024 久しぶりのお泊まり

 アイリスさんたちを見送った私とロレアちゃんは、いつも通りに開店の準備を進めていた。

 普段はアイリスさんたちも手伝ってくれるけど、今日はロレアちゃんと二人。

 でも、“刻印”のおかげでお店はそんなに汚れないので、やることといえば、カウンターなどを軽く拭いて、棚の埃を落とし、商品の補充をするぐらい。

 二人でやっても、すぐに終わる。

「行っちゃいましたね」

「そうだねぇ」

 お店の中を見回してそういったロレアちゃんに、私は軽く相づちを打つ。

 アイリスさんたちがいないと、少しだけお店が広く感じられる。

 最初は私一人で、お店の商品も少なかったし、インテリアもなかったから、今よりも殺風景だったと思うんだけど……四人での生活に慣れたということかな?

「サラサさん、これからしばらく一人ですけど、寂しくありませんか?」

「夜のこと?」

 アイリスさんたちが長期に家を空けるのは、借金云々で実家に帰っていたとき以来。

 三人での生活が長くなっているから、一人きりの家というのは確かに静かになるなぁ、とは思うけど……。

「いや、そこまででも、ないかな?」

 大半の期間、両親が仕事で家を空けていた幼少期。

 勉強に明け暮れた孤児院時代。

 アルバイトと勉強に邁進して、友人が少なかった学校時代。

 そんな経歴も相まって、私、一人でいるのがあまり苦にならないタイプなのだ。

 もちろん、気の合う友人とわいわいやるのも好きなんだけど――あ。

「ぁあ~、そうだね、少し、寂しい、かな?」

「そ、そうですよねっ。よ、良かったら、私、泊まりに来ましょうか?」

 くるりと手のひらを返した私に、ロレアちゃんからどこか嬉しそうにそんな提案が。

 ロレアちゃんの表情を見たら、前言を翻すぐらい、当然の対応だよね?

 というか、泊まりに来たいなら、遠慮せずに来てくれても良いのに。

 アイリスさんたちがウチで暮らすようになり、客間が個室になって以降、他の空き部屋にもベッドを購入して、泊まれるようにしているんだから。

「そう? なら、お願いしようかな?」

「任せてください!」

 何を任せるのかはよく判らないけど、ロレアちゃんが嬉しそうだから良いのかな?

 最近はロレアちゃんも、朝食から夕食までウチにいるし、お風呂に入っていくことも多いから、ホント、寝る場所の違いぐらいなんだけどねぇ。

「えっと、それじゃ、お母さんに伝えてきて良いですか?」

「え? 今から?」

「はいっ!」

「準備ももう終わりだし、良いけど……」

「ありがとうございます! それじゃ、行ってきます!」

 そんなに急がなくても、と私が言う前にロレアちゃんはパッと顔を輝かせ、元気に返事をして戸口から駆け出していく。

 私は微笑ましく思いながら、そんなロレアちゃんの背中を見送ると、お店の扉に掛かっている札をひっくり返し、『OPEN』の表示に変更したのだった。


    ◇    ◇    ◇


 本日の営業も無事に終了。

 閉店作業を終えた私とロレアちゃんは、いつもよりちょっと豪華な夕食を囲んでいた。

 しかし、これは決して『アイリスさんたちがいないから、二人で贅沢しちゃおう!』とか、そんな理由ではない。

 いつものロレアちゃんは、閉店作業後に夕食を作って、食べて、お片付けをして、それから帰宅というプロセス。

 けど、いくら村の中とはいえ、余所から来た採集者もいる。あまり遅い時間に外を歩かせるのもマズいので、調理に掛けられる時間はあまり多くない。

 でも今日はお泊まり。

 いくらでもとは言わないけど、余裕があることは間違いないわけで。

 その成果が、ちょっと豪華な夕食。

「どうですか……?」

「うん、今日の料理も美味しいよ、ロレアちゃん。いつもありがと」

 私の表情を窺うロレアちゃんににっこりと微笑めば、ロレアちゃんは安心したようにホッと息を吐いた。

「良かったです。新しい料理に挑戦してみたので、ちょっと不安だったんですが」

「初めてとは思えないぐらい、上手くできていると思うよ?」

 もっとも、正解の料理を知らないんだけど。

 私、美食家じゃないし、王都で食べ歩きができるような余裕もなかったから。

 でも、美味しいのは間違いないんだから、良いよね?

「そういえば、ロレアちゃんが泊まりに来るのも、久しぶりだよね」

「ですね。思えば、お風呂に入ったのも、あのときが初めてだったんですよね」

「あぁ、ロレアちゃんが裸のまま、のぼせた――」

「も、もう! サラサさん、それは忘れてくださいよ!」

「いやいや、あれはなかなか忘れられないよ」

 恥ずかしそうに頬を染め、私の腕をぺしぺし叩くロレアちゃんに、私は苦笑しつつ首を振る。

 というよりも、私のミスでもあるから忘れたらダメなこと。

 あれって、井戸水じゃなくて、魔法で出した水でお風呂を沸かしたから、魔力に対する耐性が少ないロレアちゃんが魔力酔い。前後不覚になっちゃったんだよね。

 あのときは、私もかなり焦った。

 私が一緒に入っていたから大丈夫だったけど、もしロレアちゃん一人だったら、取り返しがつかない事故が起きた危険性すらあったわけで。

「あれって、水に含まれる魔力が原因だったんですよね? 今の私でも、同じ状況ならそうなりますか?」

「う~ん、今なら、たぶん大丈夫? ロレアちゃんも、あのときとは違うから」

 今のお風呂は、基本的に井戸から引いた水を使って沸かしている。

 ただそれだと、お風呂が沸くまで時間がかかるし、多少なりとも魔晶石のコストもかかるので、私が最初に入るときには全部魔法で賄うこともあったりする。

 その場合にも、次の人が入るまでには水に含まれる魔力もそれなりに抜けているし、今のロレアちゃんは魔法の練習も始めて、魔力にも慣れている。

 おそらくだけど、もし魔法で沸かした直後に入っても、意識を失うようなことにはならないんじゃないかな?

「そういうものなんですか」

「うん。普通の庶民は、魔力になんて縁がないからね。身体がびっくりしちゃうっていうか……そんな感じ?」

 日常的に錬成具アーティファクトがある環境なら、成長するに従って少しずつ魔力を使う感覚に慣れていくんだろうけど、私が来るまで、この村は錬成具アーティファクトにほとんど縁がなかったわけで。

 ちなみにアイリスさんたちは、曲がりなりにも貴族。

 普段の生活環境に錬成具アーティファクトは存在したし、身近にカテリーナさんという魔法を使える人もいたため、そのあたりのことに関する心配はなかった。

「何だったら、今日一緒に入って、実験してみる?」

「そう、ですね。それも良いかもしれません。気にする必要がなくなりますし」

 節約の観点から私たち四人は、時間が合えば二人や三人で入ることも、それなりにある。

 私はそこまで気にしないんだけど、アイリスさんたちが『お湯を沸かすのは勿体ない!』と言うのだ。

 その点、私と一緒なら、魔法でお湯を沸かすのでコストはかからないわけで。

 ロレアちゃんも問題ないと判れば、組み合わせなどを気にする必要もなくなる。

「それじゃ。後で入ろうね。――で、ロレアちゃん。話は変わるけど、今日は何で泊まりたかったの? もちろん、私は構わないんだけど」

「……やっぱり、判っちゃいますよね?」

「そりゃあ、ね?」

 寂しかったら云々は、ロレアちゃんも本気で言っていたわけじゃないだろうし。

 少し気まずそうに、上目遣いで私を見るロレアちゃんに、私の頬が緩む。

「えっと、サラサさんと一緒に暮らしているアイリスさんたちって楽しそうだし、ちょっと羨ましいなって……」

「そうなの?」

「はい。だって、親元を離れて一人暮らし……じゃないですね。でも、自立して生活して……るかどうかは微妙ですけど、一応、大人っぽい? ですし?」

 そうだね。アイリスさんたち、私におんぶに抱っこ、とまでは言わないけど、おんぶ状態ぐらいにはあるから。

 そのことはロレアちゃんも知っているため、言葉に迷い、視線を彷徨わせる。

「でも、言いたいことは解るかな」

 子供が大人に憧れるような、そんな感じなんだと思う。

 その対象となるアイリスさんたちは、ちょっと残念なところが見え隠れしているけど、その原因はアイリスさんたちの責には依らない借金で、本来は十分に独立してやっていけるだけの実力がある。

「それに、今日は単にサラサさんと一緒にお泊まりしたかっただけですけど、私ももう少ししたら成人ですから、家を出ることも考えるべきなのかなぁ、とか」

「あぁ、ロレアちゃんもそんな年だよねぇ……」

 むしろ外見だけなら、私より上に見える。

 ロレアちゃんの誕生日は冬だから、もう少しで一四歳。

 成人も目の前だ。

「う~ん……なら、今からでもウチに来る? 部屋は空いてるし、私は問題ないよ?」

 私は少し考えて、ロレアちゃんにそんな提案をした。

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