033 救難要請 (2)

「……? どうしたの? 店長さんからタダで貰ったのよね? 今使わないと、いつ使うの? それとも、使ったらお金を請求されるとか?」

「いや、そんなことはない。これに関してお金はいらないと確認してある。……その代わり、大事な物を売り渡すことになったのだが」

「え? 何か言った?」

「いや、何でもない」

 ぽそりと言った言葉を聞き返され、アイリスは重く首を振った。

 ちなみに、アイリスがサラサに売り渡したのは、羞恥心である。

 採用されたあの台詞以外にも、アイリスは調子に乗ったサラサに、何種類ものちょっと恥ずかしい台詞を言わされ、ガリガリと精神力を削る羽目になったのだ。

 そんな台詞がサラサの家で再生され、サラサやロレアはもちろん、下手をすれば来店していた客にも聞かれる可能性があると思えば、アイリスが使用を躊躇うのも当然だろう。

 だが、はっきり言って状況は良くなかった。

 ケイトが言う通り、むしろ今使わなければいつ使うのか、というぐらいに。

 のろのろとした動作で、荷物から共鳴石を取りだしたアイリスは、『ふぅ~』と重いため息。

「えぇい、ままよ!」

 やけくそのように共鳴石を地面に叩きつけた。

 石のように見えても、そこは割ることを目的とした錬成具アーティファクト

 共鳴石はあっさりと砕け、まるで宙へ解けるように消え失せる。

 あまりにも地味なその様子に、ケイトはどこか拍子抜けしたように目をパチパチと瞬かせた。

「……これだけ? 音も何もないのね」

「あ、あぁ、そうだな」

 対してアイリスの方は、かえって何も起きなかったことに、ホッと胸を撫で下ろす。

 こちらでも同じ音が再生されたりしたら、アイリスの精神的ダメージは計り知れない。

 だが実際、地味ではあるが、これは仕様である。

 共鳴石を使うような状況、場合によっては、何かしらの敵に追われていたり、どこかに閉じ込められて救助を待っていたりすることも考えられる。

 そのようなときに大きな音を出すなど致命的。

 共鳴石に送信側、受信側の区別はないが、そのような理由から、先に壊した方では音が鳴らないようになっているのだ。

「それは、サラサ君に連絡できる錬成具アーティファクトかい?」

「はい。これで、店長さんに私たちの危機が伝わるはず……よね?」

「あぁ。伝われば、錬金生物ホムンクルスでこちらの様子を確認してくれると思うのだが……」

 初めて使った錬成具アーティファクト故に、アイリスはどこか自信なさそうに答えると、荷物の上に座ってじっとしていたクルミを持ち上げ、自分の前に座らせる。

 そして、ケイトと共にその挙動をじっと見つめるが、クルミはそんな二人の視線など気にした様子も見せず、ころりと寝っ転がると、『ふわぁぁ~』と大きなあくびをする。

「「………」」

 それでも目をそらさず、じっと待つアイリスたちに、やや遠慮がちにノルドラッドが声を掛けた。

「あ~、アイリス君。おそらく、そんなにすぐには意識の同調などできないと思うけど?」

「ん? そうなのか? 以前見せてくれたときには、すぐにやっていたみたいだが」

「それは距離が近いからだろうね。……いや、普通ならすぐ近くでも多少時間がかかるはずだけど、そのあたりは術者の腕かな? そもそも、これだけ離れていながら錬金生物ホムンクルスが動いていること自体、有り得ないんだけど」

「……そういえば、店長さんもギリギリって言ってたかしら」

「ギリギリでも動いているんだから凄いけどね。それでもあまり動かないのは、省エネかな?」

「ふむ、そうなのか」

 しばらく時間がかかると判ったからか、手遊てすさびにクルミのお腹をわしゃわしゃとくすぐるアイリス。

 クルミもそれに応えて、パタパタと手足を動かす。

「ふふふ、可愛い……って、アイリス、もしかして店長さんじゃ?」

 微笑ましそうにそれを見ていたケイトが、途中からクルミの動きが変わったことに気付き、慌ててアイリスの手を押さえる。

「え、もう?」

 アイリスが慌てて手を引けば、クルミはどこか人間くさい動きで『やれやれ』とでもいうように、身体を起こして周囲を見回した。

「……店長殿か?」

「がう」

「す、すまない! 同調まで時間がかかると聞いたので……」

 こくりと頷くクルミにアイリスが慌てて頭を下げれば、クルミは気にするなと首を振り、周囲を見回して首を傾げる。

「がう?」

「実は洞窟が崩落してな。おそらく原因はサラマンダーなんだが」

「ノルドさんが、凄い実験をしたせいでね」

「いや~、そんなに褒められると照れるじゃないか」

 どう考えても皮肉である。

「がう~」

「「はぁ……」」

 クルミも含めた三者から冷たい視線を向けられても、まったくこたえた様子を見せないノルドラッドの鋼の精神は、ある意味、研究者として得難いものかもしれないが、色々と生きづらそうではある。

「がうがうが~う」

 しかし、それを今云々しても意味がなく、クルミは身振り、手振りで何やら訴えるのだが――

「すまない、店長殿。何が言いたいかは……」

 残念ながらアイリスたちに動物の言葉(?)を理解する能力はなく、クルミは困ったようにその場をうろうろしていたが、やがて地面にガリガリと文字を書き始めた。

『魔晶石はない? このままだと、魔力が切れる』

 錬金生物ホムンクルスは、ただ存在しているだけでも蓄えた魔力を消費していく存在。

 荷物に引っ付いているだけの省エネモードから、意識の同調をした上で活動モードに移行するとなれば、魔力の消費が跳ね上がるのは当然だろう。

 そして当然ながら、魔力が切れれば、錬金生物ホムンクルスは活動を停止することになる。

 疑似生物ではあるが、ある程度の自我がある以上、それも一つの死である。

 サラサの要求に、ケイトとアイリスは慌てて自分の荷物を探る。

「いくつかは残っているはずだが……」

「私の方にもいくつか……」

「魔晶石かい? 実験用に集めてきたから、それなりには残っているよ」

 ノルドラッドも自分の荷物をあさり、中から革袋を引っ張り出した。

 その革袋を渡されたクルミは、そこから魔晶石を一つ取りだして口の中に放り込み、ゴリゴリと噛み砕いた。

「……そうやって見ると、普通の生き物じゃないことを実感するな」

 そういうアイリスをチラリと見つつ、クルミは追加でもう一つ魔晶石を食べたところで、再度ガリガリと地面に文字を書く。

『助かった。少し計算違い』

 当初のサラサの予測では、アイリスたちが戻ってくるまで魔力が保つはずだったのだが、サラサも錬金生物ホムンクルスを作ったのは初めてのこと。

 長距離での同調で消費される、錬金生物ホムンクルス側の魔力量の想定が甘かったのだ。

 その魔力を魔晶石で緊急的に賄ったのだが、サラサが直接補充する魔力と、魔晶石で賄える魔力には大きな差があり、決して魔力が潤沢になったとはいえない。

 そのため、魔晶石の入った革袋はしっかりと保持したままである。

「サラサ君、非常事態だし、その魔晶石を消費するのは構わないのだが、明かりの錬成具アーティファクトにも必要だから、多少は残しておいてね?」

「ノルドさん、それは魔力でも動く物ですよね? でしたら、私でも魔力の補充ができますよ。魔法の方は、ほぼ使い道がないですから」

「お、そうかい? 助かるよ。ボクの魔力量だと、賄えないんだよねぇ、これ。ちょっと特殊だから」

 明かりの錬成具アーティファクトは比較的一般的な錬成具アーティファクトだが、その種類は様々で、街中の夜道を歩くために使われる物から、広範囲を昼間のように照らし出せる大規模な物まである。

 ノルドラッドの持つ物はその中でも高価な部類に入り、先ほど崩落現場を照らし出したように、かなり強力な代物なのだが、普通の物よりも魔力消費が多いという欠点がある。

「暗い場所でも研究ができて便利なんだけど……もうちょっと奮発して、魔力効率が良い物を買うべきだったかな?」

「私たちからすれば、その錬成具アーティファクトでもとても手が出ないと思うんですが……」

 少しの羨ましさと呆れが混ざった言葉を漏らすケイトの注意を引くように、その脚をクルミがたしたしと叩いた。

「がうがう!」

『時間がない。もう少し詳しい説明を』

「あぁ、そうね。えっと、まずは――」

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