう単純ではありません。これでも私は王子、そしてミリス師はマスタークラスの錬金術師。依頼をすれば、どうしても注目されます。王都は人が多いだけに、隠し通すのもなかなかに難しい」

 発毛剤という物は、なかなかにデリケートな代物。

 まったく気にしない人もいるけれど、気にする人は非常に気にするのが頭髪問題。

 何故か殿下はあまり気にしていない――どころか、それを笑いのネタにするような余裕を見せているけれど、普通に考えれば気にする部類に入るのが、殿下の立場である。

 つまり、この話が不完全であれ漏れてしまえば、色々と暗躍が始まるのは想像に難くない。

 フェリク殿下に取り入りたい派閥であれば、殿下よりも先に入手して恩を売りたいだろうし、敵対している派閥なら入手を邪魔して殿下の失点を狙うだろう。

 日和見している派閥であっても、取り引きのネタとなるならば、何らかのアクションを起こす可能性は高い。

 そうなれば確実に錬金術素材の相場は荒れるだろうし、迷惑を被る人も多いわけで。

「それは私の本意ではありません。私としては、このままでもさほど困らないのですが、このままで公の場に出るのはダメだと父に言われましてね」

「それは、そうでしょう……」

 殿下自身は気にしなくても、パブリックイメージというものがある。

 年配の王族ならまだしも、まだ若く外見も良いフェリク殿下の髪がないとか、外交的にも支障を来す。

 年配の王族ならまだしも、まだ年若いフェリク殿下。

 その外見の良さは外交的にも価値があり、そんな殿下が公の場に出られないとなれば、それは王子としてかなりの失点だろう。

 確かフェリク殿下は第一王子だったはずだけど、今の国王は未だ皇太子を決めていないし、状況によっては他の王子、王女が指名されることもあり得るのだから。

「まぁ、そんなわけでして。厄介な横槍を避けるため、可能なら秘密裏に入手したいのです」

「――フェリク殿下、発言、よろしいでしょうか?」

「えぇ、かまいませんよ。先ほど言った通り、礼は不要です」

 アイリスさんが少し手を上げて発言を求めれば、殿下は鷹揚に頷いた。

「恐れ入ります。事情は理解しましたが、何故殿下ご本人がこちらに? 使いでも出せばより目立たないはず。わざわざ足を運ばれる必要はなかったのでは? しかも、こんな田舎まで」

「何故私が来たか、それは錬金術師であるサラサさんの方が詳しいでしょうね」

 殿下から視線を向けられ、私は頷いて口を開く。

「えっとね、アイリスさん。育毛剤には二種類あるんです。一つは誰にでも使える汎用的な育毛剤。もう一つは、使う人に合わせた育毛剤。本格的に治療しようと思うと後者の方が必要なんだけど、これを作るためには本人がいないとダメなんです」

 前者でも毛は生えるけど、発毛するまでの期間はやや長く、使うのを止めるとまた抜けてしまうことも多くて、効能としてはちょっと微妙。

 それに対して後者の方は、一度生えてしまえば数年程度は効果が続くため、多少値は張っても、個人に合わせた物を作って使う方が最終的には良い結果となる。

 だからこそ、個人用に作った育毛剤は“発毛剤”と呼ばれて区別されるのだ。

 ただ、発毛剤を作るためには使用者の診察が必要で、必然的に錬金術師のところへ本人が行くか、錬金術師の方を呼ぶかするしかない。

 殿下であれば後者の方法を採れるだろうけど、そんなことをすれば確実に目立つ。

 今回に関しては、選べない手段だよね。

「そうだったのか。結構、面倒なんだな」

「はい。“禿げ薬”の方であれば簡単なんですけどね。誰にでも使えて、効果も抜群なので」

 もっとも、作れと言われても私は作れないんだけど。

 載っているのって、微妙な代物が詰め込まれた錬金術大全の一〇巻だから。

 作り方はそんなに難しくないので、作れる人はそれなりにいるし、知っている人に訊けば教えてくれるらしいけどね。

 本来なら五、六巻ぐらいに載せるのが適当な錬成薬ポーションなのに何故載っていないのかと言えば、作られた経緯が『発毛剤の失敗作としてできてしまったから』らしい。

 作った人、もしも気付かずに使ったとしたら、涙目だよね。

「禿げ薬? 店長殿、そんな錬成薬ポーションに需要はあるのか?」

「えぇ、ありますよ、案外。永久脱毛ができるので、一部の人には人気です」

 宗教的に髪を剃っている人たちとか、ムダ毛の処理がしたい女性とか。

 安くはないので誰でも使える物じゃないけど、師匠のお店にも時々買いに来る人がいた。

「使い方次第、ということなのね。でもそれなら、名前を変えれば良いのに」

「ははは……、名前を付けるのは、最初に作った錬金術師ですからね」

 これなんかまだマシな方。

 簡単に変えられるのなら、変えるべき錬成具アーティファクト錬成薬ポーションはたくさんある。

「そういう理由であれば、殿下がお越しになったのも解るけど……何故店長さんなのか、よね。ここまで来なくても、錬金術師は他にもいるだろうし。殿下、店長さんがオフィーリア様の弟子だからでしょうか?」

「それもありますが、一番の理由は先ほど言ったノルドです」

「ノルドさんですか?」

「えぇ。彼と私はそれなりに長い付き合いでして。先日、彼があなたたちにかなりの迷惑を掛けたでしょう? 『なんとかしてくれ』と頼まれたんですよ」

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