013 錬金生物 (2)
その点、素直なのはアイリスさんだった。
ケイトさんに後ろから抱きつき、手を伸ばす。
「私! 私の番!」
「えぇー、誕生日に剣を貰って喜ぶようなアイリスに、この子は勿体ないわ」
「そ、それとこれとは別だろう! あの時はケイトだって、ぬいぐるみを貰って、毎日抱いて寝ていたじゃないか!」
「うっ。い、良いじゃない、ぬいぐるみ。女の子なら嬉しいわよ。むしろ、可愛がってこその女の子よ。ねぇ、ロレアちゃん?」
一瞬言葉に詰まり、恥ずかしそうに頬を染めたケイトさんだったが、すぐに開き直ったように、ロレアちゃんに同意を求めた。
「同意します。だからケイトさん、返してください」
「あら、ロレアちゃん。この子はみんなの子供みたいなものなんでしょ? 返してはおかしいと思うわ」
「だから、次は私で――」
このまま放っておくと埒が明きそうにないので、私はため息を吐いて介入した。
「はぁ……。アイリスさん、どうせ明日からは二人に同行させるんですから、そのときに好きなだけ可愛がってください」
「そうです! ここは、明日から独占できるアイリスさんたちじゃなく、私に譲るべきです!」
「いや、そうじゃなくて――」
「うむ! まずは、名前を決める方が重要だな!」
「そっちでもないから! あ、あのね? 名前を付けると、愛着が湧くでしょ?
私が躊躇いがちにそう言うなり、三人揃ってバッとこちらを振り返り、驚愕に目を見開いた。
「そんな! こんな可愛い子に危険なことをさせるんですか!?」
「店長殿ともあろう人が、そんな残酷なことを!?」
「私もそれはどうかと思うわ?」
口々に非難されて、私は気圧されるように身を引く。
「そ、そんなこと言われても……」
そのための存在なんだから、仕方ないじゃん!
アイリスさんたちの危険が少しでも少なくなるように作ったんだから!
「店長殿はこんな
アイリスさんがケイトさんから奪い取った
「がう?」
「うっ。くぅ~」
わ、私だって、可愛いとは思ってるんだよ?
でも、感情移入したら困るから、堪えているだけで!
「ほらほら、店長さん、素直になりましょうよ~」
「温かくて、柔らかくて、可愛いですよ」
「もふもふ、気持ち良いぞ?」
「うぅ……」
可愛いことは知っている。
だって、私が可愛いと思う姿を想像して作ったんだから!
アイリスさんから、顔に押しつけられる
「もふもふ~」
「もふもふ~」
「もふもふ~?」
「わ――」
「わ?」
「解りました! 極力安全には配慮します! 名前を付けても良いです! でも、もしものときには、皆さんの方を優先しますからね!?」
「「「わぁ!」」」
嬉しそうに、三人でパチンと手を合わせるアイリスさんたち。
ちょっぴり疎外感。
みんなの安全を思って、心を鬼にしていたのに……うぅ。悲しい。
「名前、何が良いだろうか? 店長殿は、何か希望はあるだろうか?」
親だから、と聞いてくるアイリスさんに私は軽く首を振る。
錬金術師としては親というよりも、製造主と言って欲しいところだけど、多勢に無勢、もう諦めた。
好きにしてください。
「自由に決めて良いですよ。その間、これは預かっておきます」
私は軽く目を閉じて
「なぬっ!? こ、こんなこともできるのか!」
「今のは、私が操作しましたけどね。――問題はないみたいですね」
視覚、聴覚、触覚、そして身体の操作。
自分の身体と
熟練の術者なら、
「ほへ~、やっぱり普通の動物じゃないんですねぇ」
「でしょ? 名前付けるの、止める?」
「いえ、サラサさんが操作しないときは、自分で活動するんですよね? それなら付けてあげるべきです」
「そうよね。名前は、大事よね」
「うむ。ケイトなど、持っているたくさんのぬいぐるみ、すべてに名前を付けているものな」
「え、そうなんですか?」
さっき、アイリスさんがぬいぐるみ云々言っていたけど、そんなにたくさん持っていたの? それはちょっと意外。
てっきり小さいときの話かと。
私とロレアちゃんから向けられる視線に、ケイトさんは少し頬を染める。
「も、もちろん、子供の頃の話よ! 今はさすがに……」
「だが、実家の部屋にはすべてのぬいぐるみが――」
「ママが作ってくれたのに、捨てられるわけないじゃない!」
ビシリッと言ったケイトさんの言葉は、これまた意外……でもないかな?
カテリーナさんはケイトさんの母親だけあって、かなり強い人だったけど、優しそうでもあったから。
「……でも、解る気はします。捨てられませんよね、そういう物って」
「そうよね? 大事にするわよね?」
私も小さな頃は両親にもらった人形を持っていたし、名前も付けていた。
残念ながら両親が亡くなり、孤児院に入ったりする過程で失われてしまったけど、普通に暮らしていれば、今だって大事にしていたと思う。
「私も一つだけ、お母さんからお人形をもらって大事にしてますが……それなら、名付けはケイトさんにお願いするのが良いでしょうか?」
「せっかくだから、みんなで案を出しましょうよ。店長さんは……興味がないみたいだから、三人で」
うんうん。良い名前を付けてください。
その間、私は
クルッて回って、ステップ踏んで、ビシッ。
目を瞑った自分の顔を下から見上げる経験、ちょっと面白い。
「――なぁ、店長殿。そのキレッキレの踊り、イメージが崩れるんだが」
「気にしないでください。明日には出かけるわけですし、私も練習が必要なので」
なんとも言えない表情を浮かべる三人を代表してアイリスさんから苦情が申し立てられたが、私にも事情がある。
私も初めて作った
いざというときに、上手く動かせないとか、同調できないとかでは困るのだ。
「そう言われると、反論はできないのだが……先ほどまでのゆるふわを思い出して、案を出そう」
それでもチラチラと
その中で最初に答えを出したのは、ロレアちゃんだった。
「それじゃ、私は『クルミ』です。毛の色が胡桃の色に近いので。ちょっと金色寄りですけど」
――うん、可愛くて良いんじゃないかな?
「私は……『マルク』にしようかしら?」
――普通だね? 男性名っぽいけど、
「ケイトの名前はいつもそんな感じだよな。理由がよく判らないというか」
「フィーリングよ。そういうアイリスは?」
「私は『サケ』だな!」
――ちょっと待って。
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