009 エリンさんのお願い (1)

 それはいつものように、私が錬金工房で作業をしていたある日のこと。

 私の所を、村長――じゃなくて、村長代理、でもなくて、単なる村長の娘(でも実質的な村長)であるエリンさんが訪ねてきた。

 何やら相談があるということで、私はカウンター前に置かれたテーブルに――このときはまだ、応接室が完成していなかった――エリンさんを招いた。

 エリンさんも時間帯を考慮したのか、ちょうどお客さんのいないときだったし、ここならロレアちゃんも話が聞けるからね。

「それでエリンさん。ご相談とは? 薬草畑のことですか?」

「いえ、おかげさまで、あちらは順調です。ありがとうございます」

「なら良かったです。でもそれは、あの夫婦が頑張っているからですよ? 丁寧に教えたところで、手抜きをしてしまえば何の意味もないですからね」

 ウチのお隣に作られた薬草畑は、一応、私の所有物。

 そこを任せているのはマイケルさん夫婦。

 錬金術師とは違って、彼らには魔法で失敗を取り戻すなんてズルはできないため、手を抜かず、真面目に世話を続けないといけない。

 すべて手作業になるだけに、なかなか面倒なんだけど、その点あの夫婦はとても真面目だった。

 昔この村に住んでいたらしいマイケルさんはともかく、町育ちのイズーさんも、サボることなく毎日畑に来て、丁寧に世話をしている。

 まだ収穫には至っていないけれど、この調子でいけば十分な収穫を見込めることは、ほぼ確実だろう。ありがたいことに。

「しかし、薬草じゃないとなると……また何かトラブルでも?」

「トラブルではないのですが……サラサさんは、ダルナの所で販売している保存食を知っていますか?」

「はい。私も、ロレアちゃんが作ってくれるようになるまで、お世話になってましたから」

 買い溜めができるので、面倒なときはあれで食事を済ませていたから。

 乾燥野菜と干し肉。

 美味しくはないけど、安くて、鍋で煮込むだけで食べられるお手軽さが便利。

「では、あれらはすべて、ダルナがサウス・ストラグで仕入れてきていることも?」

「それは知りませんでしたが、そうかな? とは思っていましたね。干しているのを見たことがありませんから」

 大して広くないこの村。乾燥野菜を作っていれば、あまり出歩かない私の目にも、ちょっとぐらいは留まったと思うもの。

「はい。一応、各家庭で消費するぐらいは作っているんですが、目立つほどじゃないですね。裏庭とか、軒下とか、そういうところに置いてあるので」

 作ることは作っていたらしい。

 ……ま、まぁ、私が普段歩くのは、メインの通りだけだしね?

 裏庭とかは目に入らないしね?

「これまでは採集者の数も少なかったですし、それで良いと思っていたんですが、最近はこの村を拠点にする採集者も増えたじゃないですか。これは、チャンスだと思いませんか?」

「村人の、現金収入の、ですか?」

「はい! サラサさんのおかげで、内職で稼いでいる人も増えましたけど、私としてはもう一歩、進めたいんです」

 この村の主産業は農業。

 その大半は穀物で、それ以外の農作物は、自分たちで消費する分と村の食堂で出している分を除けば、少し余る程度でしかない。

 それらはダルナさんによって、サウス・ストラグで売られることになるのだが、日持ちや重量、運搬のしやすさなどの関係で、そのすべてが持ち込めるわけではない。

「これまで食べきれず、売ることもできない野菜は漬物にして保存していたんですが、あれって評判が悪いんですよね。――ごく一部の人を除いて。サラサさん、ご存じですか?」

「……あぁ、そういえば。話だけは聞いたことがあります」

 あれは確か、この村に来て最初の日。

 ディラルさんとエルズさんの会話の中で、そんな物が出てきたような覚えがある。

 幸いというべきか、今のところそれを食べる機会はないけれど、食べる人を選ぶようでは、保存食としては失敗だろう。

 もちろん、そんなことを言っていられないほど、貧しい地域もあるわけだけど。

「美味しい保存食が増えれば、採集者としてはありがたいでしょうね」

「でしょう? 私たちとしても、上手くすればお野菜の無駄をなくせますし、冬の食卓も多少はマシになります。採集者にも評判が良いようなら、穀物以外のお野菜も増産して、村の現金収入を増やしたいですね。これで現金が確保できるようになれば、穀物相場を考えて売買ができるようになりますから!」

「な、なるほど……」

 この国で税金を支払う場合、現金で納めるか、農作物をそのまま納めるかは、その土地の領主によって異なる。

 アイリスさんの実家であるロッツェ家は現金と農作物、どちらでも受け取り、この村の領主は現金のみを受け取る。

 税金の計算方法も絡んでくるため、どちらが良いか一概には言えないが、農村の場合、現金で税金を納めるためには、自分たちで農作物を現金に換えなければいけない。

 ここのような小さな村では、それがネックになる。

 現金を貯め込める余裕があれば別なのだろうが、大抵の村にそんな余裕はなく、農作物を収穫したらすぐに市場に出して売り払い、現金を手に入れなければいけない。

 だが、それは他の村々も同様であり、必然的にその時期の穀物相場は下がる。

 もし、税金を支払えるだけの現金を事前に手にできれば、その時期を避けて売却できるようになり、結果、村の財政は潤うことになる。

 もちろんそのためには、穀物を保存するための倉庫などが新たに必要になるのだが、現実的な範囲でより良くしようという努力は、さすがだと思う。

「良いと思いますよ。乾燥野菜を内製化すれば、出ていく現金は減り、村に落ちる現金は増える。一石二鳥ですね」

 私も詳しくはないけれど、乾燥野菜なんてたぶん、切って干せば良いだけ。

 他の町に売り込めるような商品ではないと思うけど、逆に言えば、どれを買っても大差ない。

 極端な話、この村唯一のお店であるダルナさんが、この村で作った物以外を売らなければ、採集者はそれを買わざるを得ないのだ。

 よっぽど質が悪いとか、価格が高すぎるとかであれば別かもしれないが、少しぐらいの差であれば我慢できる程度に、この村とサウス・ストラグの距離は遠い。

「……でも、それって私、関係ないですよね?」

 一体、何の相談事が?

 そう不思議に思って首を捻る私に、エリンさんは笑みを浮かべた。

「えぇ、もちろん、乾燥野菜の作り方を聞いたりするために、錬金術師様のお時間を取ったりはいたしませんとも」

「ははは……、訊かれても普通のことしか知りませんけどね」

 冗談っぽく笑うエリンさんに、私も乾いた笑みを返す。

 私なんて生まれは商人の娘。

 商品としては見たことがあっても、家庭で保存食を作ったりはしなかったし、学校で習ったことを除けば、一般的な知識しかない。

 むしろ、その辺の農家の子供より詳しくないかもしれない。

「ご相談したいのは、乾燥野菜……いえ、纏めて保存食と言いましょうか。それを作る錬成具アーティファクトはないのか、ということです」

「ですよね~!」

 ロレアちゃんならともかく、料理に関して私に訊いたところで、大した意味はない。

「でも、そうですね。えっと……ちょっと待ってください」

 少なくとも、これまで作った錬成具アーティファクトに、保存食を作る物は存在していない。

 ただ、今手を付けている錬金術大全の五巻。

 あれには何かそれっぽい物が載っていたような気も……。

 五巻になって厚みも増しているから、全部は覚えてないんだよね。

「載っているなら、このあたりですが……」

 工房から持ってきた錬金術大全をドンと机の上に載せ、パラパラと捲っていく。

 一応、分類されて載っているので、全部を読む必要はないんだけど、必ずしも想像した分類になっているとは限らないのがちょっと厄介。

 例えば乾燥野菜を作る錬成具アーティファクトなら、食品関連かと思いきや、農業関連だったり、乾燥させる物ということで、工業関連だったり。

 案外、油断できない。

 それでも、そのままズバリの名前を付けてくれていれば、まだ見つけやすい。

 パラパラと見るだけで、目に留まるから。

 でも、変に捻ったおかしな名前を付けられると、そのおかしな名前を見つける度に説明文にまで目を通さないといけないから、ちょっとめんどい。

 ホント、変な自己顕示欲のある錬金術師って厄介だよね?

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