039 脱出を目指して (3)
「作るって……
『師匠に助力を頼んだ。不可能ではない』
「そっか、マスタークラスの経験と技術があればそれも可能……?」
『ただし、正式な
「クルミ……店長さんがクルミを通じて、ということよね?」
確認するように言ったケイトの言葉を、クルミは首を振って否定する。
『違う。クルミ自身がやる。使いたいときに都合良く私が同調することはできないし、仮にできたとしても、魔力が足りない。そして、そろそろ危ない。魔晶石』
クルミがそう書き終わると同時に手を差し出す。
僅かな間、その手をじっと見つめたアイリスたちだったが、すぐにケイトがハッとしたようにアイリスが地面に下ろしていた荷物を振り返った。
そして慌てたように、その中から魔晶石を取り出してクルミに渡せば、クルミはそれをすぐに口の中へと放り込んだ。
「そうか、クルミの身体の維持が……」
「魔晶石には限りがあるものね」
現在、サラサとクルミが同調しているだけでも、クルミの身体の維持に必要な魔力はどんどん消費されている。
そのことを考えれば、同調を続けることは当然に論外。
脱出まで、どのくらいの日数がかかるかも判らない中で、定期的に短時間の同調を繰り返すことすら困難であろう。
『時間が勿体ない。作るには素材が必要。ここにある
「わ、解った!」
アイリスとケイトはこれまでに確保していた魔物の素材を、ノルドラッドは自身が担いでいた実験道具を地面に並べれば、クルミがその間を歩いていくつかの品物をピックアップしていく。
そして当然と言うべきか、その大半はノルドラッドの持つ
『壊れるけど、良い?』
「もちろん構わないよ。さっき言った通り、命が優先だから。お財布的には、かなり痛いけどね」
『感謝』
クルミはそれだけ書くと、急いで作業に取り掛かった。
かなり豪快に爪を閃かせて
アイリスたち三人がじっと見守る中、熊のその手からは想像もできないような細かな作業を続け、魔晶石を更に三つばかり消費した後、その
『できた』
一見すると、複雑な模様が描かれた板に、不格好に物が引っ付いているアイテム。
錬金術師ではないアイリスたちにはさっぱり理解できなかったが、作った本人ができたと言う以上は信用するしか他にない。
「これで……使えるのか?」
『使える。クルミに「道を判別」と言えば使える。強度はないから気を付けて運んで』
「じゃあ、それはボクが運ぼう。荷物も……減ったからね」
そう言うノルドの視線の先にあるのは、解体された
抜小路検知器もどきに使われた部材より、そちらに積み上げられた物の方が確実に多く、失われた価値もまた大きそうである。
「これはもう使い道がないのか?」
『ゴミ』
少し残念そうに訊ねたアイリスに、クルミの返答は端的だった。
だが実際、
そこから使える部品を取り出すという作業は、本来非常に困難で、『部品を取り出す』というよりも、『
必要な部品を取り出し、残った物の価値も残すようにする、なんてことは、土台無理な話なのだ。
「それじゃ、捨てていけば良いのね。店長さん、ありがとう」
『もう切る。今後は極力完全同調はしない。頑張って』
ケイトの言葉に頷いたクルミは、やや慌てたようにそれを地面に記すなり、前回のようにコテンと地面に転がった。
「え、もう? ……店長殿? 切れたのか?」
「がう」
アイリスの言葉に応えるように、起き上がったクルミがそう鳴けば、アイリスは意外そうにクルミの身体を抱き上げた。
「何だか、最後は慌ただしかったな……。私など、お礼も言えていないのに」
「たぶん、限界だったんじゃないかな? 距離や作業の難易度を考えれば」
「そうよね、かなり高度なことをやってるわけだものね。……店長さんに、また借りができちゃったわね」
「そうだな。お礼を言うため、そして恩を返すためにも、是が非でも帰らなければな。それと、完全同調はしない、と書いていたが……」
完全じゃない同調があるのかと、疑問を口にしたアイリスに答えたのはノルドラッドだった。
「それは、視覚や聴覚だけの同調だね。当然それの方が消費魔力は少ないけど、これからクルミがこの抜小路検知器を使うための魔力も必要となる。たぶん、よほどじゃなければ同調はしないんじゃないかな?」
「つまり、店長さんの手助けは、もう期待できないのね」
少し残念そうに言うケイトに、アイリスは首を振る。
「だが、本来なら手助けしてもらえるような状況じゃない。緊急パックとこの
「がうっ!」
自身を抱き上げたままじっと見つめるアイリスに、クルミは元気よく手を上げたのだった。
◇ ◇ ◇
サラサが遠隔で作り上げた抜小路検知器もどき。
それが実際に使えるのか、どこか不安を覚えていたアイリスたちだったが、それを実証する機会はすぐに訪れた。
サラサのアドバイスに従い、橙色の湧水筒で一服したアイリスたちが、探索を再開して数十分、彼女たちの前には三つに枝分かれした道が出現していた。
一つはアイリス一人ならなんとか立って歩けるほどの広さ、もう一つは横向きなら通れそうな幅の裂け目、そして最後の一つは這って行かなければ先に進めそうにない穴。
「これまでなら、広い道から進むところだが……」
「使ってみるべきでしょうね、店長さんが作ってくれたんだから」
「ならこれは……地面に置けば良いのかな?」
ノルドラッドが抜小路検知器もどきを地面に置いて、アイリスを振り返って頷くと、アイリスもまたそれに応えるように頷いて、クルミを見た。
「それじゃ、クルミ。『道を判別』」
「がう!」
アイリスの言葉を聞くなり、ぴょんと地面に飛び降りたクルミは、抜小路検知器もどきの前に立つと、それに手を置いて「ぐるるー」と唸る。
その声と共に抜小路検知器もどきが淡い光を放ち始め、それを見たクルミは手を離し、すぐに次の動作に移った。
「がーう、がーう、がうがーう!」
どこか踊るかのように、地面に置いた抜小路検知器もどきの周りを回るクルミ。
一周、二周、三周。
次第に光が強くなり――
「ががーう!!」
鳴き声と共に仁王立ちでピッと両手を上げ、動きを止めるクルミ。
そんな儀式(?)をじっと見守っていたアイリスたちは、それ以上クルミに動きがないことをみて、探るように声を掛けた。
「……終わった、のか?」
「がう!」
力強く答えたクルミは、一番広い通路を最初に指さすと「がう」と両腕を使ってバツ印。
「この道は、行き止まり、と?」
「がう」
確認するアイリスにクルミは頷き、次に細い隙間を示して同じ動作。
そして最後に這わなければ進めない穴を示して、両手を上げてマル印……っぽい動作をするのだが、腕が短すぎてマルに見えない。
「くぷっ……。こ、これは通れるってことか?」
「がう」
ちょっと噴き出しつつ訊ねるアイリスに頷くクルミ。
「そうか、ありがとう。凄くありがたい……が、ここを進むのか」
ニコリと微笑みつつ、お礼を言うアイリスだったが、その小さな穴を改めて見て、憂鬱そうにため息を吐く。
実際、その穴は人一人が這ってやっと通れる小ささで、大きな荷物を背負った状態では
先も見えないそんな穴に入ることなど、できれば避けたいのは当然だろう。
「でも、行くしかないでしょ。荷物は……ロープで引っ張るしかないでしょうね」
「そうだな……はぁ」
「アイリス君、なんだったら、ボクが先に行こうか?」
ため息を吐いて荷物を下ろすアイリスに、ノルドラッドがそう声を掛けるが、アイリスは迷うことなく首を振る。
「いや、さすがにそれはダメだろう。一応、護衛だからな、私たちは。……よしっ!」
アイリスが一つ気合いを入れ、屈み込んだその時、そんな彼女を制するように、その前にクルミがたち、ポンと自分の胸を叩いた。
「がうがーう」
「ん? なんだ?」
「……もしかして、自分が先に行くと言っているのかしら?」
「がう!」
クルミは『その通り!』とでもいうようにケイトを指さすと、アイリスに先んじて狭い穴へと足を踏み入れた。
「がっうー!」
さほど待つことなく聞こえてきた力強い声に、三人は顔を見合わせた。
「大丈夫、みたいだね?」
「……来いと言っているのかしら?」
「おそらくそうだろう。だが、これで少し安心できる。クルミに感謝だな」
アイリスは改めて地面に這いつくばると、クルミの後を追って穴の中へと這い進んでいった。
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