042 脱出を目指して (6)
幅は両手を広げたほど、高さはアイリスが手を伸ばせばなんとか届きそうなぐらい。
敢えて違いを挙げるとするなら、ちょうど通路が屈曲し、右側に大きく曲がっている箇所といえるだろうか。
「ク、クルミ君。こ、ここに何があるんだい?」
「がう」
まだ息の整わないノルドラッドの問いに、クルミはポンポンと側壁を叩く。
そこに三人の視線が集中するが、じっと見つめても、やはりごく普通の洞窟の壁である。
「……何か貴重な物でも埋まっているとか?」
「貴重な物って?」
「例えば……金鉱脈とか」
「それは確かに貴重だけど、さすがにそれはないでしょ。この状況で」
「うん、ないね。この辺りの壁の状況は、金鉱脈があるような感じじゃないよ」
ケイトの言葉に同意したノルドラッドだが、その意味は少しズレていた。
「がうがーう」
首を捻る三人に対し、クルミは両腕をゆっくりと上下に動かし、落ち着けとでも言いたげなジェスチャーをする。
「むぅ、何かあるんだろうが、よく解らないのは落ち着かないな」
「そうね……って、何か聞こえるような……?」
耳をピクピクとさせるケイトに、アイリスが眉を撥ね上げ、慌てたように周囲を見回す。
「何かって――まさか、サラマンダーが近くにいるのか!?」
「なら、また崩落が!?」
急いでノルドラッドが腰を上げた次の瞬間――
ガンッ、ガラガラ!
やや控えめな音を立てて、先ほどクルミが叩いていた岩壁が崩れ落ち、穴が出現した。
その大きさは直径一メートルに満たないほど。
唖然としている三人の顔に、そこから冷たい風が土煙と共に吹き付けてきた。
これまでとははっきりと違うその空気に、三人はハッと息を呑む。
「――っ!! まさか、外に!?」
「正解です、アイリスさん」
懐かしさすら感じさせる声と共に土煙が晴れ、現れた顔を見た瞬間、アイリスの瞳から図らずも涙が溢れた。
◇ ◇ ◇
「お久しぶりです、アイリスさん、ケイトさん。救出に来ましたよ。ついでに、ノルドさんも」
「「店長殿(さん)!」」
腰をかがめた私が狭い穴から出るなり、アイリスとケイトさんに抱きつかれた。
その衝撃をなんとか受け止め、その後ろで苦笑しながらも、どこかホッとした様子を見せるノルドさんにも視線を向ける。
「ハハ、ボクはついでかい?」
「はい、ついでです。ノルドさんだけなら、助けに来ませんでしたから」
ちょっときつい言い方かな、とは思うけど、仕方ないよね?
今回の原因、どう考えてもノルドさんなんだから。
いくらノルドさんが研究者で、アイリスさんたちがその護衛とはいえ、限度があると思う。
実験するなら安全を確保してから。
私なんかは師匠に口を酸っぱくしてそう言われているけど、それを守れない、非常に迷惑な人がいることはよく知っている。
そして、概してそういう人こそ成果を出したりするものだから、手に負えない。
人と違うことをするからこそ、特別な結果が出るのかもしれないけど、できればそういう人には私とは関わりのないところで幸せになってほしいものである。
「て、店長殿、実は私、そろそろ、ダメかと……」
「結構時間がかかりましたからね。でも、もう大丈夫ですよ。ちょっと狭いですが、この穴はちゃんと外に繋がっていますから」
私から離れ、声を震わせるアイリスさんの目元をハンカチで拭えば、アイリスさんは涙をこぼしながらも笑顔を浮かべる。
ケイトさんは……ちょっと潤んではいるけど、大丈夫そう。
「店長さん、本当にありがとう。大変だったんじゃない? 色々と」
「まぁ、それなりに。でも、私としても、ケイトさんたちは見捨てられませんから。さぁ、早く外に出ましょう――っと、その前に」
私は傍に座り込んでいたクルミを抱き上げ、魔力を補充する。
……うん、やっぱり、ギリギリだったね。
良かった。失うことにならなくて。
「サラサ君、先ほどまでのクルミの動きは、やはり君が?」
「まぁ、そうですね。でも、話の続きは外に出てからにしましょうか。待っている人もいますから」
「待っている人? 店長殿だけではないのか?」
「さすがに私も、この森で一人、長期間の野営は厳しいですよ。さぁ、行きましょう」
「森……どの辺りに出るのかしら?」
再び腰をかがめ、アイリスさんたちを先導して洞窟の外へと向かう。
ちょっと辛いけど、大きくなればなるだけ必要コストと難易度が上がるので、これは仕方ない。
このサイズの穴を掘る
その上、今回の救出作業だとまったく利益は出ないわけで……とても痛い。
でも仕方ないよね。見捨てることができなかったんだから。
「外に出ますよ」
「おぉ、ついに……太陽の光だ……」
アイリスさんは穴から出ると、ぐっと腰を伸ばし、両手を広げて目を細め、太陽の光と新鮮な空気を味わう。
ケイトさんもまた、急に周囲が明るくなったことで、眩しさを耐えるかのように目元を押さえた。
「久しぶりの……あぁ、空気が冷たいわ。もう冬なのね……」
「ですねー。先日は少し雪も降りましたし、これ以上長引くようなら、私たちも厳しくなるところでした」
「私たち――そういえば、他にも人が……」
「はい、あちらですね」
「おう、アイリスの嬢ちゃん、無事だったか」
「取りあえずは元気そうだな」
「怪我がなくて良かった」
明るさに目が慣れてきたのか、瞬きしながら周囲を見回すアイリスさんに、私が指さした先にいたのは、アンドレさんたち三人。
いつもお世話になっている、お馴染みの採集者である。
「アンドレ! ギル! グレイ! お前たちも助けに来てくれたのか!」
「ありがとうございます! まさか、店長さん以外にも来てくれる方が……」
「つっても、サラサちゃんに頼まれて、だがな」
「簡単な力仕事だけだ。大したことはできていない」
「いえいえ、皆さんがいなければ、準備を整えることはできませんでしたから、重要な手助けでしたよ」
感激したケイトさんたちにお礼を言われ、照れたように謙遜するアンドレさんたちだが、実際、三人の手助けは非常に重要だった。
今回のことに対処するにあたって、距離の制約はそれなりに大きかった。
クルミと同調するにしてもできるだけ近い方が効率が良いし、何らかの対処をするにしても素早く行える。
だが、私は錬金術師。
それに対処するために考えた方法は――。
「これは……なかなか立派な拠点だな?」
「えぇ、ここで錬成が行えるように、整えましたから」
魔力炉と錬金釜を持ち込んで、近場に拠点を作ることだった。
ゲベルクさんに加工してもらった部材をここまで運び、小屋を建て、その中に魔力炉と錬金釜を設置する。
時間さえ掛ければ私一人でも可能な作業だけど、その時間が貴重なわけで。
アンドレさんたちには、荷物の運搬や村との連絡役、周囲への警戒など、とても多くの手助けをしてもらった。
一応日当は支払っているけど、提示されたその額は決して高くなく、仕事の内容にはとても見合わない。
きっとアイリスさんたちの救出作業だからこそ、協力してくれたんだと思う。
「へぇ、つまりサラサ君は、ここから洞窟内の状況を把握して、救出策を練っていたと。とても興味深いね」
私たちが感動の再会――っぽいものをしている間、遠慮して一人身体をほぐしていたノルドさんが、一段落ついたと思ったのか、ひょっこりと後ろから顔を出し、小屋の中を覗き込んだ。
しかし、そんな暢気な物言いに、強面採集者の三人の表情が厳しくなる。
「おう、コイツが今回の原因の研究者サマかい?」
「アイリスちゃんとケイトちゃんを危険な目に遭わせてくれたそうじゃねーか?」
「護衛は契約だろうが、護衛される方も危険を回避する注意を払うのは、当然の義務だろう?」
しかしノルドさんは、そんな三人の視線にもまったく堪えた様子を見せず、朗らかに笑う。
「ハッハッハ、まったくだね。今回はボクの筋肉が足りなかったようだよ。君たちぐらいあれば、なんとかなったかもしれないんだけどさ」
「ふむ……」
腕を曲げてパシンと二の腕を叩いたノルドさんと、そんな彼をじっと見るグレイさん。
そんな二人の視線が交わり、何かが通じ合った。
「理解しているなら、これ以上、俺から言うことはなにもない」
「いや違うだろ!? サラサちゃんから話を聞いた限り、多少筋肉が多くても、どうにもならねぇからな!?」
即座にギルさんからツッコミが入ったが、グレイさんはそれを聞き流し、ポンとノルドさんの大胸筋を叩く。
「お前の筋肉も悪くない。とても机にかじりついている研究者とは思えないな」
「ボクは現場を大事にするからね。筋肉を鍛えるのも当然のことさ!」
キラリと歯を光らせてサムズアップするノルドさんと、男臭い笑みを浮かべて腕を組み、深く頷くグレイさん。
対してギルさんは額に手を当てて天を仰ぎ、距離を置いたアンドレさんは、処置なしとばかりに肩をすくめた。
「えーっと……ノルドさんって、筋肉推しなんですか?」
戸惑いつつ、アイリスさんに確認してみれば、アイリスさんは少し考えて頷く。
「そうだな、どこかそんな雰囲気は感じられたな」
「いえ、かなり露骨だったと思うけど?」
うーむ、何か、危ないときに筋力で切り抜けた原体験でもあったのだろーか。
細マッチョに鍛えられた肉体は、見方によっては魅力的だとは思うけど。
「でも、ノルドさんが身体を鍛えていたおかげで、生き延びられた部分もあるのよね。険しい道のりだったから」
軟弱な研究者でフォローが必要だったなら、たぶん無理だったと言うケイトさんに、私も
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