029 高価な薬草を育てよう (2)

「冬場に育つ薬草ですか。ないわけじゃないですが……大変ですよ?」

 用意はできる。

 単純に種を蒔くだけじゃ育ちにくい種類なので、私が苗にまで育てた物を渡す必要はあるだろうけど、一旦根付きさえすれば、世話を怠らなければ冬でも枯れない。

 でも、寒い冬場に、欠かさず手を入れることは結構大変。

「頑張ります! ねぇ、マイケル?」

「あ、あぁ! もちろんだとも! サラサさん、なんとかなりませんか?」

 イズーさんに強く同意を求められたマイケルさんは、慌てたように力強く頷き、私に対して頭を下げた。

「結構、辛いと思いますけど……何かあるんですか?」

「じ、実は、子供が……」

「え? イズーさんにですか?」

 目を丸くして聞き返した私に、イズーさんは恥ずかしそうに頬を染めつつ、こくんと頷く。

「はい。生まれるのは春になるとは思いますが」

「おめでとうございます! だから……。しかしそうなると、マイケルさん一人で大変になると思いますけど、やるんですか? 食べるだけなら大丈夫ですよね?」

「えっと、私も少しぐらいなら――」

 手伝うと言いかけたイズーさんに、私はキッパリと首を振る。

「ダメです。妊婦に冬場の農作業は許可できません。イズーさんの手伝いが必要なようなら、この話はなしです」

「イズー、大丈夫だ。僕は器用じゃないが、コツコツやることは得意なんだ。一人でもしっかりと仕事を熟すよ。だからイズーは元気な子を産んでくれ」

「マイケル……解ったわ。頑張って。私は家で待ってるから!」

 手を取り合って見つめ合う二人。

 おめでたいことだけど、目の毒だから、そういうのは家でやって欲しい。

 そして――おい、こら。顔を近付けていくな!

「ごほんっ! それでは私はこれで。引き続き頑張ってください」

 私のわざとらしい咳払いに、慌てて離れた二人。

 そんな二人に、私はそれだけ言い置いて背を向ける。

 定職を持たずに結婚したあたり、情熱的ではあるんだろうけど、時と場所は考えてほしい。

 あとついでに言っておくと、『引き続き』は農作業のことだからね?

 間違えないように!


    ◇    ◇    ◇


 通常のお仕事の傍ら、ボチボチと裏庭の薬草畑を整えた私は、次は少し放置気味になっていたお店の表にある花壇に取り掛かった。

 春から夏にかけては何かしらの花が咲いていたその花壇も、秋が深まってきた最近では、すべての花も終わり、葉っぱも少し茶色くなり始めている。

 私が植えているだけに、当然それらの花も、錬金術の素材。

 球根を掘り上げ、半分は来年用に、半分は素材用に回す。

 観賞用と実用。私、スペースと手間を無駄にするつもりはないのだ。

 空いた花壇には、秋から冬にかけて花を咲かせる薬草を植え付け。

 あんまり華やかな花じゃないけど、ないよりは良いよね?

 なお、一応は花――つまりは、お店の彩りが目的なので、選択基準はそれなりに綺麗な花であること。

 薬草としての価値は、そこまで重視していない。

「ま、一応女の子だからね、私も。女子力、ちょっとは必要。うん」

 とってつけたような女子力アピールでも、たぶん、ないよりはマシ。

 いろんな面で、ロレアちゃんに負けてるから。

 でも、さすがにアイリスさんには勝っていると思いたい。

 ――外見的な面以外。

 そっちではすでに競う気もないからね。

 親が産んでくれた、ありのままの自分を好きでいたい――そんな風に心を誤魔化しつつ、次の作業へ取り掛かる。

「次は、育苗補助器の作製だね」

 これは板状の錬成具アーティファクトで、色は乳白色の半透明、四隅には少し大きめの魔晶石が配置され、板の一辺にはやや小さめの魔晶石が一列に並んでいる。

 この上に種を蒔いたポットを並べておくと、自動で水や温度の管理してくれる優れもの。

 完全育苗器ほど完璧じゃないけど、魔力さえ切らさなければ、ほぼ一〇〇%発芽して、畑に植えられる苗にまで成長させてくれる。

 これを使って裏庭に植える薬草の苗と、マイケルさんたちに提供する苗を育てる予定だけど、あちらの畑はまだ収穫前なので、まずは裏庭の方。

 軽く十万レアを超えるコスト面にさえ目を瞑れば、さほど難しい錬成具アーティファクトではないので、ちゃっちゃと作製。

 上に並べたポットに、先日師匠に頼んで取り寄せてもらった、ちょっとお高めの薬草の種を植え付けていく。

「これはチレイノーブ、こっちはジバーウェイとシャルニルス、そしてこれがヴァンカーオ、と」

 種の見分けが付きにくいので、名札を刺したポットに間違えないよう植え付けて……あれ?

「この種……何だろう?」

 種類毎に小袋に分けられた種、その小袋を纏めて入れてあった袋の底に、私の記憶にない種が一粒転がっていた。

 他の種よりちょっと大きめの、少し堅そうな種。

 麦の一種のようにも見えるし、林檎の種にも似ている。

 だけど、はっきりとは判らない、そんな種。

「……調べてみようかな。せっかく、事典も買ったことだしね」

 私はその種を手に立ち上がった。


 店舗スペースでは、いつものようにロレアちゃんがカウンターに座っていた。

 その傍らには錬金素材事典が広げられ、ロレアちゃんはそれを見ながら、紙にペンを走らせている。

 そこに私がそっと顔を覗かせると、すぐにこちらに気付いたロレアちゃんは、私の顔を見て不思議そうに時間を確認した。

「サラサさん、どうかしましたか? お昼にはまだ早そうですが……」

「そっちじゃないよ。ちょっと調べたいことができてね。それ、貸してもらって良い?」

「はい、もちろん。どうぞ」

「ありがと」

 すぐにロレアちゃんから差し出された錬金素材事典を受け取り、パラパラと捲る。

 と同時に、ロレアちゃんが書いていた紙にも視線を向けた。

「ロレアちゃんの方はどう? 順調?」

 私が今ロレアちゃんにお願いしているのは、先日薬草の種と共に届いた錬金素材事典を読み込み、そこに載っている素材を覚えると同時に、内容を他の紙に書き写すこと。

 といっても、まるっと写本しろという話ではない。

 採集者が採取するときに必要な情報だけを抜き出して、判りやすく纏めてから書き出すように言っている。

 その目的は二つ。

 一つは、この村の採集者が今まで知らなかったような素材について告知することで、それを集めてきてもらうこと。

 それによって、採集者の収入アップを図ると共に、ウチの商品のバリエーションも増えたら良いと思っている。

 もう一つは、情報を纏める過程で、ロレアちゃん自身の理解も深めてもらうこと。

 錬金術師なら自分でも採集できるだけの知識も必要なので、これは結構重要。

 手を動かして書けば、きっと記憶にも留めやすいはず。

「どう、でしょうか? こんな感じになってますけど」

「うん、ちゃんとできてる――いや、かなり上手いね? ロレアちゃん」

 ロレアちゃんが差し出す紙束を捲り、私は目を瞠る。

 事典の細密描写とは異なるけれど、きちんと特徴を捉え、採取に必要な情報はしっかりと盛り込まれた絵。かなり上手。

 これはちょっと予想外の才能かもしれない。

 それに加えて薬草の説明は、文章を読むのが苦手な採集者でも要点が掴めるよう、必要な情報のみが箇条書きにされている。

 買い取り価格だけは書かれていないけど、これは季節や在庫状況によって変動するので、別途表にした物を貼り出す予定。

「これなら、色々、期待できそうだよ」

「そうですか? ありがとうございます。……サラサさんの調べ物は見つかりましたか?」

「う~ん、ない、なぁ……」

 学生時代、繰り返し何度も読んだ本だけに、内容はほぼ把握している。

 それらの記憶から、めぼしい素材を確認しても一致する物がなかったことで、私は再度最初からページを捲り始めた。

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