014 錬金生物 (3)

「ア、アイリスさん? その名前は?」

「ふっふっふ。店長殿でも知らないか。これはな、北の方に生息している熊の好物なんだ!」

 ドヤ顔で知ったかぶりをするアイリスさん、ちょっと可愛い。

 でも、それってお魚の名前ですからね?

 いや、『クルミ』だって食べ物の名前だから、別に良いといえば良いのかもしれないけど、イメージが……。

「えっと、それは――」

「そうはいっても、私も詳しくは知らないんだがな。いったい、どんな木の実なんだろうな? 団栗どんぐりや栗みたいなのか、もしくは柿みたいな果実なのか……ちょっと不思議なところが、錬金生物ホムンクルスに合っていると思わないか?」

「………」

 返答に困る。

 こんなときはケイトさん――も、知らないか。

 アイリスさんの言葉を聞いても、何も言わないところを見ると。

 この辺には生息どころか、流通すらしていない魚だからねぇ。

 私みたいに学校に行って広範囲の知識を身につけるか、興味を持って調べなければ知る機会もない。

 そしてそれは、当然にロレアちゃんも同じなわけで――。

「では、この三つから選びましょうか。どうやって決めます?」

「サケの名前なのだ。本人に決めさせよう」

「アイリス、まだ決まってないわよ? 店長さん、お願いできる?」

「えーっと……解りました」

 否定できる雰囲気でもない。

 不正ができないわけじゃないけど……あとは祈るのみ。

 私が三人から等距離の場所で錬金生物ホムンクルスの制御を解いた。

「クルミ、クルミちゃんです!」

「マルクが良いと思う」

「サケ。サケだよな?」

 口々にそう言って手を差し出す三人を見て、窺うようにこちらを振り返る錬金生物ホムンクルス

 それに私が頷き返すと、しばらくの間、テーブルの上をうろうろした後――。

「がうがう」

「やりました! 私です!」

 ロレアちゃんが差し出していた手の上に、錬金生物ホムンクルス改め『クルミ』がポンと飛び乗った。

 良かった。

 アイリスさんは避けられた。

「むぅ、クルミか。まぁ、クルミも悪くない。――店長殿が選んだ、わけじゃないんだよな?」

「はい。自由にさせましたから。名前決めとまで理解しているかは判りませんが」

 錬金生物ホムンクルスの知能は、そこまで高くない。

 けど、決して低くもない。

 ある程度なら指示した通りに行動できるし、一定の行動を記憶させ、それを実行させることもできる。

 もっとも後者に関しては、錬金術で作られる錬金生物ホムンクルスたる所以なので、知能はあまり関係ないけど。

 でも、私の気持ちを忖度して、アイリスさんを避けるほどの知能は持っていない……はず?

 なんか、思ったよりも知能が高そうにも見えるけど――。

「それじゃ、名前はクルミで決まりね」

「明日から、しばらくよろしくな、クルミ」

「がうっ!」

 ちょこんと座ったまま、片手を上げるクルミ。

 カワイイ。

 ……うん、ま、いっか。

 賢くて困ることはないよね?


    ◇    ◇    ◇


 サラサとロレアに見送られ、アイリスたちが旅立ったのは、当初の予定通り、サラサが錬金生物ホムンクルスを完成させたその翌日のことだった。

 しっかりと遠征の準備を整えたアイリスたちは、森の入り口に向かい、そこでノルドラッドと合流したのだが――。

「それじゃ、アイリス君に、ケイト君。しばらくの間、よろしく頼むよ」

「任せてくれ」

「微力を尽くすわ。けど……凄い荷物ね?」

 笑顔で手を上げて、挨拶をするノルドラッドに応えながらも、アイリスたちはやや困惑したように、彼の背後に目を向ける。

 今回はやや長期の遠征になるため、アイリスたちも多めの荷物を持っていたが、ノルドラッドの背負っている荷物はその比ではない。

 腰の下から頭を越える高さまで。

 そんな巨大な、しかもパンパンに膨らんだリュックサックを背負っている。

 どう見ても重そうなそれを背負いながらも、足取りに危なげがないのは、ノルドラッドが鍛えられた肉体を持っているからだろう。

 いや、正確に言うなら、そんな物を背負って調査をしているからこそ、鍛えられているというべきか。

「これかい? やっぱり調査には色々な道具が必要だからね。サラサ君の作ってくれたテントが予想以上に小さくて助かったよ」

 革製のテントという物は、案外重い。

 もっと軽い素材で作られたテントもあるのだが、森の中などの不整地で使うことが多い採集者にとって、コストや耐久性を考えれば、選択肢は丈夫な革以外ないに等しい。

 それに対し、今回ノルドラッドがサラサに依頼した物は、コンパクトさと軽量化を重視した代物で、錬金術による耐久性向上の付与により、薄く軽い革を使用しながらも、十分な実用性を兼ね備えている。

 その分、大きさは成人男性がやっと寝られるだけでしかないし、通常よりも大幅にコストがかかっているのだが、結果として大ぶりの水筒程度にまで小さくできているのだから、さすがは錬成具アーティファクトというところだろう。

「これまで、テントはどうしていたんだ?」

「前にもちょっと言ったけど、護衛をしてもらう採集者の所にお邪魔することが多かったかな? 自前で用意することもあったけど、その場所での調査が終わったら、処分してたんだよ。持ち運びに困るから」

 ノルドラッドが調査に赴く場所というのは、多くの場合、都市部から離れた場所である。

 そのような場所への交通手段など限られ、大抵の場合は徒歩。

 ただでさえ大量の調査道具を持ち運んでいるノルドラッドにとって、重たいテントを持って旅をするのはかなりの負担であり、それ故、調査が終われば最寄りの集落で売り払うなり、協力してくれた採集者に譲るなりしていたのだ。

「普通のテントなら、そこまで高い物じゃないからね」

「確かに、常時テントを持ち運ぶのは辛いわよね。私たちも、野宿するときはマントや毛布だけで寝ていましたし」

「そうなんだよ。一カ所に留まって調査をするなら、あった方が良いのは間違いないんだけど、移動中は重いし、普通のテントは広げるのも面倒だから」

「ふむ。であれば、もっと前に今回のようなテントを注文しても良さそうに思うのだが……」

 ある意味、もっともなことを訊いたアイリスに、ノルドラッドは不思議そうな表情を見せた。

「あれ? もしかして、こういう錬成具アーティファクトを買いたいと思えば、簡単に買えるって思ってる? はっきり言って、ここはかなり特殊だよ?」

 受注生産という意味でのオーダーメイドであれば、多くの錬金術師のお店で引き受けているのだが、それは錬金術大全に載っている錬成具アーティファクトを作ってもらえる、というだけにすぎない。

 フローティング・テントを例に挙げるなら、単純に浮くだけの機能にサイズ違いが数種類のみ。今回サラサが作ったような、大きさ、素材、機能などがカスタマイズされた物を作れる錬金術師は、さほど多くない。

「その中でも、注文してすぐに作ってくれる錬金術師なんて、ほとんどいないんじゃないかな? そんな錬金術師は、大抵、予約をいくつも抱えているから。田舎のお店なら暇してる人も多いけど、そうなると今度は、腕の方が、ね」

 サラサのお店は極端にしても、店を開くために必要なコストは、都会が圧倒的に高く、田舎は安い。

 必然的に田舎でお店を開いている錬金術師は、都会でお店を持てなかった――つまり、レベル的に劣る錬金術師である場合が多い。

 もちろん、何らかの事情や酔狂、早期リタイヤで田舎に居を構える高レベルの錬金術師もいるが、その数は決して多くない。

「つまり、店長殿は特殊、と?」

「そりゃそうだよ。この国唯一の錬金術師養成学校を実質的に首席で卒業した上に、マスタークラスの弟子だよ? それが特殊じゃなくて何なのさ。なんでこんな所にいるのか、不思議だよ」

「そう言われると、そうよね……?」

 借金を抱えていたアイリスたちにとって、錬金術師のお店はただ素材を売る場所であり、錬成具アーティファクトを購入するような余裕はもちろん、錬金術師と親しくなるような機会もなかった。

 村から出たことのないロレアに比べればマシだが、小さな騎士爵領で育ったアイリスたちも錬金術に対する知識はさほど多くなく、錬金術師の基準はサラサ。

 彼女が特別なことは認識しているが、はっきり言えば、それでも世間一般の認識とはややズレているのだった。

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