037 脱出を目指して (1)
それぞれ意見を出し合い、しばらく話し合ったアイリスたちだったが、現実的に選択肢などほぼなかった。
崩落箇所を掘り起こすのが難しい以上、アイリスたちにできるのは、奥へと続く道を進むことだけである。
今の場所を動かずに救助を待つという方法もあるが、助けに来てくれる可能性があるのはサラサのみ。
だが、本来そのサラサには、アイリスたちを救出する義務も責任も存在しない。
もちろんサラサはアイリスたちの救出に尽力するだろうが、それに頼り切ってしまえるほど、アイリスたちの面の皮は厚くない。
未知の場所へ足を踏み入れるということは、新たな脅威に遭遇する危険性も増えるわけだが、外に出られる道を探すためには進む他なく、仮に道が見つからずとも、周辺の気温が下がるだけで、魔力消費が抑えられるメリットがある。
そのようなことから、先へと進み始めたアイリスたちだったが――。
「……何だか、周囲の気温が、上がっているように、思えないかい?」
ノルドラッドがやや苦しそうにそう漏らしたのは、崩落現場から半日ほど歩いた頃のことだった。
細かなアップダウンはありつつも、当初こそ上方向へ延びていた洞窟。
だが、やがてそれは下方向へと変わり、今となっては崩落現場よりも低い位置まで下りてきていると思われる。
気温が上がったのはそれが原因だろうが、高品質な防熱装備のおかげでさほど変化を感じていないケイトたちは、それをそのまま口にするのは憚られると思ったのか、別のことを口にした。
「水、補給しましょうか?」
「助かるよ……」
ノルドラッドは滴る汗を拭いつつ、ほぼ空になっていた水袋をケイトに差し出した。
それを受け取ったケイトは湧水筒を傾け、自身の魔力を使って水袋に水を注ぐ。
「ケイト君、魔力の方は大丈夫かい?」
「今のところは……店長さんに感謝、でしょうか」
ケイトがノルドラッドに水を補給するのは、これですでに四度目。
平均的な人間が一日に出せる水の量が一五~二〇リットルぐらいであることと、防熱装備の
「それは朗報だね。水まで節約しないといけないとなると、さすがにボクの筋肉も悲鳴を上げるよ」
「「………」」
アイリスたちとしては、『筋肉じゃなくて身体だろう』などとツッコミを入れたいところだったが、ノルドラッドの言い分も、必ずしも間違いではなかった。
洞窟の入り口からサラマンダーの所へと続いていた道と異なり、今アイリスたちが進んでいる通路は、正に自然の洞窟だった。
大きな岩を乗り越え、岩壁を這い上がり、天井の低い通路を屈んで進み、幅のない場所では背負った荷物を下ろして横向きになって進む。
かかった時間から想像するほどの距離は稼げていない上に、その過程では足腰だけではなく腕力を酷使することもまた多く、最も多くの荷物を運んでいるノルドラッドの腕には、かなりの疲労が蓄積していた。
「まぁ、確かに疲れてきたな。ケイト、私にも水をくれるか?」
「えぇ、魔力は……大丈夫?」
「あぁ、私は自分でやろう。……ふぅ。冷たい水は美味いな」
アイリスはケイトが差し出した湧水筒を受け取り、湧水筒から生み出される水を直接カップに注いで飲むと、ホッと息を吐く。
「そうね……常温なんだけど」
湧水筒で出せる水の温度はおおよそ一五度前後。
通常であればさして冷たく感じるような温度ではないのだが、周囲がサウナ状態であれば話は違う。
その上、水袋に入れておいた水は、周囲の気温に影響されて湯になってしまうことを思えば、常温の水の貴重さが解ろうものだ。
「しかし、予想以上に道が険しいな」
「最初に通った辺りに比べると、かなり違うわよね」
「おそらくあの道は、サラマンダーが出入りしていたんじゃないかな? 明らかに歩きやすかったからね」
「有り得ますね。あそこの道は、屈む必要すらなかったですし。……逆に言えば、この辺りにサラマンダーが来る心配はなさそうですね」
「不幸中の幸い、ね。その分、こうして苦労しているわけだけど」
ある意味では安心といえるが、別の見方をするなら、外に繋がるかどうかも不明ということ。
だが、そのことに考えが至っても、誰もそれを口にしようとはしない。
「ノルド、体力は大丈夫か?」
「正直、ギリギリだねぇ。調査はともかく、サラマンダーとの追いかけっこと道なき洞窟の探索。なかなかにハードな一日だったから」
「そう、だよなぁ……」
「えぇ、そうよね……」
ノルドラッドの言葉に、アイリスとケイトは顔を見合わせ、しみじみと頷く。
イベント盛りだくさんではあったが、あれから未だ一日も経っていないのだ。
不慮の事故――いや、故意の事故さえなければ、今頃は家路についている頃。
そのことを思い、こみ上げてくる微妙に黒い感情を押し殺しつつ、アイリスはノルドに訊ねる。
「今、何時か判るだろうか? ……判らずとも、そろそろ休むべきかとは思うのだが」
「あぁ、そうだね。ちょっと待ってくれ。時間帯ごとの観察も必要だから、時計は一応持ってるよ」
そう言ったノルドは荷物を下ろし、その中から一辺二〇センチほどの四角い時計を取り出した。
「えっと……あぁ、もう日が落ちてるね。普段寝る時間よりは少し早いけど……休むかい?」
「その方が良いだろう。特にノルド、お前は私たちより体力を消費しただろう?」
「そうだね、そうしてもらえると助かるかな。数日ならともかく、長期に亘っては無理が利かないだろうし」
「解りました。では夕食を食べて休みましょう。
「そうだね。傷んで食べられなくなったら勿体ないし。……周辺温度が高すぎて、逆に大丈夫かもしれないけど。ハハハ……」
「なんとも言えませんけど……危なそうな物は早めに使い切ってしまいましょう。ちょっと豪華な食事になってしまいますが」
「これが最後の晩餐にならなければ良いんだが……」
「「………」」
あまり冗談になっていないアイリスの言葉に一同は無言になり、ケイトの作ったやや豪華な夕食を静かに終えると、その日は早めに就寝したのであった。
フローティング・テントと防熱装備を併用した野営は、アイリスたちが想像したよりも快適だったが、魔力を消費し続けているからか、それとも閉じ込められているという精神的重圧の影響か、残念ながらアイリスたちの目覚めはあまり快適とはいえなかった。
どこか重く感じる頭を振りつつ、もそもそと起き出したアイリスたちは、昨晩よりもだいぶ貧相になった朝食を終え、今日も洞窟の奥へと歩き出す。
相変わらず道は悪かったが、幸いなのは、はっきりとした分かれ道がないことだろう。
所々にとても人が入れそうにない隙間などは存在したが、仮にそこが外へと繋がっていても、通れないのでは意味がない。
迷うことがなく、議論も必要ないという点では、彼女たちには都合が良かったのだ。
しかしそんな幸運も、その日の昼頃までだった。
「分かれ道、だな」
「そうだね。どちらかといえば、分かれ裂け目って感じだけど」
「どれを選ぶか、予断を持たずに判断はできそうですね」
今、三人の目の前には、人一人がやっと入り込めそうな縦方向の隙間が三カ所、存在していた。
いずれの裂け目も岩と岩の隙間といった様相で地中深くへと切り込み、下の方は脚が入る幅すらなく、地面に足を着けて歩くことも難しい。
先へ進むためには、両側の壁に脚を突っ張るようにして身体を支えるしか方法はないだろう。
その困難さはどれを選んだとしても大差はなさそうで、ケイトの言う通り、通路の難易は選択に影響を与えずに済みそうであった。
「……考えても仕方がない。順に進んでみるしかないだろうな」
アイリスはこれからの道中に予想される困難さを想像し、深くため息を吐いた。
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