020 サラマンダーの棲み処 (2)

「戦いの影響、だって?」

「うむ。サラマンダーの討伐では、店長殿が氷系の魔法を使っていたからな。なぁ、ケイト?」

「えぇ。かなりの威力でしたよ。この辺り一面、完全に凍りついていましたから」

 ケイトの言葉に、ノルドラッドは目を見張って周囲を見回し、溶岩を指さす。

「……それは、あそこの溶岩も?」

「はい、溶岩も」

 改めてじっと溶岩を見つめ、ノルドラッドは深くため息をついた。

「とんでもないなぁ。さすがは、マスタークラスが弟子にするだけのことはある」

「そこまでなのか? ――あ、いや、もちろん店長殿が凄いことは知っているが」

「そこまで、だよ。そりゃ、サラマンダーに氷系の魔法は効果的だけど、場所を考えたら現実的じゃない。ましてや、この部屋どころか溶岩まで固めるとか、どんだけって話だよ。飾らずに言えば、異常だね」

 肩をすくめるノルドラッドに、アイリスとケイトは顔を見合わせる。

「うーむ、そうなのか。私たちも採集者としてのキャリアはそんなに長くないからなぁ」

「確かに私たちも凄いとは思いましたが……」

 は貴族であるが、本当にでしかないレベルのロッツェ家。

 領地も都会から遠く離れた小さな村。

 そんな家の娘であるアイリスと陪臣であるケイトは、端的に言って田舎者である。

 採集者として活動することで経験を得て、視野も広がっていたし、サラサが優秀だとは思っていたが、本当の意味でその凄さを理解してはいなかった。

「錬金術師や魔法使いだと、ああいう感じ、ではないのか」

「ないね。彼女は実質的な首席卒業者。同じ年齢で比べれば、おそらくこの国で最も優秀だよ。少なくとも、総合力で比べればね」

 剣術だけ、魔法だけ、ある分野の知識だけ。

 条件を限定すればサラサを上回る同年代も存在するだろうが、すべてを高いレベルで兼ね備えるとなると、非常に難しい。

 むしろそれだけの能力があれば、卒業するだけで高い社会的地位が得られる錬金術師養成学校に入学しないわけがないし、そういう人材を育成するのが学校の目的でもある。

 つまりそこを首席で卒業できれば、必然的に同年代のトップということになる。

「その中でもサラサ君は、十年に一人とか、そういうレベルじゃないかな? マスタークラスが弟子にしようというのだからね」

「そこまで……」

 人格はともあれ、研究者として深い知識を持つノルドラッドに改めてサラサの優秀さを指摘され、ケイトは瞠目すると共に、感心したように息を吐いた。

「むしろ、何でそんな子が、こんな田舎にいるのか不思議なんだけど……何か知ってるかい?」

「知らなくはないが……秘密だ。ペラペラ喋るのは、好かない」

 アイリスは、むんっと唇を噤むが、ノルドラッドは気にした様子もなく軽く頷いた。

「うん、別に無理に訊こうとはしないよ。ちょっと気になっただけで、女の子の秘密を探るつもりはないから。――ま、それぐらいサラサ君のやったことは非常識で、普通はできないってことさ」

「私たちも凄いとは思いましたが……ちなみに、普通はどうやって討伐するんですか? サラマンダーは」

「まず、巣から誘き出す。これが基本だね。こんな場所で戦闘をすれば、いくら防熱装備に身を固めていても、普通の人間は体力がドンドン消耗する。逆に向こうは快適。どう考えても不利だろ? 本当かどうかは未確認だけど、サラマンダーは溶岩に入れば回復するという説もあるぐらいだからね」

「誘き出す、ね。言われてみればもっともだけど、店長さんは特にそんなことを言ってなかったと思うんだけど……」

「そりゃ、三人じゃ無理があるからだよ、きっと。普通は多人数で入れ替わり、立ち替わり、体力の消耗を抑えながら攻撃を加えて、巣から引きずり出して戦う。そうやって斃す相手なんだよ」

 アイリスたちが侵入した洞窟。その入口周辺も十分に暑いが、それでも溶岩のすぐ傍とは比較にもならない。

 激しく動く戦闘行動に於いて、どちらが適しているかなど、言うまでもない。

 もちろん、氷系の魔法に関しても同様で、溶岩も含めて凍結させることがどれだけ非効率か。

「というか、なんで三人で挑んだの? サラサ君なら、それにリスクがあることぐらい、理解してると思うんだけど」

 ノルドラッドにとっては至極当然の疑問だったが、それはアイリスにとって非常に耳が痛く、渋面になって口をへの字に曲げた。

「……詳しくは言えないが、私を助けるためだろうな」

 人数を集めるのに要する時間、それだけの人に防熱装備を用意するコスト、人数が増えることで減る分け前。

 それらを考慮し、サラサはアイリスを助けるために許容しうるリスクとして、三人でのサラマンダー討伐を実行した。

 だが、それらのことは貴族の醜聞にあたるため、アイリスは言葉を濁すしかない。

「ふぅん? ま、いいや。ボクとしては、こうして実験環境が得られたんだから、ありがたいぐらいだしね」

 各種情報から大まかな形は掴めていたノルドラッドだが、研究以外にはあまり頓着しない彼にとって、細かい経緯はどうでも良い。

 言葉通り、この環境を用意してくれたサラサに感謝しつつ、計測器を地面に置くと、荷物から他の調査道具を取り出した。

「あ、調査にはしばらく時間がかかるから、二人は楽にしてもらって良いよ?」

「そうなのか? なら、そうさせてもらうが……すでにサラマンダーがいないここを調査して、何か意味があるのか?」

「逆だよ、アイリス君。サラマンダーを調べたければ、サラマンダーがいる場所に行けば良い。だけど、サラマンダーの棲み処を調査するには、サラマンダーがいると都合が悪い。危険だからね。斃すのも難しいし」

 都合良くサラマンダーが斃され、かつ斃されてから日数の経っていないここは、安全に棲み処を調査できる貴重なサンプル。そういうことらしい。

「そういうことだから、しばらく待っていてね」


    ◇    ◇    ◇


 ノルドラッドがサラマンダーの棲み処を調べ始めて、すでに三日が経過していた。

 見ているアイリスたちにとっては非常に退屈な、何を目的としているかもよく解らない行為をひたすら続けるノルドラッドは、頻繁に水を飲んでは大量の汗を流しているが、それでもその表情は生き生きとしていた。

 それに対しアイリスとケイトは、サラマンダーの棲み処の入口付近、溶岩から離れた場所に静かに立っているため、防熱装備の効果もあってさほど暑くはなかったが、とにかく暇だった。

 ノルドラッドの調査がもう少し判りやすいものならまだ良かったのだろうが、彼の調査はとにかく地味。見ていてもまったく面白くない。

 それでもアイリスたちが耐えていたのは、ただ立っているだけで、一日金貨二〇枚を貰えるからこそ。

 溶岩トカゲと格闘するよりはマシと耐えていたのだが、さすがに三日ともなると、忍耐力も品切れが近いようで、アイリスはややウンザリしたような声を、調査を続けるノルドラッドの背中に投げかけた。

「なぁ、ノルド。それはいつまで続けるんだ?」

「あぁ、ゴメン。次で最後の実験だから、もう少し待って」

 アイリスの言葉にもノルドラッドは顔を上げることをせず、荷物の中に手を突っ込んで、やっと両手に載るほどの四角い箱を取り出した。

 全面が黒く、箱の上部には指三本分ぐらいのスリットが入り、側面の一つは下半分が格子状になっている。

 ノルドラッドはその箱を地面に置いたかと思うと、荷物の中から革袋を取りだし、そこから掴み出した物を、ジャラジャラと箱のスリットに注ぎ込んだ。

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