第五章 冬の到来と賓客

5-01 プロローグ

 数日前から降り続く雪で、ヨック村は寂静に沈んでいた。

 日が昇っても出歩く人影はほとんど見られず、二階の窓から眺める光景は寞々としていながらも、どこか趣があり、ただゆっくりとそれを味わうのも悪くない、そんな風にも思わせる。

 ただ、商売人として言わせてもらうなら、そんな風流なんて丸めてポイ。

 初めての冬。

 ここ最近聞こえる閑古鳥の鳴き声に、私はちょっぴり追い立てられていた。

「そんなわけで、金策が必要になりました」

 ここ数日、毎日開かれている四人でのお茶会。

 その席で私が重々しくそう口にすると、アイリスさんがうむうむと何度も頷いた。

「おぉ、店長殿も現実を見据えたのか。解る。解るぞ。私も最初は借金の額を考えないようにしていたからな」

「見据えたというか、見据えざるを得なくなったというか……予想はしていましたが、採集者の活動低下率が想像以上でした」

「私たちもここ数日は仕事に行っていないから、あまり言えた義理じゃないけど、冬場は休む採集者が多いのよねぇ」

「その分、働けば利益は大きいんだがな」

 大樹海に於ける冬の採集作業には、それなりの困難を伴う。

 気温や雪という直接的な障害に加え、ただでさえ迷いやすい森の中、雪によって景色まで変わってしまっては尚更である。

 だが冬にしか採取できない素材もあるため、アイリスさんが言うとおり働きさえすればそれなりに稼げるし、冬場に特化した技術を持てば、かなり稼げるのも冬である。

 そういった普段採取できない素材は、総じて買い取り価格も高いのだから。

「サラサさん、そんなに困った状況なんですか?」

「んー、お店が潰れるような状況じゃないけど……研究の方は停滞、かなぁ」

 少し不安そうに眉尻を下げるロレアちゃんに、私は小首を傾げ曖昧に頷く。

 借金を抱えて首が回らない、ってわけじゃない。

 でも、先日のアイリスさんたちの救出作戦で、手持ちの現金や素材はそのほとんどを吐き出してしまった。

 結果的に残ったのは、あまり使い道のない、そして売り先もない錬成具アーティファクト錬成薬ポーションの山。

 幸い働いていない採集者の人たちも、大半は村に滞在したままなので、宿屋の部屋は大半が埋まり、新館もしっかりと稼働中。

 その建築費用は、ディラルさんから毎月順調に返済されている。

 もっともその返済額は、平民の月収と考えるなら多いけど、錬金術の素材をたくさん買い込めるほどじゃ、ないんだよねぇ。

 錬金術大全の五巻、六巻となってくると、使われる素材の価格も上がるから。

「あとは税金。春になると、税金のことも考えないといけないんだよねぇ……」

 錬金術師には色々な優遇がある代わりに、税金については結構厳しい。

 一年間の収支をきっちりと書類に纏めて国に提出、併せて税金も支払わないといけない。

 私の場合、春にお店を開いたから、冬が明けた時点で書類を作り、税金の計算とそのためのお金を用意する必要がある。

「それでもお店は大丈夫なんですか?」

「うん。ウチの運転資金なんて、ロレアちゃんのお給料と食費ぐらいだし?」

 この店舗兼住宅は買い取った物なので家賃は必要ないし、従業員はロレアちゃん一人。

 錬金術に使うお金に比べれば、誤差の範囲だよね。

「極端な話、税金は来年の春までに払えば良いからね」

 辺境に店がある錬金術師の場合、王都に書類を送るにしろ、自分で持ち込むにしろ、かなりの時間がかかる。

 そのため提出期間は一年以内と余裕があるんだけど、あまり遅れると印象も悪いし、少なくとも夏までには、諸々終えておきたい。

 今年の税金の支払いに、来年の収益を回すなんて状態、どう考えても経営として問題があるから。

「それでしたら、食事のランクを落とした方が良いでしょうか? それにお給料ももっと安くても――」

「おっと、ロレアちゃん。それは気にしなくて良いよ。はっきり言って、食事はもちろん、ロレアちゃんが一人でも十人でも、大勢にはまったく影響がないから」

 遠慮がちに言うロレアちゃんの提案を言下に否定する。

 せっかくのロレアちゃんの手料理、美味しくなくなったら勿体ないからね。

 そもそもウチの食料品、農産物はロレアちゃんのおかげで産地直送、ご近所さん価格。四人分、一月分でも安い錬成薬ポーション一、二個分程度。

 お肉だって、家賃免除の居候二人が時々獲物を持ち帰ってくれるから、実質タダ。

 それにロレアちゃんのお給料を加えたところで、本当に微々たるもの。節約したところでほとんど意味がない。

「しばらく錬金術は休むか、それとも自分で素材を探しに行くか……」

 この三日間のお客さんは、なんと驚異のゼロ人。

 閑古鳥が大合唱しちゃってる。

 残っている手持ちの素材じゃ新しい物は作れないし、それで作れる物を作っても、売り先がない。

 どうせお客さんが来ないなら、私自身で採集を行うのも一つの方法だよね。

 ――なんか、月一ぐらいのペースで採集に行っている気もするけど。

「店長さん、私たちに手伝えることがあったら、なんでも言ってね? 店長さんが困っているのって、私たちが原因なんだから」

「うむ。私たちに採ってこられる物なら採ってくるし、店長殿に同行しろというのなら、どこへでも付いていこう」

「ありがとうございます。う~ん、本格的に検討してみましょうか。そろそろ雪も上がりそうですし、明日には出かけられるかもしれません」

 来ないお客さんを待ち、お茶を挽くのも時間の無駄。

 どうせ挽くなら屑魔晶石だけど、今はこっちの在庫も乏しい。

「店長殿、私は詳しくないのだが、この時季だとどのような物が得られるのだ?」

「そうですね、少し待っていてください」

 私はティーカップをテーブルに置き、一度席を立って錬金素材事典を取りに行くと、みんなが見えるよう、それをテーブルの上に広げた。

「この付近、採集の難易度が高すぎず、それでいて価値が高い物。それに私が使いたい素材となると、あまり候補がないのですが……」

 パラパラと事典をめくり、私はいくつかの素材をアイリスさんたちに示す。

 冬の魔物は油断できないので、基本的には植物系。

 魔物も狩れそうなら狩るのもありだけど、価値ある対象は遭遇するのも、見つけるのも難しい。

 その点植物系は、寒さに耐える根性と根気があればなんとかなる。

 ――たまに遭難して死ぬけど。

「あまりない、と言う割には選択肢はあるんだな。採集者としては、やはり高い物を狙うべきだろうか?」

「でも私たち、雪中での採集活動には慣れていないのよね。店長さんがいてくれるとしても、最初は簡単な物からやってみるべきじゃないかしら?」

「冬は長いですし、その方が良いかもしれませんね。私の経験も、何度か実習に出たぐらいですし。それだと、適当な物は――」


 カラン、コロン。


 話し合いの最中、久しぶりに聞こえてきた音に、私たちは揃って顔を上げた。

「……お客さん?」

「おぉ、この村にも、私たち以上に勤勉な採集者がいたのか」

「氷牙コウモリのこともあるし、普通にしてたら冬に働く必要はないはずだけど」

「それはブーメランだよ、ケイトさん……。ま、村の人かもしれないし、出てみようかな」

 そう言って腰を上げようとした私を制するようにロレアちゃんが手を上げ、素早く立ち上がった。

「あ、サラサさんたちはそのまま続けていてください。私が出てきますから」

「そう? じゃあお願い」

「はい。任せてください。久しぶりのお仕事です!」

 働けることが嬉しいのか、笑顔で出て行くロレアちゃん。

 しかし、私たちが検討を再開して程なく、顔に困惑を浮かべて戻ってきた。

「どうしたの?」

「えっと……なんというか、怪しげなお客さんが……」

「え、また? ノルドさんがやってきた、とかじゃないよね?」

「はい、違います。怪しさはそれ以上です」

「あれ以上って……」

 あ、いや、ちょっと待った。

 よく考えたら、ノルドさんって、外見はそんなに怪しくなかったよね?

 身だしなみに気を遣っていないだけで。

 色々あって、怪しい人という印象がすり込まれてたけど。

 ……うん、イメージって怖い。

「解った。すぐに行くね」

「あの、なんだか偉そうな雰囲気だったので、応接室にお通ししたんですが、良かったですか?」

「そうなの? うん、問題ないよ。あの部屋なら」

 それなりに良い調度品は揃えているけど、“刻印”の効果で盗難はできないだろうし、店舗側じゃなく廊下へと続く扉は、他人には開けられないようになっている。

 仮に客が不届き者だったとしても、被害はあまり出ない。

「怪しい人物か……。よし、店長殿、私たちも付いていこう」

「そうね、店長さん一人じゃ心配だし」

「ありがとうございます。ロレアちゃんは、店番の方、お願いできる? たぶん、お客さんは来ないと思うけど」

「はい。お気を付けて」

 不安そうなロレアちゃんをお店の方へ送り出し、私たち三人は応接室へと向かった。



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明日は『新米錬金術師の店舗経営04』の発売日です。

購入特典のSSも公開しますので、よろしくお願いします。


詳細は、近況ノートなどをご確認ください。

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