035 対策の検討 (1)
「ふぅ」
「ど、どうでしたか、サラサさん!」
意識を自分の身体に戻すと同時、待ち構えていたロレアちゃんが、急かすように迫ってきた。
「あー、ゴメン、少し待って……」
「は、はい」
慣れない長距離での意識の同調は思ったよりも負担が大きく、ふらつきそうな頭を支え、「ふぅ~~」と大きく息を吐く。
「あの、大丈夫ですか?」
心配そうに顔を覗き込んでくるロレアちゃんに、私は軽く首を振る。
「うん、少し疲れただけ。ロレアちゃんは――」
ま、良いか。
すでにお昼の休憩時間は終わっている頃だけど……こんな状況、仕方ない。
こんな状況ではロレアちゃんも落ち着かないだろうし、急ぎなら呼び鈴もある。
そもそもこの時間帯はお客さんがほとんど来ないので、大して影響もない。
「よし。あのね――」
感覚のズレのようなものがだいぶ収まったところで顔を上げ、先ほど聞いた状況を、斯く斯く然々とロレアちゃんに説明していけば、ロレアちゃんの顔からだんだんと血の気が引いていき、プルプルと震え始めた。
「どどど、どうしましょう!?」
「落ち着いて。状況は良くないけど、最悪じゃないから。閉じ込められはしたけど、直ちに危険はないし、怪我もしていない。先は判らないけど、奥に続く道もあるし、食糧も……それなりに残っているはず」
アイリスさんたちの所には、渡しておいた緊急パックがあるから、味に文句さえ言わなければ、結構長い間、生き延びられるはず。
こんなこともあろうかと、ちょっと奮発して、色々入れてあるから。
……いや、嘘です。
共鳴石を作った後、顔を真っ赤に染めて、あうあう言っているアイリスさんに罪悪感が刺激され、当初の予定より良い物を多めに入れただけです。
作りはしたけれど、私にはイマイチ使い道がない物も一緒に。
「もっとも、外に出る方策がなければ、死ぬまでの時間が延びるだけなんだけど」
「大変じゃないですか!!」
「うん。だから、対策を考えないとね」
焦っても意味はない。
努めて冷静に言う私に、ロレアちゃんも身を引いて椅子に座り直し、ウンウンと頭を捻り始めた。
「……サラサさんが助けに行くのは無理なんですか? この前、行った所なんですよね?」
「それが順当なんだけど、場所と状況が良くない」
まずは場所。
前回、アイリスさんとケイトさんしか連れて行けなかったように、特別な装備が必要な上、それらの装備は私の分しか手元にない。
次に状況。
崩落だけであれば、最悪、私一人でも救出が可能かもしれないけど、今はサラマンダーが復活してしまっている。
その状況で救出に行っても、私の身が危ない。
救助活動は、まず自分の身の安全が確保できることが大前提。
そこで無理しても、二次遭難などで犠牲を増やす結果になるだけである。
「もう一度、サラマンダーを斃すのは――」
「難しいね。前回はゴリ押しでなんとかしたけど、すっごいギリギリだったから」
氷牙コウモリの牙が潤沢にあったからこそ、なんとかなったと言える。
当然ながら、今から短時間で、同じだけの量を揃えることは不可能である。
「じゃ、じゃあ、どうしたら……」
「基本は、自分たちで脱出を目指してもらわないとダメかな? 奥へ続く道はあるみたいだから、そちらの探索を進めてもらうとして……支援が必要だろうね」
「何かあるんですか?」
「例えば、出口の方向を示す
外に繋がっているのかだけは判る、というのがミソ。
実際に行ってみたら、人間は通れないほど小さな穴だったとか、深い穴の底で上に空が見えるだけとか、断崖絶壁に穴が空いていたとか、普通には脱出が難しい場所に到達することもあり得る。
ついでに言うと、よほど高性能じゃなければそこまでの判定は難しく、大抵の物は『ここから一定距離までは行き止まりになっていない』という程度しか判らない。
「それでも十分に便利そうですけど、渡せなければ意味がないですよね」
「そこは一応、手段がある。向こうにはクルミがいるから」
本来、
つまり、
――原理上は。
実際にはそんなに単純ではなく、たとえばドッカン、バッカンやるような攻撃魔法なら直接魔法を使う方が簡単だったり、精密で複雑な魔法なら、時間をかけて魔力回路を描き、貴重な素材なども使用して作る
どちらが優れているというものでもない。
唯一絶対的に優れているのは、魔法を使えない人でも
「えっと……つまり、その探索魔法? ですか? それをサラサさんが、クルミを通じて使う、ということですか?」
「察しが良いね、ロレアちゃん。色々と難しいところはあるけれど、それに近い。手助けにはなると思う。ただ……」
「ただ?」
「その
確か、六巻か七巻に載っていると聞いた覚えが。
さすがに今から五巻の残りの物を全部作って、六巻を読めるようになるというのは非現実的。
「つまり?」
「私はその魔法に詳しくない」
「ダメじゃないですか!」
錬成を行う課程で使う魔法や初歩の魔法、一部の攻撃魔法などに関しては勉強している私だけど、それ以外の魔法に関しては結構疎い。
私もヘル・フレイム・グリズリーの狂乱以降、少しずつ使える魔法を増やしているけど、今回みたいな特殊な魔法は優先度が低く、当然ながら使えない。
「うーん、これは師匠に助けを求めるしかないのかなぁ」
錬金術師のレベルによって読める巻数が決まっている錬金術大全だけど、裏技的な物がないわけじゃない。
それが、読める人に複写してもらったり、直接教えてもらうという方法。
「えっと、それって、ありなんですか?」
「本当はあまり良くないけど……ありといえばあり、なんだよね」
錬金術師だって商売。店に修業にやってきた新人の錬金術師に、売る予定もないアイテムを一巻から順に作らせてやるほど優しくはない。
なので普通は、二巻や三巻に載っているアイテムでも、作れそうであれば先輩や師匠の指導の下で作ることになる。
私が師匠のお店でバイトしていたときも、一巻から順番に作っていったわけじゃなく、師匠に指導してもらいながらアイテムを作っていたら、五年のバイト期間で、結果的に三巻までのアイテムは全部作っていたというだけ。
たぶん――いや、絶対に、師匠が調整してくれたからこそなんだろうけど。
「ただ今回は、直接指導を受けるわけじゃないから……ダメと言われたら、他の手段を考えよう」
本来は失敗した場合に監督者がサポートするからこそ、認められる手段だし。
「何はともあれ、問い合わせてみてから、だね」
早速とばかりに紙を取り出し、師匠への手紙を書き始めた私に、ロレアちゃんが躊躇いがちに声をかけてきた。
「……あの、何か私にお手伝いできることはないですか?」
「う~ん、ロレアちゃんはいつも通りに店番してくれるのが、一番助かるかな? 店を任せられる人がいないと、私も救出作業に専念できないから」
「それはもちろん、やらせていただきますけど、何か他には……」
「そうだねぇ……」
心情的に、親しいアイリスさんたちのために何かしてあげたいという気持ちは解るけど、同年代よりは賢く機転が利くとはいえ、まだ未成年のロレアちゃん。
体力自慢というわけじゃないし、戦闘力もまだ一般人レベル。
二次遭難や森に入る危険性を考えれば、直接手伝ってもらえることはない。
「あ、そうだ。育苗補助器の魔力供給を頼んでも良い? 私の魔力は、節約したいから」
私の総魔力量からすればさほど多くないとはいえ、そのわずかな差がアイリスさんたちの生死を分ける可能性もないとは――うん、たぶんないね。
でも、ゼロではないし、ロレアちゃんも手助けしている気持ちになれて、かつ魔力操作の訓練にもなる。
事実ロレアちゃんも、「ふんすっ!」と鼻息も荒く気合いを入れているし。
「解りました! 任せてください。他にも何かあれば、遠慮なく言ってくださいね?」
「うん。そのときはお願いするよ」
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