032 救難要請 (1)
洞窟で発生した崩落は比較的短時間で収束したが、当事者からすればそれは、永遠にも感じる時間であった。
だが、普通なら一生で一度も経験することがない状況。
振動が収まり、岩が崩れる音が聞こえなくなった後も、アイリスたちが頭を抱えたまましゃがみ込み、しばらくの間動けなくなっていたのも当然のことだろう。
「お、収まった、のか?」
恐る恐るアイリスが顔を上げたのは、周囲に漂っていた土煙が収まり、耳が痛いような静寂が戻ってきてからのことだった。
「み、みんな、無事?」
「ボクは大丈夫。この近くでの崩落はなかったみたいだね」
流れてきた土埃で、アイリスたちと荷物は汚れていたが、近くに崩れた岩などは転がっていない。
それを確認して言ったノルドラッドにアイリスも頷き、音が聞こえた方へ顔を向けた。
「崩れたのは、私たちが来た方向か……。どう考えても嫌な予感しかしないが、確認はすべきだろうな」
「そうね。ただ、慰めになるかどうかは判らないけど、サラマンダーの足音みたいなのは、聞こえなくなったわね」
「戻って行ったのなら良いんだけどねぇ……。さて、状況を確認しないと方策も決められないよね。見に行くとしようか」
何だか気軽に言うノルドラッドに、アイリスとケイトは顔を見合わせるが、彼の言うことは間違ってはいない。
万が一の際に逃げやすいよう、その場に荷物を残し、来た道を戻り始めれば、さほど歩かないうちに、それは見えてきた。
比較的広かった通路を、完全に塞ぐように天井や壁が崩落した現場。
判るのは光が届く範囲だけだが、その被害の大きさははっきりと見て取れた。
半ば想像通りとはいえ、かなり困った状況に、アイリスたちは暗い表情で周囲を見回す。
「これは……かなり崩れているな」
「ノルドさん、光をもっと強くできないかしら?」
「あんまり強くすると、魔力消費が増えるんだけど……了解」
少し愚痴りつつも、必要なことと感じたのか、ノルドラッドは明かりの
それによって照らし出されたのは、洞窟の天井部分まで積み重なった岩と土砂の山。
どこかに隙間が、などという希望も持てないほど、その崩落の規模は大きかった。
「やはり、完全に塞がっていたか」
「しかも、かなり厚そうよ? サラマンダーの足音が聞こえなくなったのも、これのせいかしら?」
「だろうね。これを取り除くのは、ちょっと現実的じゃなさそうだねぇ」
どこか他人事にも聞こえるノルドラッドの言葉に、アイリスがピクリと眉を上げる。
「ご自慢の筋肉でも、どうにもならないか?」
さっぱりした性格のアイリスとしては珍しい物言いだが、それも仕方がないだろう。
サラマンダーの復活と洞窟の崩落、どう考えても無関係とは思えないのだから。
だが、その皮肉が効くかどうかは別問題である。
「うん。岩を動かすだけなら問題ないけど、崩れてくるのは止められないね」
気付いているのか、いないのか、まったく気にした様子もなく、ノルドラッドは平然と答えを返した。
それを聞いたアイリスは、少し口元を歪めたが、ケイトにポンと腰を叩かれ、ため息と共に不満を押し流す。
このような状況で仲違いしても百害あって一利なし、それを考えるだけの冷静さを、アイリスは有していた。
「サラマンダーが追ってくる心配がなさそうなのだけはありがたいが、ここから外に出るのは難しいか」
「時間を掛けて掘っていく方法はあるだろうけど、崩れる心配があるからねぇ。君たちは、魔法で固めることはできないかい? 土系統の魔法を使えたりとか……」
ノルドラッドは少し期待するような視線をアイリスとケイトに向けたが、二人は揃って首を振る。
魔法を使えないアイリスは当然として、最近、サラサに魔法を習っているケイトも、このような場面で役に立つ魔法など使えない。
ケイトが習っているのは確かに土系統の魔法であるが、それは開拓に役立つ魔法。
地面を掘り起こして柔らかくする魔法なので、この場面ではむしろ逆効果だろう。
サラサぐらい魔法と魔力操作に長じていれば、習っていない魔法でもなんとかなったりするのだろうが、ケイトのような初心者の魔法に命を預けるのは、どう考えても悪手である。
「ここから帰るのは、あまり現実的じゃなさそうだね。一先ず、戻ろうか」
「そうだな」
元の場所へと戻ってきたアイリスたちは、一度気持ちを落ち着かせるため、温かいお茶を淹れて一息ついていた。
不幸中の幸い、崩落現場に遮られているとはいえ、サラマンダーという脅威がいる洞窟に閉じ込められている状況。
お茶を飲みつつもどこか落ち着かない様子のアイリスたちに比べ、ノルドラッドは一人、焦った様子もなく、お茶をゆっくりと楽しむ余裕すら見せている。
もちろんパニックになるよりはよほど良いのだが、アイリスたちがそれに、どこか釈然としないものを感じるのは仕方のないところだろう。
「ノルド、落ち着いているな?」
「魔物の研究者なんてやってると、窮地に陥る機会なんて、掃いて捨てるほどあるからね。そんな状況でも生還できるよう、筋肉を鍛えているわけだよ。まぁ、今回は役に立たなかったけど」
「私としては、筋肉を付ける前に、自らの行動の方を省みて欲しいところですが」
今回のことも、ノルドラッドが妙な実験をしなければ起きなかったと思われる事故なわけで、ケイトの言い分はもっともである。
だが、非難するように言ったケイトの言葉にも、ノルドラッドは朗らかに笑う。
「ハッハッハ、それは無理だね。研究者だから。探究心と冒険心をなくしたら、それはもう研究者じゃないよ」
「冒険心の中にも、慎重さを持って欲しいところです。協力してくれる人、いなくなりますよ?」
「やっぱり? 二度目の護衛を引き受けてくれる人って、少ないんだよね。報酬は悪くないと思うんだけど」
――それって絶対、一度目で懲りるからだ。
アイリスとケイトの心情は確実に一致したが、今それを言っても仕方なく、二人は顔を見合わせ、揃って深いため息を吐いた。
「……取りあえず、打開策を考えましょうか」
「そうだね。来た道は使えそうにないけど、ここってまだ奥に続いているよね。こっちってどこに繋がるか判ったりしないかい?」
「いや、前回来たときは、一切脇道には入らなかったからな。どこかに繋がっている可能性がないとは言わないが、同時に危険もありそうだよな」
元々この辺りは、ヘル・フレイム・グリズリーが生息するようなエリアである。
斃すだけなら溶岩トカゲを脅威としないアイリスたちだが、それは相性の問題と状況を整えて戦いに挑むから。
何も考えずに戦えば溶岩トカゲも十分な強敵だし、同レベルの他の魔物と戦うことになれば、かなりの危険が伴う。
今回の護衛を引き受けたのも、遭遇する魔物の種類が限定され、サラマンダーがいないことが前提となっている。
「だけど、あの道が戻れない以上、進むしかないよね? それとも、他の方法があるかな? 良い考えがあるなら、取り入れることもやぶさかじゃないよ?」
「だが、私たちに、ノルドを守る自信は……」
「もしそれで死んでも、責めるつもりはないさ。ここでじっとしているよりは助かる確率が上がりそうだからね」
危ない場所に足を踏み入れるということは、ノルドラッド自身の命も危険に曝されることになるのだが、それでも合理的に考えるあたり、さすがは研究者というべきだろうか。
迷うアイリスに、ケイトがふと何かを思い出したように、置いてある荷物に目を向けた。
「あ、そういえばアイリス、店長さんから共鳴石っていうのを渡されてたわよね?」
「うっ……あれか。あれを使うのか」
渋い顔になって言葉に詰まり、迷った様子を見せるアイリスに、ケイトは不思議そうに小首を傾げた。
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