012 錬金生物 (1)
翌朝、培養容器に魔力を供給し終えた私は、テント作りに取り掛かった。
私が引いた線に沿って、アイリスさんたちが革を裁断。
貼り付ける革、両方の糊代にたっぷりとカワックを塗ったら、互いを合わせて木槌で叩き、しっかりと密着させる。
そして数分も待てば、二枚の革は完全に一体化、その強度は一枚物の革以上となる。
縫い合わせるより簡単で、強度も高く、浸水の心配もない。
そのコストにさえ目を瞑れば、カワックはとても優秀なのだ。
……まぁ、目を瞑っても、なお眩しいほどのお値段だから、なかなか使えないんだけどね。
それこそ、
だが、便利なことは間違いなく、テント自体はその日のうちに完成、その翌日にはフローティング・テント化も終わる。
引き続いて、安全のためにアイリスさんたちに持たせる共鳴石や
◇ ◇ ◇
「できたの?」
「はい。予想よりも少し成長が遅くて、やきもきしましたが、ギリギリ間に合いました」
完全に成長しきるまで、丸四日。
当初の予想よりも一日以上長い。
私が慣れていないからか、予測が甘かったのか、それとも使った素材の問題か。
初めて作った物だけに、原因はよく判らない。
でも、ま、無事に完成したんだから良いよね?
「これが今回作った
培養液を拭き取るため、タオルに包んでいた
「か、か、かわい~です~!」
「こ、これは……予想以上に可愛いな!?」
よいしょ、よいしょとタオルから出て、テーブルの上にちょこんと座ったその姿は、小さな子熊。
毛は薄茶色で、光の加減では金色っぽくも見える。
片手の上に載るほどに小さく、とってもモコモコ。
それを見て、ロレアちゃんは歓声を上げて手をワタワタと動かし、アイリスさんもまた、テーブルの上に身を乗り出して、じっと見つめている。
「私もこれは予想外。
「いえ、やり方次第で結構自由になりますが、今回は比較的作りやすかった、この姿にしました」
この姿形の理由は、半分ぐらいが作りやすさの問題で、残り半分は私の趣味。
しかしその難易度は使った素材に左右され、どんな形にでもできるわけじゃない。
今回であれば、サラマンダーとヘル・フレイム・グリズリーの素材を使っているので、熊とか蜥蜴に近い形なら容易で、例えば魚の形にするのは、かなり難しい。
逆に言えば、使用する素材を調整することで、いろんな姿の
ただし、人型にはダメ。
少なくともこの国に於いては、人型の
技術的に不可能かどうかは……禁止されている時点で、解るよね?
「つまり、作るのであれば、蜥蜴か熊だったわけか」
「はい。であれば、やっぱり熊ですよね?」
蜥蜴がカワイイと言う人もいるかもしれないけど、私としてはやっぱりモコモコの熊の方が可愛いと思う。
そしてそんな私の好みは、みんなに受け入れられたらしく、全員が深く頷く。
「うむ、当然だな。この大きさは? 熊にしても、ずいぶんと小さいが」
「戦闘用の
「だ、ダメですよ、そんなの!」
「もちろんしないよ? それにこの姿なら、店番をするロレアちゃんの隣に置いていても、違和感がないでしょ?」
慌てて声を上げるロレアちゃんを落ち着かせるように私は微笑み、
「さ、触っても良いですか!?」
「うん、構わないよ」
差し出されたロレアちゃんの手の上にポンと載せると、
「はわぁぁ、温かくて、モフモフです~」
「私! 次は私! ロレア、代わってくれ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私ももっと堪能したいんです!」
ロレアちゃんが恐る恐る背中を撫でて顔を蕩けさせると、アイリスさんも指を伸ばして首筋の辺りをくすぐり、口元を緩める。
対して
「店長さん、あれって大丈夫なの? 一応、熊なんでしょ? 店長さんが動かしているわけじゃなくて、自立してるのよね?」
「私たちが触るのなら大丈夫ですよ。熊といっても、
魔力的な繋がりがあるのは私だけだけど、三人の因子も入っているので、少なくとも攻撃されるようなことはないはず。
もっとも、とてもよく慣れたペットぐらいな感じなので、何しても反撃されないってわけじゃないんだけど。
「なら、少しは安心だけど……他の人の場合は?」
「それはその時々、でしょうか。性格は私たちの影響を受けてますから、いきなり噛みついたりはしないと思いますけど。――私たちの中に、秘めた攻撃性でもない限り」
「攻撃性……」
ケイトさんは私、ロレアちゃんと視線を移していき――少し心配そうに眉を寄せる。
「ちょっとだけ、心配なんだけど」
誰の性格が心配なのかは、あえて問うまい。
一応、貴族の令嬢なのに、採集者になっていたりする誰かの所で、視線が止まったのはたぶん気のせい。
「ま、まぁ、大丈夫ですよ。勝手気ままに、その辺りを歩き回るわけじゃないですから」
動物のように見えても動力源は私の魔力で、食事をするわけじゃないし、命令しなければ家の外に出たりもしない。
「サラサさん! 名前は? 名前はなんて言うんですか?」
「え? 名前? 別に付けてないけど――」
「付けましょう! 名なしなんて、可哀想です!」
「そうだな! 可愛い名前を付けないとな!」
言下に強く主張するロレアちゃんと、コクコクと何度も頷いて、それに賛同するアイリスさん。
……どうしよう。想像以上に、二人の食いつきが良いんだけど。
私も可愛いとは思っているけど、どちらかといえばぬいぐるみのような感覚。
本来の役目が危険な場所の偵察や、身を挺してでもロレアちゃんたちを守ることなのに、愛着によってその行動に躊躇いが出てしまえば、本末転倒。
何のために作ったのか、ということになってしまう。
かといって、喜んで可愛がっている二人から取り上げるのは忍びなく。
私が助けを求めるようにケイトさんに視線を向ければ、ケイトさんは『心得た』とばかりに深く頷き、「ねぇ、二人とも」と声を掛けた。
良かった。
ケイトさんなら、きっと穏便に二人を落ち着かせて――。
「次は私の番よね?」
あれぇ――!?
「なっ!? ケイト、ずるいぞ! 私もまだ抱いてないのに!」
「私なんて、まだ触ってもないわ。――わっ、柔らかい毛並み。ヘル・フレイム・グリズリーとは全然違うわ」
アイリスさんの抗議をさらりと聞き流し、
「ケイト、代わってくれ!」
「もうちょっと良いでしょ。この手触り、癖になるわ。こちょこちょ」
「がう、がう!」
ケイトさんが
それを見たケイトさんも、緩みそうになる表情をなんとか堪えるかのように、口角をピクピクと動かしている。
うん、ダメだ。ケイトさんには期待できそうもない。
というか、素直に表情を崩せば良いのに。
体面を気にするような関係じゃないよね? 私たち。
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