036 対策の検討 (2)
師匠からの返事は、想像以上に早く届いた。
問い合わせていた
だって、マスタークラスの師匠に救出をお願いするとか、普通に報酬を払うなら、本気でシャレにならない額になる。
先日、なんとか返済したロッツェ家の借金なんか、目じゃないぐらいに。
もっとも、なんだかんだ言いつつも優しい師匠だから、私たちが賄える範囲で許してくれるとは思う。
赤の他人じゃなくて、私がお世話になっているアイリスさんたちが相手だから。
気に入らないなら、貴族でも蹴り飛ばすぐらいに容赦がない人だけどね。
ただ、師匠本人は許してくれても、マスタークラスという社会的影響力を考えれば、周囲のなんやかんやで面倒なことになるのは確実。
きっと師匠にも、迷惑を掛けることになる。
「それでも、本気で命の危険が迫るようなら、泣きつくことも考えないといけないけど」
さすがにアイリスさんとケイトさんの命には代えられないし。
ノルドさん?
冷たいようだけど、彼はどうでも良いかな?
――いや、むしろ、責任を取れと言いたい。
私も錬金術第一だし、研究第一なのは理解できないでもない。
でも、それにアイリスさんたちを巻き込むな、と。
いくら護衛の報酬が高くても、今回のことは、ちょっとない。
「……ま、今はこれの解析が先か」
師匠が送ってくれた紙に書かれているのは、抜小路検知器の作り方。
当然そのままでは魔法として使えるものではないし、私本人ではなく、
普段は魔法を
組み立てるより分解する方が簡単なのは自明だから。
問題なのは、そうやって抽出した魔法をクルミが使えるようにする方法だけど……。
「やはり、魔力回路を併用するのが順当? クルミが保持できる魔力量も考慮しないといけないし、魔晶石の併用は必須、かなぁ? うーん、自分で使うよりよほど難しい……」
そして、これが実現できたとしても可能なのは『外へ繋がるかもしれない道を判別すること』だけ。
運良くそれで道が見つかり、外に出られればこの上もないけれど、それはあまりにも楽観的すぎる。
私自身が救出に行くことも含め、複数の案は検討すべきだろう。
「他に何か使えそうな
私はいくつもの方法を検討してはボツにするを繰り返し、アイリスさんたちを無事に救出するという目的の実現のため、ひたすら頭を悩ませるのだった。
◇ ◇ ◇
「ノルド、何か問題があるのか? もちろん私たちも、魔物が出てくる危険性は理解しているが……」
当分は大丈夫そうと言ったケイトの言葉を否定する様子を見せたノルドラッドに、アイリスは不安と多少のいらだちが混ざったような表情で、眉間に皺を寄せた。
「いや、それ以前の問題だね。君たちはあまり意識してないようだけど、この場所って、かなり暑いんだよね」
「え……あっ!」
ノルドラッドに指摘され、ケイトがはっとしたように声を上げた。
アイリスとケイトの身に付けている防熱装備は、溶岩のすぐ傍でもさほど熱を感じないほど高品質な物。
そこに比べればかなり気温の低いこの辺りであれば、熱による不快感はなかったが、ノルドラッドの物は二人よりも数段性能が落ちる。
彼をよく見れば、今も額に汗を浮かべ、それが時折垂れて地面を濡らしている。
それぐらいに、ここの周辺温度は高かった。
そのような状態では休んだところで体力の回復も難しいだろうし、水の消費量も増えることになる。
「そちらの問題があったか……ノルド、大丈夫なのか?」
「これでも鍛えているからね。幸い、サラサくんに作ってもらったフローティング・テントには温度調節機能があるから、魔力を気にしなければそこで休める。大丈夫だよ」
「そうか。……ん? なら、何が問題なんだ?」
アイリスは少しホッとしたように頷いた後、不思議そうに首を傾げる。
「だから、魔力、だよ。ボクの防熱装備もそうだけど、着ているだけで魔力は常に消費される。周囲が暑ければ尚更ね」
ノルドラッドたちの使っている防熱装備は、素材自体にも高い断熱性能を備えているが、それだけで高温地帯で快適に過ごせるはずもなく、魔力による断熱性能の強化や内部の冷却なども併せて行われている。
その時に使用される魔力は通常、着用者の魔力なのだが、その魔力消費量は周囲の気温に依存するし、仮にそこまで熱くない場所であっても、常に魔力が消費され続けるという状況は、身体に負担がかかる。
「君たちの防熱装備はよほど高品質なのか、あまり気にしている様子がないけど、それでも魔力は消費するだろう?」
事実、アイリスたちの防熱装備は、店売りではあり得ないほどに高性能である。
戦闘力と魔力は高くても、スタミナには自信のないサラサが長時間活動できる快適性。それと同等の性能を保持しながら、魔力の少ないアイリスでもサラサと共に行動できるような魔力効率の高さ。
サラサの『自分だけが楽をするのはちょっと……』という罪悪感から作られたそれは、通常であれば魔力消費を気にする必要がない性能を有していたが、数十日にも亘って高温環境で活動してもアイリスの魔力が保つかどうか、彼女たちには判らなかった。
そのことに考えが至り、アイリスたちも深刻な表情を浮かべる。
「た、確かにそれは、大問題だな」
「だろう? 暑さを凌げなくなれば魔力の回復も遅くなるし、水の消費量も増える」
「しかも、その水も魔力で出さないといけないわけで……悪循環ね」
「うん。ボクは……まぁ、最低限動ければ良いけど、君たちは戦えるだけの体力は残してもらわないといけないしね」
「もしこれがない状態だと……あぁ、ダメだな。戦闘がなくても一日持つかどうか、微妙だな」
試しにコートを脱いでみたアイリスだったが、周囲のあまりの暑さに、頭を振ってすぐに着直す。
周囲の気温は、『防熱装備がなければすぐに命に関わる』というほどには高温ではないが、何の備えもせずに一晩寝れば、朝には熱中症で死んでいるぐらいには暑い。
「つまり、魔力切れが命の切れ目、と」
「そういうことだね。ある程度は魔晶石で賄えるけど、たぶん、魔晶石がなくなった時点で、一気に崩れる。君たちの魔力回復能力が、特に高いなら別だけど」
「……いえ、おそらくノルドさんの言う通りね」
防熱装備と水を生み出すのに消費される最低限の魔力が、この環境での魔力回復量に釣り合えば現状維持が可能なのだが、アイリスとノルドラッドはもちろん、三人の中では魔力の多いケイトでも、かなり微妙なラインだろう。
その上、戦闘などで体力を消費すれば、魔力の回復量にも影響が出るし、当然、水の消費量も増え、結果的に魔力消費も増えることになる。
このあたり、自身は魔力に関して心配がないサラサの想定が甘かった部分ともいえるかもしれないが、そもそもはアイリス、ケイト、ノルドラッドの三人が自己の責任で対処すべき問題である。サラサを責めるのはお門違いであろう。
「それを踏まえて、さて、方針を考えようか」
ノルドラッドはやや疲れた表情を浮かべ、汗を拭いながらニコリと笑った。
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