025 進路相談 (1)

「良いんですか?」

 少し驚いたように、それでいて期待が込もった視線を向けるロレアちゃんに、私は軽く頷く。

「うん。将来的にそうなるなら、一年ぐらい大した違いでもないし。ただそうなると、本格的にウチの店員が一生の仕事になると思うけど、それで良いの?」

 日雇いなどの技術が必要ない一部の職業を除き、一度仕事に就けばそれをずっと続けるのが一般的な平民の生き方。

 特に専門職の場合、身に着ける知識の価値などを考えれば、給料も平均よりも高くなり、それらを捨てて転職するなんてほぼ有り得ない。

 そして錬金術師のお店の店員は、どちらかといえば専門職に分類される。

「私も、ずっとこの村でお店を続けるとは限らないけど……」

 この村は生活がしやすくて良い場所だとは思っているけど、錬金術師として上を目指す場合に、ここでお店を続けるのが良いのかどうかは、今の私には判断できない。

 将来的にそうなった場合、ロレアちゃんは付いてこられるのかどうか。

 ロレアちゃんが成人すれば、お給料は一般的な職業より多く出すつもりだけど、故郷を離れることに見合うのかどうか。

 そのあたり、都会で生まれ、両親と共に町を移動することもあった私の感覚とは、やっぱり違うと思う。

 しかしロレアちゃんは、そんな私の言葉に、当然とばかりに胸を張って頷いた。

「大丈夫です。そのへんはすでに両親とも話し合ったので。サラサさんが雇い続けてくれるなら、成人しても続けろ、と言われています。むしろ、雑貨屋を継ぐよりも喜んでくれると思います」

 わぉ、しっかりしてる。

 けど、あと一年あまりで成人することを考えれば、そんなものなのかな?

 私には両親がいないし、一〇歳で錬金術師養成学校に入学して将来が決まったから、そんな経験がないんだけど。

「そうなんだ? でも、雑貨屋の方は? ロレアちゃん、一人っ子だよね?」

「兄弟はいませんが、村に親族はいますから、そのあたりから養子を取ることになるかと。当てもなく村を出て行く必要がなくなるので、そのときは喜んで来ると思いますよ」

 こんな農村の就職事情は案外厳しい。

 農地も、他の仕事も、簡単には増えないのだから、あぶれた次男以降などは、普通なら村を出て行くしかない。

 私の薬草畑を任せているマイケルさんなんかが、ちょうどそれ。

 あの仕事がなかったら、マイケルさんとイズーさんは、未だサウス・ストラグの町でその日暮らしをしていたんじゃないかな?

 つまり、ダルナさんが後継者を求めれば、結構簡単に確保でき、村にお店がなくなることを心配する必要はないらしい。

「それに私が家を出たら、弟か妹、増えるかもしれませんし。お母さんもまだ若いですから、たぶん今日あたり、頑張ってるんじゃないかなぁ?」

 頬に指を当て、平然とそんなことを言うロレアちゃんに、頬が熱くなるのが判る。

 でも、ここは年上の威厳として、平然と相づちを――

「そ、そうなんだ? へ、へぇ……」

 打てなかった。

 そ、そういうのって、田舎の方が進んでいるとか、そんな噂を聞いたことがあるけど、ホントなのかな?

 ちなみに私、自分がそっち方面にうぶな自覚はある。

 だって、大半の時間は学校で勉強に明け暮れていたし、数少ないお友達は、貴族のご令嬢だったからね!

 師匠の所の店員さんたちとは、休憩時間に雑談することはあったけど、年齢差もあったからか、そんな話を振られることもなかった。

 せいぜい、『サラサちゃん、好きな人はいないの?』とか、その程度。

 そしてそのとき、『いえ、私、友達二人しかいないので』と素直に答えたら、微妙に場が凍り、それ以降、そのあたりの話を振られることはなくなった(その後、後輩が入学して友達三人になったけど)。

 ま、そんなわけで、私の思春期、下ネタに触れる機会はほぼなかったのだった。

 いや、一応今も思春期継続中なんだけど。

 ……ん? もしかして、これからそういうお話をする機会が巡ってくる流れ?

 アイリスさんとケイトさんも一応上流階級だけど、ロレアちゃんは純平民。

 私たちの中にそんなロレアちゃんが交ざると――。

「あれ? サラサさん、実はこういう話、苦手です?」

「え!? いやゃや! そ、そんなこと、ないよ~?」

「そうですか?」

 目を盛大に泳がせながら答える私に、ロレアちゃんはちょっと小首を傾げ、唇に人差し指を当てて「う~ん」と考える仕草を見せると、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「……ちなみに、お母さんが私を産んだのって、今の私とほぼ同じ頃なんですよ?」

「ふぇ!? あ、へ、へぇ……」

 ダルナさん、何してるの!?

 それって、犯罪じゃないの!?

 私なんて、結婚どころか、男の子と付き合ったことすらないよ!

「二人は幼なじみで、好き合っていたので、結婚すること自体はほぼ決まっていたみたいですけど、さすがに子供は早すぎるって、怒られたみたいです」

「だ、だよね? 田舎だとそれが普通だったりはしないよね?」

「はい。ちょっと早いですね」

「……ちょっと、なの?」

「はい。サラサさんぐらいなら、子供がいる人は普通に」

 成人してすぐに結婚。

 すぐにごにょごにょして、出産。

 ……うん、確かに有り得ないことじゃないけど――なんか複雑!

 私の周辺だと、学校を卒業する一五歳まではもちろん、卒業後もすぐに修業に入る関係上、結婚なんて話題、出てなかったから。

「それから、これは近所のおばちゃんから聞いた話なんですけど――あ、やっぱこれは止めておきます」

「えぇっ!? そこで止められると、なんか凄く気になるんだけど!」

 美味しそうな物を差し出しておきながら、さっと引っ込めるようなロレアちゃんの行動に、私は断固と抗議。

 しかしロレアちゃんは、先ほどの悪戯っぽい表情とは少し変わり、気まずげに視線を逸らす。

「えっと……サラサさんは聞かない方が良いかと?」

「私は!? 余計気になる!」

「……後悔しません?」

「うっ……、するカモだけど、聞かせて!」

 再度確認するロレアちゃんに、私は一瞬言葉に詰まりつつも、答えを急かす。

 この状態でお預けされて、知らされない方が後悔しそうだから。

「あの……実は私がのって、この家だった、とか?」

「…………はい?」

 できた? なにが?

「いや、その、当時空き家だったこのお店にうちの両親が忍び込んで、せ――」

「ストップだよ、ロレアちゃん!」

 もうほとんど言ったようなものだけど、私は慌ててロレアちゃんの言葉を遮る。

 どこで、とか詳しく聞いちゃったら、色々もにょる。

 部屋で寝ている時とか、かなり気になっちゃう。

 口を噤んだロレアちゃんと私は、じっと見つめ合い、瞬き。

 ロレアちゃんもちょっと明け透けに話しすぎたと思ったのか、頬がだんだんと赤くなる。

 斯くいう私も、頬が火照る。

「は、話を変えよう、ロレアちゃん」

「そ、そうですね」

 気まずくなった私がそう提案すると、ロレアちゃんもすぐに乗ってきた。

「えっと……そう。ロレアちゃんのお仕事の話だったよね。何か訊きたいこととか、希望とかある?」

「いえ、現状でも十分、良くして頂いていますし。あ、でも……」

「ん? なに? 何でも言って? ロレアちゃんとは長い付き合いになりそうだし」

 むしろ、長い付き合いになるよう、囲い込みたいところ。

 師匠とマリアさんみたいにね。

 マリアさんぐらい頼りになる店員さんがいたら、私も錬金術に精励できるから。

 促す私に、ロレアちゃんはしばらく躊躇った後、おずおずと口を開く。

「あの、私、サラサさんに憧れてて……錬金術師って、やっぱり、なれたりは……しないですよね? 学校、入れる年齢じゃないですし」

「錬金術師、かぁ……」

 ちょっと予想外の言葉に、私は嬉しさと共に、少しの戸惑いを覚えて考え込んだ。

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