026 進路相談 (2)
「う~ん、実際のところ、年齢の方はそこまで厳密じゃないんだけど……」
錬金術師養成学校の入試は一〇歳のときに受けられるということになっているけど、年齢確認はそこまで厳しくなかったりする。
基本的に受験時の年齢は自己申告。
貴族ならまだしも、平民の、それも農村部で暮らしている子供の年齢なんて、国は把握していないわけで、厳密にチェックしようと思っても不可能なのだ。
なので、初回の受験であれば、多少実年齢がオーバーしていても問題なかったりする。
ただ……私はロレアちゃんの身体を見て、首を振る。
「ロレアちゃんは、無理、かなぁ」
ただでさえ、年齢の割に発育の良かったロレアちゃん。
私と知り合って以降も順調に成長し、もうすぐ一四歳になる今では、成人と言っても問題ないレベルである。
そもそも錬金術師養成学校の入試は、何年間も必死で勉強しなければ受からない難関試験なのだ。
それ故、平民で入学できるのは、子供が勉強だけに打ち込めるほど裕福な家庭か、私のように後がなく、他の子供たちが手助けしてくれる余地のある孤児院出身がほとんど。
中間層の平民は、家の手伝いで時間が取りづらく、孤児ほど必死になる必要もないため、受験する人はかなり少ない。
それほどの試験に合格しようと思えば、地頭の良いロレアちゃんでも相応の時間が必要になり、必要な知識を身につけた頃には、さすがに一〇歳と言い張るのは厳しい外見になっているだろう。
そしてそれはロレアちゃん本人も解っているようで、残念そうながらも、仕方ないとばかりにため息を吐く。
「やっぱり、そうですよねぇ……」
「けど、錬金術師になれないか、というと……不可能じゃない」
「そうなんですか?」
私の言葉に、ロレアちゃんが少し意外そうに、そして希望を見いだしたかのように表情を明るくする。
「うん。実は、ね」
通常、“
しかし、国がこの学校を作った目的は錬金術師の質と数を確保するためであり、前者はともかく、後者に関しては、これ以外の門戸を完全に閉ざしてしまえば逆効果になってしまう。
そこで設けられた救済措置が、高位の錬金術師(最低でも中級、通常は上級以上の錬金術師)から推薦を受け、数年に一度行われる試験に合格すれば、“
ただしこれは、錬金術師養成学校に入るよりもかなり厳しい。
何故なら、何の知識もない平民を弟子入りさせてくれて、試験に合格できるまで鍛え上げてくれる錬金術師なんて、皆無に等しいから。
学校では朝から晩まで五年間、ひたすら勉強、実習、試験を繰り返すのだ。
そこで学ぶのと同じだけのことを教え込もうと思えば、どれだけの時間とコストがかかるか。
引退して暇を持て余している錬金術師ならまだしも、普通の錬金術師であれば、まさか弟子の教育だけに取り組むわけにもいかず、教育期間も倍の一〇年で済めばまだ良い方だろう。
それに加え、案外難しいのが師匠が弟子に施す教育内容。
意外に思えるかもしれないが、学校で教えられている内容を、すべて弟子に教えられるような錬金術師など、ほとんど存在しない。
学校の教授や講師陣は、それぞれが得意分野を教えているわけで、それを師匠である一人の錬金術師がすべて担当しようとすれば、どれだけ大変か。
その上、“
学校の成績基準で『なんとか落第はしない』というレベルでは、合格はまず無理である。
どうしても子供を錬金術師にしたい貴族や大金持ちが、複数の錬金術師やその他の家庭教師を雇い、大金と何年もの期間をかければ可能性が見えてくる。
あえて言うなら、そんな感じだろう。
そんなことをロレアちゃんに説明すると、明るくなった表情が、再び諦念の混じった暗い表情になる。
「……つまり、実質不可能、なんですね」
「いや、そうでもない、かな?」
「え?」
「私なら、可能かも? 今すぐは無理だけど、長期的には」
これでも私、学校の成績はほぼ首席。
すべての教科でトップに近い成績を収めている。
つまり、指導できるだけの知識は備えている……つもり。
「じゃあ!」
「でも、私、指導どころか、人に教えた経験も、ほぼゼロなんだよねぇ」
友達同士で教えあいとか、ほとんど無縁の生活を送ってきたからね!
お勉強会的なものをしたことはあっても、自慢じゃないけど、私たちって基本的に優秀だったから、単に一緒に机を囲んでいただけ。
解らないところを教え合うにしても、一言、二言、アドバイスするだけで、自己解決できちゃうから、『教える』なんて感じじゃない。
もちろん、初学者に対して指導したことなんて皆無。
こんな私がロレアちゃんを弟子にしたとして、錬金術師の資格試験に合格できるレベルまで引き上げられるかは……正直、自信がない。
「あともう一つ。ロレアちゃんの持つ魔力量はそこまで大きくないから、もしすべてが上手くいっても、錬金術師として大成できる可能性は、かなり低いよ?」
錬金術師に最も必要なのは『魔力操作の精密さ』とはいえ、魔力の絶対量が少なければ、錬成を行える回数に制限がでるし、多くの魔力が必要な物は作れない。
つまり、錬金術大全に載っている物が作れない可能性もあり、それに引っかかってしまえば、レベルを上げることができなくなり、そこで頭打ちとなる。
まだ未成年だし、これから伸びる確率もゼロじゃないけど、魔力量は生まれつきの部分が大きいので、あまり期待はできない。
もっとも、錬金術大全の五巻まで、つまり中級の錬金術師までは、そこまで大きな魔力量を必要としないので、平均的な錬金術師になるのであれば、魔力量はあまり障害にならないんだけどね。
「それでも構いません。どちらかといえば、お仕事ができるようになって、もっとサラサさんの役に立ちたいという思いの方が大きいので」
「そ、そっか」
率直に嬉しいことを言われ、思わず顔が緩む。
私は別に構わないんだけど、ただカウンターに座っているだけの時間が多いのが、やっぱり気になっているのかも。
「でも……錬金術師の勉強って、結構大変だよ? 刻苦勉励。難関である入試をくぐり抜けた人たちが、何年間も勉強して、実習を行い、それでも半分以上が挫折して消えていく。そんな世界。それでもやる?」
ロレアちゃんの場合、錬金術師になれなくても私のお店の店員として働けるとはいえ、長期間――下手をすれば一〇年以上――勉強して試験を受け、もし落第すればショックは大きいと思う。
そして、その確率は決して低くはない。
むしろ、合格する可能性なんて、ほとんどないかもしれない。
けれどロレアちゃんは、しっかりと頷く。
「はい。大変さを解ってるとは言い切れませんが、途中で投げ出さないことは誓います。サラサさん、弟子にしてくれますか?」
真面目な顔で私をじっと見つめるロレアちゃんに、私も覚悟を決める。
「解った。絶対に錬金術師になれるとは保証できないけど、弟子として受け入れます」
「ありがとうございます!」
ロレアちゃんは嬉しそうにお礼を言い、再度私の顔を見て、少し口元を緩める。
「えっと、サラサさん」
「なに?」
「お師匠様、って呼んだ方が良いですか?」
「それはヤメテ。ちょっと重すぎるから」
ちょっと悪戯っぽく言うロレアちゃんに、私は即座に首を振った。
錬金術師の弟子といっても、公の身分じゃないし、弟子を取るのに制限があるわけじゃないけど、卒業一年目、ペーペーの私が『お師匠様』と呼ばせるとか、どう考えても烏滸がましい。
そんなの師匠に聞かれたら……怒られはしないと思うけど、大笑い、かな?
うん、なしだね。
「今まで通りで良いから、今まで通りで」
「はーい、解りました。サラサさん。これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ。頑張ろうね!」
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