030 高価な薬草を育てよう (3)
もっとも、この事典に載っているのは、錬金術の素材として使える植物のみで、普通の植物は載っていない。
また、使える植物であっても、種の絵まで描写してあるのは、それが素材になる一部の植物だけなんだよね。
私自身、使ったことのある素材でも、すべての種を把握しているとは言い難いし。
「まさか、師匠が食べていた果物の種がたまたま袋の中に落ちたとか、マリアさんが使った食材の種が紛れ込んだとか、そんなことは……ないよね?」
大袋の隅に一つだけ転がっていたあたり、有り得ないとも言えないのが、なんとも……。
試しに、ロレアちゃんにも種を見せてみるけど――
「これは……私も見たことありません。少なくとも、この村で栽培されている農作物の種ではありませんね」
「だよね。う~ん、どうしよう?」
師匠に問い合わせるという方法もあるけど、気軽に使っているように見えて、転送陣の消費する魔力量は、ちょっとハンパない。
ここから王都までともなれば、少し魔力量が多い程度の人では、紙切れ一枚すら転送できないほど。
私の方はともかく、ちょっとした質問程度で、師匠にそんな魔力を消費させるのは、申し訳ないし……。
「植えてみれば良いんじゃないですか? 芽が出れば、何か判るかもしれませんよ?」
「……それもそうだね。ポットを一つ増やすぐらい、大した手間じゃないし」
師匠が食べていた果物の種なら種で、裏庭に植えておくのも面白い。
もしかしたら、美味しい果物の収穫、期待できるかも?
「うん、そうしよう。ありがと、ロレアちゃん。書き写しの方は、引き続きよろしく」
「はい、任せてください。私の作ったチラシがお店の役に立つなら、やりがいもありますから」
笑顔でこぶしをぎゅっと握るロレアちゃんに事典を返し、私は奥へと戻ると、ポットをもう一つ用意して、その種も植え付ける。
「これで良し。あとは育苗補助器を起動して……」
育苗補助器に手を置いて魔力を注げば、板の四隅に配置された魔晶石が、それぞれ赤、青、緑、黄の四色に染まり、ほんのりと光を放つ。
更に魔力を注いでいくと、側面に一列で配置された小さな魔晶石も順々に白く染まり、すべてが白くなったところで魔力の補充は完了。
育苗補助器が消費する魔力量は、上に置いたポットの数や周辺の温度、湿度などによって変化するんだけど、通常ならこれで一ヶ月程度は保つはず。
植え付けに適した大きさに育つ頃には、肥料などを混ぜて休ませている畑の方も良い感じになっているだろう。
「さて、これはどこに置いておこうかな?」
乳白色の板にそれらの光が浸透し、見た感じはなかなかに綺麗。
それだけなら、どこに置いても良い感じだけど、実用性重視の農業用ポットが色々と台無しにしてる。
ま、インテリアじゃなくて実用品だしね、これ。
「雨が当たらない場所で、ある程度の光が当たる場所……選択肢は、ほぼないよね」
一階の部屋は倉庫や応接間、陽の当たらない錬金工房と店舗スペースに食堂兼台所。
二階に空き部屋はあるけれど、一応はゲストルームなので、これを持ち込むのは避けておきたい。
アイリスさんたちの部屋や倉庫も、当然ながら対象外。
なので、二階の自室か、台所の窓際辺り。
どちらかを選ぶなら、裏庭にも近いし、後者だろう。
そこに木箱を置いて、上に育苗補助器をセット。
「うん。あとは、待つだけだね」
翌日。
お昼の休憩時間を利用して、私はロレアちゃんに魔力操作の基礎を教えていた。
これは実習のとても重要な前段階。
私の場合、これを疎かにして実習に手を出し、大変なことになりかけたから。
いや、正確に言うなら、手を出させられて?
師匠に言われてやったことだったので。
もっとも、普通の人なら心配する必要はないし、実習と平行して精度を上げていく方法もあるけれど、魔力操作の練習だけなら店番をしながらでも行えるので、覚えておいて損はない。
「そうそう。ロレアちゃん、筋が良いよ?」
「ホントですか? ありがとうございます」
「ロレアちゃんは、魔法の練習も順調だし、そっち方面では心配ないかもね」
「わぁ、嬉しいです!」
当然、このまま努力を続ければ、という前提があってのことだけど。
でも私、弟子は褒めて伸ばす指導方針なのだ!
ん? 初めて指導するんじゃないかって?
うん。だから、今日決めた。
たぶん、真面目なロレアちゃんには合うと思う。
その予定はないけど、調子に乗るタイプの弟子を取ったら、そのときに考えよう。
「一見すると、かなり地味な修業だけど、これ、かなり重要だからね。極端なことを言うと、魔力操作さえ上手ければ、錬金術師としてやっていけるから」
もちろん、
魔力が多ければなんとかなる魔法使いとは違うのだ。
一部を除き、錬金術には注ぎ込む魔力の調整が不可欠だから。
「あ、一応言っておくけど、もしロレアちゃんが錬金術を使えるようになっても、勝手に錬成とかしちゃダメだからね? バレたら、捕まっちゃうから。下手したら、頭と胴体、泣き別れになっちゃうから」
かなり真剣な表情で物騒なことを言う私に、ロレアちゃんは気圧されるように、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「するつもりはありませんが……そうなんですか?」
「そうなんです。
正に『許可証』。
これを持たずに錬金術を行使すると、王国法で罰せられる。
例外は、
錬金術師養成学校を途中でドロップアウトする人は結構多いので、そんな人がモグリでやっている錬金術師もどきが、時折摘発される……らしい。
私も話に聞いただけだけど。
何故そんなに厳しいかと言えば、とても危険だから。
出来の悪い
動作するかどうかである程度は篩に掛けられる
結果、身体にとんでもない悪影響を及ぼすような物が流通してしまう危険性があることから、モグリの錬金術師に対する罰則も厳しくなっているのだ。
学校ではそのあたり厳重に注意されるし、定期試験に落第して退学になる場合には、再度の警告と誓約書を書かされるんだとか。
幸い、私には縁がなかったイベントだけどね。
もっとも、
真面目にやれば、それなりに稼げるのにね?
「そんなわけで、もしロレアちゃんが錬金術師になるのを諦めたとしても、そのあたりの決まりには縛られることになります。注意してね?」
「もちろんです。というか、諦めませんから!」
「うん、そう願ってる」
けど、錬金術師養成学校に入学した誰もがそう思いながら、現実にそれを実現できるのは一部のみ。
まぁ、ロレアちゃんの場合、試験による落第がないから、挫けさえしなければ、『諦めない』は実現できると思うけど。
「さて、今日の練習はこんなものかな? あんまり長くやっても効率が悪いし、毎日続けることが大事だから」
「解りました。ありがとうございます」
「はい、お疲れ様」
ぺこりと頭を下げたロレアちゃんに私は頷き、グッと伸びをして、ふぅと息を吐く。
そんなわたしの様子に、ロレアちゃんはすぐに立ち上がって、台所の方へと足を向けた。
「休み時間は……もう少しありそうですね。お茶を淹れますね」
「うん、ありがと~」
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