019 サラマンダーの棲み処 (1)

 洞窟を下りきったそこは、溶岩の流れる灼熱の空間だった。

 輝く溶岩によって周囲は赤く染まり、人間の存在を拒むかのような高い気温。

 事実、防熱装備がなければ、僅かな時間で命を奪われることになるのは間違いない。

 だが、そんな場所を見回したノルドラッドは、両手を広げて嬉しそうに声を上げた。

「これは、これは。サラマンダーがいる、典型的なタイプの空間だね!」

「実際、いましたからね」

「特に変化は……ないようだな」

 前回来たときとの違いは、そこにサラマンダーが存在しないことぐらい。

 先日の戦いは、サラサの魔法によるゴリ押しだったので、激闘の爪痕、みたいな物が残っているわけでもない。

「うん、実験にはちょうど良い感じだね。それじゃ早速――」

 ノルドラッドは持っていた明かりの錬成具アーティファクトを地面に置くと、溶岩トカゲを引きずって溶岩に近付き、一匹の尻尾をその溶岩の中にドボン。

 残虐なる動物虐待を始めた。

 当然、溶岩トカゲは胴体をくねらせてジタバタと暴れるが、ノルドラッドはそれを押さえつけ……尻尾を引き上げる。

「少しの時間であれば、問題ないようだね。さすがは、“サラマンダーもどき”」

「……えっと、ノルド? それは?」

 少し嬉しそうなノルドラッドを見て、やや引きつった表情でアイリスが訊ねるが、ノルドラッドの平然と答える。

「溶岩トカゲが溶岩に耐えられるかの実験だよ?」

「いや、溶岩トカゲは名前だけで、実際には溶岩の中では生存できないと聞いているが?」

 少なくともアイリスは、サラサからそう聞いていたし、実際生存できない。

「ボクもそれは知っているけど、自分で確認したわけじゃないからね。『そう本に書いてありました』じゃ、研究論文として、いかにも情けないだろう?」

「そのための実験、なのか?」

「検証されていない研究論文なんて、ただの妄想の垂れ流しだからね」

 そして再びドボン。

 時間を延ばしつつ何度か繰り返し、やがて尻尾が炭化してしまう頃には、溶岩トカゲの抵抗は弱々しいものになっていた。

「想像よりも、熱に強いな……。さて、次は下半身、いってみようか!」

 そんな無慈悲な言葉と共に、更にどっぷりと浸けられた溶岩トカゲは再び暴れ出すが、やはり押さえつけられて動きを制限される。

「曲がりなりにも、溶岩の中で動けているのは……何でだろうね?」

「「………」」

 繰り返される無慈悲なる実験。

 控えめに見ても動物――いや、魔物虐待。

 普通に見れば拷問風景。

 まるで、『一思いにってくれ!』とでも訴えかけるような、溶岩トカゲの意外につぶらな瞳に、アイリスたちは良心を刺激され、そっと視線を逸らす。

 そして目に入る、対照実験要員。

 僅かな可能性にしがみつくように、簀巻きにされたまま、なんとか逃れようと暴れるその姿に、二人は涙すら禁じ得なかった。

 とはいえ、捕縛に必要だった苦労を思い返せば、間違っても逃がしてやろうなんて考えは俎上にも上がらないし、涙も引っ込んでしまう程度なのだが。

 普通の動物ならまだしも、相手は魔物。

 むしろ、せっかく捕まえた溶岩トカゲが、素材すら得られない状態で何匹も消費される、そちらの方に涙が出そうである。

「――うん、取りあえず実験はこんなもんかな?」

 だが、実験自体は見ていて決して楽しいものではなく、ノルドラッドのその言葉に、アイリスたちはそっと息をついた。

 だが次の瞬間、満足そうに頷いたノルドラッドは、満身創痍に近い溶岩トカゲを、もう用はないとばかりに溶岩の中へと蹴り込んだ。

 溶岩トカゲの動きを制限していたロープ類は、当然溶岩に耐えられるわけもなく、すぐに燃え上がり溶岩トカゲは自由を取り戻すが、それも僅かな時間。

 しばらくの間、溶岩の中で藻掻くように泳いでいたが、やがてその身体も燃え上がり、溶岩へと沈んでいく。

 ノルドラッドはそんな溶岩トカゲの様子を、じっと冷静な目で観察し、冷静に手元のノートに結果を書き留めていく。

「「………」」

 非情である。

 もちろん、魔物を治療するなんてことがあり得ないのは、アイリスたちも理解しているのだが――。

「さて。じゃあ、対照実験としてもう一度だね」

 そう言って、簀巻きにされたもう一匹の溶岩トカゲに、平然と手を伸ばすノルドラッドに、アイリスたちは揃って後ろを向いたのだった。


    ◇    ◇    ◇


「お待たせ! いやぁ、有意義な実験ができたよ! 新しい発見もあったし」

「……それは良かったな」

「えぇ、本当に……むしろ、終わったことが」

 溶岩トカゲの口はロープでグルグル巻きにしていたので、心を抉るような悲鳴が聞こえてきたりはしなかったのだが、それでもノルドラッドの輝くような笑顔を見てしまえば、なんとも言えない気持ちが湧き上がってくるのは、抑えがたい二人。

「私たち、研究者にはなれないな」

「普通に斃すだけなら、問題ないんだけど……」

 アイリスたちも魔物を斃した後は、皮を剥いだり、解体して部位毎に切り分けたり、素材として必要であれば目玉を抉り取ったりと、なかなかに血生臭いことをしているのだが、研究者のやりようはまた違う、ということだろう。

「ボクだって、別に好き好んでやってるわけじゃないよ? でも、ボクの研究結果によって、魔物の被害で死ぬ人が一人でも減れば価値がある、そう思ってるから」

 苦笑しながらそう言ったノルドラッドを見て、アイリスたちは自分たちの言葉に、彼に対する嫌悪感がにじんでいたことに気付き、気まずげに顔を見合わせて、頭を下げた。

「それは……そうだな。すまない。私たちが採集のときに参考にする本だって、誰かが調べたからこそ存在し、それによってより安全に採集作業ができているんだよな」

「……そうよね。ごめんなさい、ノルドさん」

「あはは、気にしないで良いよ。普通の人には理解しづらいのが研究者だから。周りから怪しく見えるのは、ボクも理解しているから」

 少々残酷なことをしているな、とは思っていてもその感覚はだいぶ麻痺し、新しい実験結果が出ると嬉しくて笑ってしまう。

 そんなノルドラッドは、傍から見れば魔物をいたぶって喜んでいるサイコパスに見えてしまうわけで。

 彼自身もそれを理解しつつ、止めるつもりもないのだから、やはりどこか一般人とはズレているのは間違いない。

「さて! 気を取り直して。前菜が終わったから、メインだね」

 少し微妙になった空気を変えるように、パンと両手を打ったノルドラッドに対し、アイリスもそれに乗るように笑みを浮かべつつも、気になったことはしっかりと訊ねる。

「ずいぶんと濃厚な前菜だったが?」

 事実、サラマンダーの周辺にいるだけの溶岩トカゲの調査に、何日も掛けているのだから、アイリスの言う事はもっともである。

 だがノルドラッドは、チッチッチッと指を振って、ニヤリと笑う。

「前菜に手を抜いたら、メインが良くても評価されないんだよ? むしろ、前菜からデザートまでしっかりと揃えているからこそ、ボクの研究が毎回褒賞金の対象になっているとも言えるね」

「へぇ、そんな絡繰りがあったのね……」

「絡繰りというか、自分のやりたいことだけやっていても、お金はもらえないという、ごく当たり前のことだけどね。相手が何を求めているか、だよ」

 ノルドラッドは簡単そうに言うが、実際はそんなに簡単なことではない。

 国が褒賞金を出す以上、そこには何らかの意図があるのは当然だが、誰もがその意図に沿った研究結果を出せるのであれば、褒賞金を得る人はもっと増えているはずで。

 そんな中、ノルドラッドが毎回褒賞金を得ていることからも、彼の優秀さが判ろう物である――少なくとも、研究に於いては。

「確か、ここに入れたはず……あった、あった」

 話しながらも荷物をあさっていたノルドラッドは、手のひらよりも少し大きい箱形の物を取り出して、それをじっと見つめる。

「ノルドさん、それは?」

「これは、この周辺にある魔力を調べられる計測器。系統も調べられる高級品なんだけど……うーむ、量が多いのは当然として、何故か水属性に偏ってる? ここだと確実に、火のはずなんだけど。もしかして、壊れた?」

 顔を顰めて、その計測器を振るノルドラッドだが、そこに表示されている値に変化はない。

「火属性も十分に高いし、漂う魔力量の多さはかなりとんでもないけど……」

「あ、それはもしかしたら、この前の戦いの影響かもしれないな」

 ふと思い出したように指摘したアイリスの言葉に、ノルドラッドは計測器から顔を上げた。

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