043 脱出を目指して (7)

「確かに、険しい道でしたよね」

「解るのか、店長殿?」

「えぇ、ある程度は。クルミのおかげで。ねー?」

「がうがーう!」

 魔力の残量を考慮して完全同調こそ控えていたものの、ここに拠点を作って以降は時折聴覚の同調を行ったり、クルミが把握した状況をフィードバックしたりと、情報収集は行っていた。

 その中でも重要だったのは、抜小路検知器もどき。

 最高品質の抜小路検知器であれば、先に続く通路の形状まで把握できるのだが、当然ながら私がでっち上げた“もどき”に、そんな機能はついていない。

 その代わりに、クルミを術式に組み込んだことで、クルミ自身はおおよその形状を把握できるようにはなっていたのだが、アイリスたちにそれを伝えるすべはなかった。

「でも、私の方はクルミと同調することで、把握ができましたから……」

「もしかして、時々クルミが描いていた模様も?」

「それも含めて、ですね」

 他には自身の錬金生物ホムンクルスの位置を把握する錬成具アーティファクトとか、色々な物を組み合わせることで、おおよその地図を作り上げ、アイリスさんたちを救出可能な箇所を特定。

 そこに向けて穴を掘ると同時に、アイリスさんたちをクルミに案内させたのだ。

「だから、救出できたのね」

「さすがに、闇雲に穴を掘るわけにはいきませんからね」

 これでもかなり綿密に、それでいて急いで計画を立てたのだ。

 携行保存食レーションに余裕があったので、アイリスさんたちの命に関してはさほど心配してなかったけど、魔晶石が残り僅かになり、クルミの魔力に不安が出てきて、ちょっと焦った。

「でも、話を聞くと、かなりのコストがかかってそうなんだけど……」

「そうだよな。この小屋だって、決して安くはないだろうし……」

「まぁ、安くはない……ですね」

 ちょっと考えたくないぐらいには。

 私は言葉を濁し、探るように聞いてくるケイトさんたちから、視線を逸らす。

 せめてもうしばらくは、そんなことは忘れてアイリスさんたちが助かった喜びに浸っていたい。

「でも今は、そんなことより、早く戻ることを考えましょう。ロレアちゃんも心配しています。元気な姿を見せてあげないと」

「そう、だな。ここはまだ、大樹海の中……なんだよな?」

 辺りを見回すアイリスさんに、私は頷く。

「えぇ、溶岩トカゲがいる山、そこを下った辺りですね」

「なら、まだ気は抜けないわね。撤収作業も必要なのよね?」

「はい。錬金釜など、持ち込んだ機材は絶対に持ち帰らないとダメですし、寒くなると野営も厳しくなります。ですから、手早く撤収作業を――」

 開始しましょう、と言おうとしてグレイさんたちの方へ視線を戻せば――理解不能な状況が、そこで展開されていた。

 どういう経緯を辿ったのか、グレイさんとノルドさんの二人が上半身裸になり、パンプアップ。

 ポーズを変えながら繰り返されるそれは、下手をすると年齢制限が必要になりそうな絵面である。

 具体的に言うなら、未成年お断り?

「何ごと……?」

 理解できない光景に私が目をパチパチしていると、近付いてきたアンドレさんが苦笑しつつ解説してくれた。

「それが、何故かグレイとノルド、どちらの筋肉がより実用的か、言い合いになってな」

「……意味解りません」

 解説を聞いても理解できなかった。

「さっきまで、意気投合してませんでした? あの二人」

「筋肉という総論では解り合えたようだが、実戦で鍛え上げた筋肉が一番だとか、それは筋肉のバランスが悪いとか、各論では一致しなかったようだな」

「グレイさんって、真面目な人だと思ってたんですが……」

 更に理解不能。

 困惑する私に、ギルさんも二人へのツッコミを放棄して近付いてきた。

「いやぁ、あいつも俺たちと似たようなもんだぜ? 無口さに騙されがちだけどよ、俺と一緒にやってけてるんだからな。はははっ!」

「なるほど、それは理解できました」

 ギルさんの軽薄にも近い軽妙さ、それを我慢できる時点で、忍耐力が強いのか、もしくは、どこか似たところがあるのか。

 前者かと思ったら、後者だったらしい。

 しかし、いつまでも二人のパフォーマンスを見ているわけにもいかない。

 私の趣味じゃないし。

「ねぇ、アイリスさん、ケイトさん。あれ、止めてくれません?」

「すまない。私のような乙女は、ちょっと近付けない」

「えぇ、そうよね。私たち、貴族の令嬢とその付き人だし」

 ……あれ? 以前、騎士としての訓練に参加してるから、男の上半身裸とか、見慣れているとか聞いたような覚えが。記憶違い?

 でも、生い立ちだけを考えれば、ケイトさんの言葉は間違ってないわけで。

「ギルさんたちは――」

「あいつら、全然話を聞きやしねぇ」

「筋肉談義は面倒くさい。サラサちゃん、ビシッと言ってやってくれ」

 当てにならなかった。

 私は深くため息を吐くと、仕方なしにその汗臭そうな空間へと近付いた。

「二人とも! 筋肉なんかどうでも良いですから、帰る準備をしてください!」

「どうでも良いって……重要だよ、筋肉。あったら便利だからね。サラサ君は……ちょっと貧弱そうに見えるよ?」

「うむ。少し肉付きが足りないな」

「そうだね。筋肉だけじゃなく」

「うっ……」

 ちょっぴり自覚はある。

 孤児院時代の影響か、私はちょっと成長が遅く、身体も小さめ。

 それに伴う筋力の少なさから、魔力による身体強化なしでは、時に錬成作業に影響が出るほど。

 でも、ノルドさんみたいなマッチョにはなりたくない。

 女の子として、絶対に。

 そして、肉付きが足りないとか言った二人は許さない。

「ふふふ……。ノルドさん、グレイさん、そんなに筋肉に自信があるなら、錬金釜と魔力炉、担いで持ち帰れますよね?」

 持ち込んだときには、ダルナさんから荷車を借りて運んできたんだけど、当然ながらすでに返却済み。

 今から借りに戻っていたら、村への帰還が遅くなる。

 でも筋肉自慢の二人なら大丈夫に違いない。

 そんな思いを込めてにっこりと微笑めば、直接は知らないノルドさんはやや困惑気味に眉を上げ、ここまで運んできたグレイさんは言葉に詰まる。

「錬金釜と魔力炉……?」

「あ、あれか……」

「まさか、持てないなんて言いませんよね? 私でも持てるんですからっ!」

 私はそう言いながら、小屋の中から錬金釜と魔力炉を運び出し、ドンッ、ドンッと二人の前に置く。

 ――当然、魔力による身体強化を使ってだけど。

「いや、しかし、ここから村までは日数が……」

「大丈夫です。走れば一日で着きます」

「逆に大丈夫じゃないやつだよね、それ!?」

「おや? ノルドさんの筋肉はそんなものですか? どう思います、アイリスさん」

「ん? そうだな、筋肉は見せるものじゃなく、使うものだよな」

 アイリスさんにパスすれば、自然に良い感じに煽ってくれた。

 そしてケイトさんは、むふりと笑い、意図的に煽る。

「使えない筋肉に意味はないわよね。それとも、ノルドさんの筋肉は見せかけだけだったのかしら?」

「違――って言って良い場面? これ?」

「何だ、実戦で鍛えられていない筋肉など、所詮その程度か」

「なにを――」

「違うというなら、見せてみろ! フンッ!」

 気合いを入れて錬金釜を担ぎ上げるグレイさん。

 私が入れるほどに大きい金属製のそれは、かなり重い。

「ちょっと、そっちの方が軽く見えるんだけど!?」

 そしてそれよりもズシリと重いのが、魔力炉。

 なので、ノルドさんの言い分は間違っていない。

 ただし形状的に持ちやすいのは魔力炉の方なので、運ぶときにどちらが楽かは微妙なところ。

「気のせいだ。さあ、帰るぞ。お前の筋肉に嘘がないというのなら、しっかり担いでついてこい!」

「いや、絶対こっちが重いよね!? サラサ君の表情からしても!」

 おっと、顔に出ちゃってたか。

 でもノルドさんは、文句を言いつつも魔力炉を持ち上げ、歩き出したグレイさんの後を小走りに追う。

 うん。筋肉云々はともかく、それを持てる時点でかなり鍛えられていることは間違いないから、誇って良いと思う。

「はぁ~。面倒くさくてすまねぇな、サラサちゃん」

「あ、いえ。あのグレイさんはちょっと意外でしたが、普段のギルさんに比べれば、どうということも」

 二人の背中を見送りながらヤレヤレと首を振るギルさんに、ポロリとそんなことを言えば、ギルさんが愕然とした表情で私を振り返った。

「え、酷くねぇ!? 俺ってそんなにウザい!?」

「……なんとなく?」

「明確な理由がない分、更に酷ぇ!」

 実際のところ、頼んだお仕事はきっちり熟してくれるし、結構頼れる人なんだけど、ちょいちょい挟み込まれる軽口が、印象を下方修正しちゃってるんだよね。

 何というか……良い人には一歩及ばない、悪くない人レベル?

「自業自得だろうが。お前もそろそろ落ち着きを覚えても良い年だと思うぞ? サラサちゃん、荷物は纏めておいた」

「ありがとうございます、アンドレさん。いつも助かってます」

 対してこっちはできる人。

 安定して頼れるのは、さすが三人のリーダーか。

 さすがに、年齢的に対象外だけど。

「見落としがないかもう一度確認して、帰りましょうか」

「そうだな。取りに戻るのは面倒だからな」

「そいじゃ、俺はあっちを見てくるわ」

 手分けしてしっかりと確認を始めた私たちに、アイリスさんが少し戸惑ったように、すでに小さくなり始めている二人の背中と、私たちを見比べ、口を開く。

「なぁ、急いで後を追わなくて良いのか? あの二人、もうずいぶん先まで行ったようだが……」

「急ぐことはない。どうせあのペースじゃ、長くは続かないさ」

「ですね。さすがにあれを持って、一日で村まで辿り着けるとは思えませんし」

 戸惑い気味のアイリスさん、そしてケイトさんには休んでいてもらい、しっかりと確認を終えた私たちは、ここしばらくの拠点として使っていた小屋の扉を閉じて鍵を掛けた。

 せっかく作った小屋、野生動物や魔物に荒らされるのは勿体ないからね。

「さて、帰りましょうか」

 ポンと両手を合わせ、荷物を持ち上げた私は、少しぐったりとして地面に座り込んでいるアイリスさんとケイトさんに手を差し出した。

 ずっと気を張っていたからか、安心できる状況になって疲れが出た様子のケイトさんは、ホッと息を漏らして、私の手を取る。

「あぁ……、やっと帰れるのね」

「すみません、お待たせしましたね」

「いいえ、気にしないで、店長さん」

「何だ、ケイト。情けないぞ!」

 すぐに立ち上がり、『ふんすっ!』と胸を張ったアイリスさんを見て、ケイトさんが深いため息を吐いた。

「……はぁぁ。ちょっと前までは、帰れるか判らないと泣き言を言っていたのに」

「なっ!? (それは秘密だぞ、ケイト!)」

 チラチラと私の顔を見ながら、何やらケイトさんに囁いているアイリスさんだけど……まぁ、クルミが耳にしたことは、ある程度、把握しちゃっています。

 ケイトさんはそれを理解しているみたいだけど、特に何も言わず、アイリスさんの背中を押した。

「そっちは忘れても良いけど、無事に脱出できたんだから、アデルバート様への報告を考えないとね」

「うぐっ、それがあったか……」

「大丈夫よ、帰るまでは一日以上かかるみたいだし、ゆっくり考えれば。私に責任がかからない報告を」

「やっぱり叱られるのは、私の役目なのか!?」

 やや騒々しくも、晴れやかなアイリスさんたちの会話に、私とアンドレさん、ギルさんは笑みを浮かべ、森の中を歩き出す。

 そんな私たちの間を、ざわざわと音を立てて風が吹き抜けた。

 その風の冷たさを感じたのか、アイリスさんが頬に手を当てて空を見上げる。

「……もう冬、か。洞窟の中とは違うな」

「そうね。私たちの秋は失われたわね」

 ケイトさんも周囲の木々を見回して、少し憂鬱そうに呟いた。

「結構長い間、閉じ込められてましたからねぇ」

「それも命の代わりだと思えば、安いものだが……そろそろ雪が降り始める。そうなると、森の中に入るのが厳しくなるな」

「採集者には、厳しい季節になるわね……」

 まるでその言葉に応えるかのように、にわかに空から白い物が落ち始めたのだった。

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