028 高価な薬草を育てよう (1)
「サラサさん、今日の予定は?」
ダルナさんへの挨拶が予想以上に早く終わったため、開店はいつも通りの時間。
手早く開店作業を終えたところで、ロレアちゃんが私の今日の予定を訊ねてきた。
「……今日はまず、隣の薬草畑の確認と場合によっては指導かな?」
少し考えて答えた私に、ロレアちゃんがどこか嬉しそうにふむふむと頷く。
「順調みたいですね。マイケルさんから聞いています」
「一応は、ね。育てやすい物を主体にしてるから」
ロレアちゃんって、地味に事情通なんだよね、私に比べて。
まぁ、定期的に食料の買い出しに行くロレアちゃんに対し、私はこの家からほとんど出ないからねぇ。あんまり用事がないから。
正確に言うなら、時々は出るけど、村よりも森とかサウス・ストラグに行く機会の方が多いって感じかな? ロレアちゃんのおかげで、ディラルさんの所にご飯を食べに行く必要もなくなったから。
「その後は、放置気味になってる裏の薬草畑の処理をしようかな?」
「え、あの畑、潰しちゃうんですか?」
「違う、違う。育てる物を変えようと思って。マイケルさんでも育てられる薬草なら、私が育てる必要もないし」
「あ、そうですよね。同じのを作っても無駄ですよね」
「そういうこと。だから、育てるのが難しい物を植える予定なんだけど……それだけに、種も高いんだよねぇ」
「ということは?」
「失敗すると、大損害! 今の私でも、結構痛いんだよね」
ただ、それらの薬草があるのとないのとでは、作れる
ここの大樹海にも生えているはずだけど、今、村にいる採集者のレベルだと、命懸けになりそうなほど深い場所になるから、『採ってきて!』とも頼めない。
そもそも、余所から仕入れるよりはマシとはいえ、採ってきてもらってもお金が掛かることには違いがないし。
「なるほどです。でも、そういう薬草の栽培って、錬金術でもっと楽になったりはしないんですか?」
「一応、“完全育苗器”っていう、既知の植物であれば、魔力を注ぐだけで完璧に育ててくれる
あ、既知といっても、正確に言うなら『栽培方法が確立している既知の植物』ね。
植物に精通した錬金術師を以てしても、育てられない植物は対象外。
その代わり、栽培方法が確立していれば、水も肥料も太陽の光すら必要ない、なかなかにとんでもない
大金持ちの貴族なんかは、これに観葉植物を入れて、部屋に飾っていたりするらしい。
私からすると、ちょっと信じられないけど。
「え、凄いじゃないですか。それを用意すれば、薬草の問題は解決なんじゃ?」
「いやいや、そんな簡単だったら苦労しないよ。今の私じゃ作れないし、滅茶苦茶高価な
これ、錬金術大全の九巻に載っている
その上、ガラス製のドーム型になっている
どのくらい高価かというと、小さな植木鉢が入るサイズで、庶民の家なら数軒建つようなレベル。
木から採取するような薬草に関しては、もはや非現実的でしかない。
そうやって育てて収穫する薬草の生産コストについては、言うまでもないだろう。
これに観葉植物を入れる貴族が信じられない私の気持ち、理解してくれるよね?
「はぁ~、そんな落とし穴が……。ちなみに、既知じゃない植物を入れると?」
「その場合は『完全』じゃなくて、『程々』に育ててくれる。上手く育つかどうかは……運?」
私も使ったことはないし、詳しくは知らないけど、ちょっとした品種の違いぐらいなら、良い感じに調整してくれるらしい。
ただし、既知の植物とはまったく種類の異なる、完全な新種を入れた場合の勝率は半々――よりも悪いとかなんとか。
新種の種苗なんて貴重だろうし、かなりリスキーだよね。
それなら普通の人は、自分で育てる方を選ぶ。
「ま、私には関係がない話だけど。買える物じゃないから」
「つまり、サラサさんが頑張って面倒を見るしかない、と」
「うん、基本的には。ただ、“育苗補助器”という
この
その後は畑に植えて、通常通りに栽培。
それでも普通に種を植えるよりは、大幅に成功率が高い。
育てるのが難しい植物って、まず発芽するかどうかが最初の関門だから。
ポットに根っこをしっかりと張れるぐらいになれば、あとは結構なんとかなったりする。
もちろん、畑に植え付けた後も、気温、霜、雪、乾燥、肥料、魔力など、気を付けないといけない要素はたくさんあるけどね。
「それでも便利ですねぇ。農家の人が喜びそうな
「お金が掛からなければ、ね。完全育苗器とは比較にならないとはいえ、十分に高いし、魔晶石を使うにしろ、自分の魔力を使うにしろ、普通の農家だと賄えないから。赤字になっちゃうよ」
「ははぁ、普通の農作物じゃ、役に立たないと」
「そーゆーこと。魔力に問題のない私だって、薬草栽培だけを目的に作ることはないと思うよ。ちょっとやそっとじゃ元が取れないもん」
錬金術大全に載っていて、作らないといけないから作るだけ。
買ってくれる人がいるなら売りたいところだけど、この村だとやっぱり無理だよね。
植物の研究者でもなければ、普通は用事のない
「ま、当分の予定はそんな感じかな? そんなわけで、私は出かけてくるね。ロレアちゃん、店番の方はよろしく」
「はい、任せてください。行ってらっしゃいませ」
◇ ◇ ◇
お隣の畑では、今日もマイケルさんとイズーさんが頑張っていた。
以前、ガットさんが言っていた通り、マイケルさんたちはとても真面目で、教えたことはきっちりと、サボることなくやっている。
技術面ではまだまだなので、放置することはできないけれど、安心して作業を任せることはできていた。
「おはようございます。朝早くからご苦労様です」
「あ、サラサさん。おはようございます。良い天気ですね」
私が声を掛けると、イズーさんが顔を上げ、にっこりと挨拶を返してくれる。
遠くで作業をしていたマイケルさんも、私の姿に気付くと、やや早足でこちらにやってきた。
「調子はどうですか?」
「問題ないと思いますが……確認して頂けますか?」
少しだけ不安そうなマイケルさんに促され、私は畑の何カ所かで薬草を確認してみるけど……病気はないし、成長も問題なし。虫もついていないね。
「……はい、大丈夫そうですね。もう少し……霜が降りる前には収穫できますよ」
「ついにですか! いやー、初めての収穫だけに、楽しみです!」
「私の育てた物が……」
実家の手伝いをしていたマイケルさんはともかく、町育ちのイズーさんは正真正銘、これが初めて育てた作物。
それだけにどこか感慨深げに、しっかりと育った薬草を見つめている。
だが、ふと気付いたように私を見て、口を開いた。
「ところで、これを収穫した後は春までなにもなし、ですか? もう冬になりますが」
「私としては、それでも構いませんが……」
マイケルさんたちには、畑で収穫した薬草の一部の他、しばらくの間はエリンさんから給料が支払われる。
だからこそ、冬場に無理して働く必要はないんだけど、収穫が得られれば、それだけ収入も増えるわけで。
「できれば、何か植えられたら嬉しいです」
だからこそ、イズーさんからそんな提案があったことは、さほど不思議ではなかった。
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