027 進路相談 (3)

 ロレアちゃんを弟子にすると決めた私だったけど、それでいきなり何かが変わるわけじゃない。

 ロレアちゃんはこれまで通りウチの店員だし、店員として必要な知識の大半は、錬金術師として必要な知識と重複している。

 つまり、これまで店員教育の一環として時々行っていた教授の延長線上に、弟子としての指導がある。

 そもそも、錬金術師になるための勉強なんて、大半は知識の習得。

 まずはそれを固めなければ、先へ進めない。

 そこを疎かにしていきなり実習なんてさせたら事故の元。

 学校のように施設が整っていたり、師匠ぐらいの錬金術師なら、事故っても怪我すらさせずに収めることが可能かもしれないけど、私には不可能。

 間違ってもロレアちゃんを、不必要な危険に曝すわけにはいかない。

 もちろん、錬金術師になる以上は実習なども必要だし、ある程度の危険はあるんだけど、それはきちんとした備えをした上で行われるべきこと。

 当然、当分の間は座学が主体となる。

 そのためにまずは、師匠に教科書などの取り寄せをお願いした。

 実は私、学校で使った教科書や参考書、事典などは一切持っていないんだよね。

 すべて無料で貸し出されるサービスを利用していたから。

 お金持ちは自分の物を買ってたみたいだけど、節約生活の私には無縁なこと。

 私が持っているのは、卒業してから購入した錬金術大全だけ。

 他に自分で書いたノートはあるけれど、これも節約していた関係上で、中身は要点を纏めた物のみ。大半は私の頭の中にしかない。

 私自身の記憶を呼び起こす役には立っても、これを使ってロレアちゃんが勉強するなんてことは不可能なんだよ。

 だから、私が付きっきりで教えるならともかく、自分で勉強するなら教科書などはどうしても必要なのだ。私にもお仕事があるので。

 まぁ、“錬金素材事典”なんかは、私も手元に置いていても良いかな、と思っていたから、良い機会かも。

 今ならお金には多少余裕があるし、私の記憶だって完璧とは言い難いから。

 そんなわけで、それらの本が届くまでは今まで通り、と、思ってたんだけど――。


    ◇    ◇    ◇


「今日からよろしくお願いします!」

 ある日の朝、私の目の前には、布袋を一つだけ抱えたロレアちゃんが立っていた。

 昇ったばかりの朝日を浴び、ロレアちゃんの浮かべている笑顔が眩しい。

「えっと……ロレアちゃん、もう? 昨日の今日で?」

「はい! 善は急げと言いますし」

 いや、『ある日の朝』とか、なんか日にちが経ったように言ってるけど、お泊まりをした翌朝の話なんだけどね。

 なんとロレアちゃん、開店前に一度家に戻ったかと思ったら、手早く荷物を纏めて、出勤するその足で引っ越してきたのだ。

 持っているのは大きな袋一つ。

 ロレアちゃんが両手で抱えるほど大きいとはいえ、引っ越しの荷物としてはあまりにも少ない。

 ん? ……こともない?

 よく考えたら、私がこの村に引っ越してきたときは、もっと少なかったよ。

 ベッドや布団など、生活に必要な物は一通りウチに揃ってるし、必要ならすぐ取りに戻れるもんね。実家がご近所だから。

 抱えるほど大きい袋なのにそんなに重そうじゃないから、入っているのは着替えとか、そのへんの物だけじゃないかな?

「あの……ダメでしたか?」

 私が少し考え込んでしまったからか、輝かんばかりだった笑顔を曇らせ、不安そうな表情で私を見つめるロレアちゃんに、私は慌てて首を振る。

「いや、ダメじゃないよ? ダメじゃないけど、引っ越してくるなら、私もきちんとダルナさんに挨拶に行かないと」

 いうなればこれは、ロレアちゃんを徒弟としてウチに迎え入れるようなもの。

 ロレアちゃんの出身地が別の町とかならともかく、同じ村の中、しかも比較的近所に親が住んでいるのに挨拶もなしとか、そんな不義理なことはできない。

 私もそのへんに詳しいわけじゃないけど、孤児院の先輩が卒院してどこかの親方に弟子入りする場合、そこの人と思われる人が孤児院まで挨拶に来ていた。

 その頃は私も一桁年齢だったので、詳しいことは覚えてないんだけど、たぶんそういうものなんだと思う。

 だけど、私のそんな言葉に、ロレアちゃんは不思議そうに私を見返した。

「え、挨拶ですか? ちゃんと言ってきましたから、別に必要ないですよ? 両親も気にしないと思います。いえ、むしろ、うちの親が挨拶に来るべきというか」

「そういうわけにはいかないよ。娘さんを預かるんだから、きちんと私から挨拶をしないと。大人の責任として」

「大人……ですか?」

 何故そこで疑問を浮かべる?

「大人です! 二歳しか違わないけど、私、成年。ロレアちゃん、未成年。コレ、ゼッタイ」

 そこ! ロレアちゃんの方が年上に見えるとか、言っちゃダメ。

 外見は関係ないんだよ? 立場と責任に。

 一応私、社会的地位は高いからね!

 錬金許可証アルケミーズ・ライセンスは伊達じゃないんだよ? ふふん。

「解りました。であれば、ちゃっちゃと済ませちゃいましょうか。開店まであまり余裕がないですし」

「いや、そんな簡単には済まないと思うし、今日は開けるのが遅くなっても……」

 むしろ、半休ぐらいでも良いような?

 私も挨拶するのに、ちょっと心の準備とか欲しいし。

 手土産とか、用意すべきでしょーか?

 ……明日にした方が良いかな?

「ダメです、私の事情でお店に影響が出るのは。急ぎましょう!」

 持っていた袋を部屋に放り込んだロレアちゃんは、初めての経験にやや腰の引けている私を追い立てるように、背中を押してダルナさんの所へ。

 そうなれば私も、大人として覚悟を決めるしかない。

 ちょうど二人揃っていたダルナさんとマリーさんに『娘さんをお預かりしてよろしいでしょうか』と訊ねれば、予想外なことにというべきか、ロレアちゃんが言った通りにというべきか、ダルナさんとマリーさんは非常にあっさりと、いや、むしろ恐縮するように『ご迷惑をおかけするかもしれませんが、娘をよろしくお願いします』と挨拶を返されてしまった。

 訊けばダルナさんたち、できうるならばロレアちゃんに、雑貨屋の仕事を継がせたくはなかったらしい。

 村には必要な職業だし、他の村人よりも少し多めの稼ぎがあるとはいえ、村と町を往復することの多い雑貨屋の仕事は、決して安全とはいえない。

 ダルナさんたちも危険な目にあったことがあるし、先代の雑貨屋であるダルナさんの両親など、盗賊に襲われて命を落としているらしい。

 だからといって、何の当てもなく町へ働きに出すことに比べれば、多少の危険はあっても雑貨屋をやる方が幾分はマシ。

 ロレアちゃんには腕っ節の強い婿でも迎えて、少しでも安全に……と考えていたところ、安定性という面ではかなり上位に入る錬金術師のお店で働けることになり、今後もそれを仕事にできるなら、親として万々歳。反対する理由など、何一つないらしい。

 しかし、この村とサウス・ストラグの間は比較的安全そうだと思ってたんだけど、盗賊が出ることもあるんだね。

 私も襲われはしたけど、あれはヨク・バールが雇った盗賊だから、ちょっと事情が異なるだろう。

 まぁ、ここの領主に治安維持は、あまり期待できないか。

 この村にヘル・フレイム・グリズリーが出たときの対応を見ても。

 本来、街道の安全の確保と治安維持は、その地域を治める領主の仕事。

 しかも、ここカーク準男爵領はサウス・ストラグという商業都市を抱え、街道の安全こそが命綱。

 それなのに、何をしているのやら……。

 悪巧みは頑張ってるみたいだけど、それだけって感じ。

 長期的な視点での損得勘定ができていないというか……ダメな二代目とか、そういうのなのかも?

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