010 エリンさんのお願い (2)

「あっ! ありました。これですね」

 その名も“乾燥食品製造機ドライフード・メーカー”という錬成具アーティファクト

 何の捻りもない、でも大半の人にとってはありがたい名前。

 良かった、まともな錬金術師の作品で。

 実用品に格好良さは必要ない。

 これで機能が違っていたら、とんでもない罠だけど……うん、名前通りだね。

「エリンさん、こんな感じですけど……」

「……あの、私には何も見えないんですが?」

「あっと、そうでした。これ、錬金術師以外は読めないんでした」

 ウチのお店にオーダーメイドで錬成具アーティファクトを注文する人なんていないから、失念していた。

 せっかく看板を出しているのに、相談に来た人なんて皆無。

 テントや手袋みたいに、実物を並べると注文してくれるんだけど、『こんな物はないですか?』みたいなお話はまったく来ない。

 あえて言うなら、ロレアちゃんに売った“コロコロ”と、グレッツさんに売った“ハーベスタ”がオーダーメイド品だけど、ホント、それぐらいなんだよねぇ。

「それじゃ、説明しますね!」

 ある意味、初めてのお客さん。

 私は張り切って、本の内容を説明する。

「機能的には、名前そのまま。乾燥食品を作るための錬成具アーティファクトですね。野菜の他、干し肉なんかも作れるみたいです。ただし、『生肉をそのまま乾燥させるのは、推奨できない』って書いてありますけど」

「それはそうでしょうね。この村で干し肉を作るときにも、まずは塩漬けにしますから」

「あ、やっぱりそうなんですね。塩辛いですもんね、干し肉って」

「はい。干している間に腐らせないためにはどうしても。高級な干し肉では、塩分を減らして、上手に燻製にすることで美味しく食べられる物もあると聞きますが、この村の場合、基本的には自分たちで食べるだけですからね」

 先日はヘル・フレイム・グリズリーの狂乱で大量のお肉が手に入ったけど、あれはレアケース。

 猟師がジャスパーさんしかいないこの村では、冬の食料として確保しておく必要もあり、余所に売りに行く余裕なんてほとんどないのだ。

「じゃあ、この機能はあまり必要ないですか」

 機能を省けばそれだけ安価に作れる。

 そう提案した私に、エリンさんは首を振った。

「いえ、最近は採集者の方が獲物を持ち帰ることもあるので、無駄にはならないと思います。買い取って加工するなら、それも村人のお仕事になります」

「それを今度は採集者に売るわけですね。あとは……生野菜だけじゃなく、普通の料理も乾燥できる、って書いてありますね。種類は選ぶみたいですけど」

「料理ですか? ちなみに、どのような……?」

「あまり詳細には書いてありませんが、パンやスープなどはできるようですね。ただし、水気の多い物はランニングコストは増えるみたいですが」

 ランニングコスト、つまりは燃料代。

 魔力持ちが使う場合には自身の魔力が、魔力がない場合、もしくは足りない場合は、屑魔晶石が使われる。

 乾燥させる錬成具アーティファクトなのだから、水気が多いスープを乾燥させるのにより多くのコストが必要になるのは当然。

 そのコストを払っても割が合うかどうかは、私の管轄外かな?

「スープも、ですか。さすがは錬成具アーティファクトですね。普通ならスープを保存食にするなんて、不可能だと思いますけど」

「そのへんは何とも……」

 どういう物なのかな?

 乾燥野菜と塩でも、お湯に放り込めばスープになりそうだけど。

「料理に関して私は助言できませんから、そのへんはディラルさんとか、ロレアちゃんとか、料理の得意な人に相談してください」

 カウンターに視線を向け、ロレアちゃんを推薦してみる。

 突然話に出されたロレアちゃんは、きょとんとした表情で目をぱちくり。

 自分を指さして、首を傾げた。

「……え? 私、ですか?」

「うん。ロレアちゃんが作ってくれる料理は美味しいからね」

「あ、ありがとうございます……?」

 ロレアちゃんは母親のマリーさんから料理を習ったようだけど、最近はずっと、マリアさんのレシピ本を使って料理を作ってくれている。

 その腕前はともかく、料理に関する知識に関しては、すでにマリーさんを超えたと言っても過言ではない……んじゃないかな?

 きっと相談相手として、不足はないと思う。

「なるほど。同じ料理ばかり作ることが多い村の人では、その錬成具アーティファクトに適した料理にはできないかも、ということですか。ロレアちゃん、協力、お願いできますか?」

「は、はい! 私にできる事なら!」

 エリンさんに頼まれ、ロレアちゃんは背筋を伸ばして元気に返事をする。

 そんなロレアちゃんを微笑ましく思いながら、私は再度本に目を落とす。

「あとは私が錬成具アーティファクトを作れば良いだけですが、手頃な火系統の素材がないのが問題ですね……あれ?」

 本に載っている作り方を見て、私は眉間をグリグリと指で押さえ、再度確認。

 ――うん、間違いじゃないよね?

 この本、しっかりと正規に買った物だし。

「火系統の必要素材が少ない? 風系統は普通に、何故か氷系統が多い……?」

 氷系統は、幸か不幸か、氷牙コウモリの牙がまだたくさん残っている。

 もうそろそろ夏も終わるのに。

 来年まで死蔵かな、と思っていたけど、これでだいぶ消費できそう。

 火系統の素材は、サラマンダー由来の高価な素材は残っているけど、こんな物を使ったら、ちょっと買えるような値段にはならない。

 安価な素材を用意しないと、と思っていたら、本に載っている必要な素材は、思った以上に少なかった。品質も問われないみたいだし……。

 この程度なら、サラマンダーの棲み処に行ったとき、ついでに拾ってきた火炎石程度でも十分に賄えるから、お値段の方も下げられるかな?

「風系統は手元にないので、別途集めるしかないですけど、思ったよりも安くできそうです」

「本当ですか? それでしたら助かります」

「でも、多少安くできるといっても、大幅な加算がないだけで、それ自体は決して安い物じゃないですよ?」

 素材の収集にかかるコストが少なく済むだけで、錬成具アーティファクト自体は十分に高いのだ。

 間違っても、この村の農家が買えるような代物ではない。

「大丈夫です! それは私が買います! そして一回毎に使用料を徴収します」

「……そっか。今なら村の人も、使用料払えますもんね」

 納得したように頷くロレアちゃんに、エリンさんもまた嬉しそうに頷く。

「はい。以前なら現金を消費するのに躊躇しましたが、今なら税金の支払いも問題ありません。いざとなれば、各戸から現金で徴収もできますから!」

 村長のお仕事は、税金の徴収。

 これまでは農作物を集め、それをダルナさんが売りに行って現金に換え、それでも足りない場合は宿屋のダッドリーさんなど、現金を持つ数少ない村人から借金をして税金を工面していたらしい。

 でも今は、採集者の数が増え、空き家になっていた賃貸物件も埋まっている。

 あれは村の共同所有で、そこから得られる利益は村人に分配される。

 つまり、無駄遣いさえしていなければ、村のどの家庭でも、ある程度の現金は保有しているんだとか。

「解りました。問題ないのであれば、承ります。必要素材を手に入れるのに、少し時間が必要になりますが……」

「もちろん、大丈夫です。こんな田舎ですからね。時間とコスト、優先するのなら、コストでお願いできると嬉しいですが……ダメですか?」

「ふふふっ、解りました。できるだけ、安くできるよう、頑張ってみますね」

 片目を閉じて両手を合わせるエリンさんに、私は笑って頷いた。

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