5-02 怪しい客 (1)
応接室にいたのは、確かに不審な人物だった。
外ではまだちらほらと雪が舞っているため、目深に被った帽子も、口元まで覆うマフラーも、更には身体をしっかりと覆う厚手のコートも理解できなくはない。
でも、今は既に建物の中。
そんな格好でソファーにふんぞり返っているのだから、ロレアちゃんが『偉そう』と表現したのも宜なるかな。
体格からして男性だとは思うけど、容姿すら窺えないのはいただけない。
お客さんだからペコペコしろとは言わないけど、せめて顔ぐらい見せて欲しいところだよね。
「お待たせしました」
「いえ。あなたがサラサ・フィードですか?」
その不審人物は、ソファーに腰を下ろした私たちを順に見た後、私に視線を固定してそう尋ねてきた。
その態度はどこか懐かしく……あぁ、あれだ。師匠のお店に来ていた貴族。
その中でもまともな人たちがこんな感じだった。
「はい、そうです。失礼ですが、あなたは?」
「あぁ、名乗っていませんでしたね。私の名はフェリク。フェリク・ラプロシアンです」
「「「えっ!?」」」
図らずも、私たち三人の漏らした声が揃った。
けど、それも仕方ない。
この国の名前はラプロシアン王国。
その姓を名乗れるのは、王族に連なる方々に限られるのだから。
「――名前だけでは信用できないでしょうから……これでどうでしょう?」
そう言って彼が懐から取り出して見せたのは、精緻な装飾が施された短剣。
その柄頭に刻まれたのは、確かにラプロシアン王家の紋章だった。
これを持てるのは王族、もしくは王族に認められた者のみ。
つまり、彼が本人でなかったとしても、同等の権力を持ち合わせていることは間違いなく――私たちは即座にソファーから立ち上がり、床に跪いた。
「(ほ、本物なの?)」
「(私に訊かれても判るか! 王都にすら行ったことはないんだぞ!? 店長殿はどうだ?)」
「(名前は間違いありません。ですが、王族の方々は皆、金色に近い髪色だったはずです)」
私だって王族と直接顔を合わせたことなんてないけれど、これでも王都で長く暮らしていたわけで、王族を遠目に見たことはあるし、情報や噂話も田舎に暮らす人たちよりは手に入りやすい。
そうして知った情報の一つが、王族の髪色の特徴。
でも、帽子とマフラーで隠された自称王族の髪色は、かなり濃いブラウン。
その大半は隠されていて見えないけれど、見間違えようがないほどに金色には程遠い。
少なくとも現在生存されている王族の中に、こんな色の髪をした方はおられなかったはずだけど……。
「あぁ、この髪色ですか? これは変装ですよ」
そんな風にコソコソ話していた私たちの言葉が耳に入ったのか、殿下は帽子に手を掛けるとそれを脱ぎ、マフラーを取り去った。
そうして現れたのは、肩口ほどの明るいブロンドの髪とエメラルドの瞳。
髪の色どころか、その長さまで一瞬で変わったことでアイリスさんたちが目を丸くするけど、私はそれに心当たりがあった。
――あれ“変装帽子”だ。
基本の機能は髪の色を変化させる
わざわざ染める手間も、後から色を落とす必要もないので、変装道具としてはかなり便利な代物。
更に高機能品ともなれば、髪の長さや瞳の色まで変化させられる。
当然、お値段の方も段違いなんだけど、殿下であれば持っていても何らおかしくない。
「失礼致しました。それで殿下、殿下のような方がこのような田舎にお越しになるとは、いったいどのようなご用件が?」
「それはですね。……あぁ、その前に。あなたたちも座ってください。見ての通り、今回は微行ですからね。細かい礼は不要です」
そうは言われても相手は王族。
どうしたものかとアイリスさんとケイトさんに目をやれば、二人は判断を任せるように私を見返してきた。
その視線が物語るのは、『高貴な方への対応なんて解らない!』である。
私平民。アイリスさん貴族。
普通ならアイリスさんの方が慣れているはずだけど、そうじゃないのがロッツェ家。
これまでの人生で出会った貴族の数で言えば、アイリスさんよりも私の方が何倍も多いだろう。おそらくは。
もっとも王族の相手なんて、私だって初めてなんだけど……指示に従わないのも不敬だよね。
「それでは失礼して――」
そう応えて私が立ち上がれば、アイリスさんたちも続いて立ち上がる。
そうして視線を上げた私は、その次の瞬間、過去最高に表情筋と腹筋を酷使した。
「「――っ!」」
「――くっ!」
僅かに声を漏らしたのは、アイリスさん。
でもそれも仕方ない。
だって、立ち上がったことで見えた殿下のその頭の頂辺は、綺麗に髪がなくなり、ツルツルになっていたのだから!
もしこれが、歳を取ったお爺さんとか、そうでなくとも中年を越えたおじさんとかなら、なんの問題もなかった。
もしくは若い人でも髪が完全になかったり、全体的に薄くなっていたり、ごく普通の容姿だったりすれば大丈夫だったはず。
でも相手は、控えめに言っても美形。
普通に言うなら超イケメン。正に王子様。
しかもさらさらの綺麗な長い髪。
そんな人の髪の毛が、頭頂部だけ丸くなくなっているとか、笑わずに耐えろという方が厳しい。
「んん~? どうかしましたか?」
私たちの苦悩を知ってか知らずか、肩口の髪を「ふぁさぁ」とかき上げる殿下。
ふわりと髪がなびき、キラリと光る白い歯と頭。
いや、これ、絶対わざとだ。
笑わせに来ている。
だからといって、この国のトップに近い殿下を笑えばどうなるか。
私はぐっとお腹に力を入れ、ゆっくりとソファーに腰を下ろす。
そしてアイリスさんとケイトさんも、無事に腰を下ろし――。
「おっと!」
殿下の手からポロリと帽子が落ちる。
身体を倒してそれを拾い上げる殿下。
丸見えになる頭頂部。
「――っ、ぷはっ! くぷぷぷっ!」
耐えきれなくなったのはアイリスさんだった。
でもそれを非難するのは酷だろう。
私だってかなりギリギリなんだから!
これは殿下の方が悪いって!!
でもだからといって、そのまま済ますことなどできるはずもなく、アイリスさんは再び床に膝をつくと、深々と頭を下げ、ケイトさんも顔を青くして腰を浮かす。
「申し訳ございません! フェリク殿下! な、何卒、責めは私一人に! ロッツェ家には――」
「ふふふっ! いや、気にしないでください。むしろ、我慢せずに笑ってくれても構いませんよ? この場でならね」
「い、いえ、そんな……」
笑いながら手を振る殿下に、顔を上げたアイリスさんは戸惑い気味に視線を彷徨わせ、それを見た殿下が再びさらりと髪を触ると同時、再度顔を伏せた。
声こそ聞こえないが、その肩が震えているように見えるのは決して見間違いではないだろう。
「ふっふっふ、ノルドなんて、見た瞬間に大爆笑しましたよ?」
「ノルド……ノルドラッドさんですか?」
殿下から出た意外な言葉にアイリスさんが顔を上げ、私が思わず聞き返せば、殿下は軽く頷いて肯定した。
「えぇ。私がここに来た理由の一つです。あなた――確か、アイリスさんでしたね。そのままでは話しにくいですから、気にせずに座りなさい」
「――はっ、では失礼して」
上位者に座れと言われては拒否できるはずもなく、アイリスさんが再び私の横に腰を下ろせば、殿下はそれを見て、「さて」と言葉を続けた。
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