008 護衛に向けて (3)

 最初はほんのりと、桃色に光っているだけだった培養容器。

 それが、魔力を注ぐにつれてどんどんと光量を増していき、桃色だった光が白く輝き始め、今では直視できないほど。

「うーみゅ。さすがはサラマンダー&狂乱状態のヘル・フレイム・グリズリー。容量がハンパないね!」

 魔力が無駄にならなくて嬉しいような、そうでもないような。

 目を瞑っていても感じられる、瞼の上から刺すように輝く強い光。

 これじゃ、明るくなっているかどうか、判断もできない。

「こうなったら、注げるだけ、注いでおこう」

 魔力は使っても回復するけど、錬金生物ホムンクルスの作製はやり直しがきかない。

 私は下を向いてぎゅっと目を瞑り、魔力を絞り出していく。

 その状態でも感じる眩しさを耐えながら、続けることしばらく。

「――限、界っ!」

 私は培養容器から手を離し、その場に倒れ込むように尻餅をついた。

 薄く目を開けてみれば、輝く培養容器が部屋全体を明るく照らしていたが、数十秒ほどでその光も収まり、やがてほんのりと薄桃色の光を放つだけになった。

「成功、したのかな?」

 地面に腰を下ろしたまま容器を見上げてみるけど、その中には何もなく、時折小さな泡が生まれては、水面に向かって上昇している様子が見えるだけ。

 水が濁るとか、光が消えるとか、本に載っていた失敗事例には当てはまらないけど、成功したと言えるだけの確信も持てない。

「……まぁ、様子を見るしかないか」

 失敗していなければ、あとは時々魔力を注ぐだけで、三日ほどで錬金生物ホムンクルスが完成するはず。

 逆にそれだけの期間で完成しなければ、失敗。

 投入した高価な素材は無駄になり、アイリスさんたちの保険、一つ目は水泡に帰す。

 ――いや、むしろ水泡のまま? 文字通り水になっているだけに。

「二つ目の保険は……明日以降だね。さすがに今日は、もう魔力は使えないから」

 私はコロンと後ろに倒れると、そのまま床に寝転がる。

 サラマンダーを相手にしたときのように、意識を失うほどじゃないけど、今回もほぼ限界まで魔力を消費したので、正直、座っているのも辛かったのだ。

 季節は冬に近付き、床がちょっと冷たいけど、多少魔力が回復するまでは、しばらくこのままで休もう。

 そのまま数十分ほど休んでいると――。

 コンコン。

「サラサさん、お夕飯ができましたよ」

 ノックの音が響き、ロレアちゃんの声が聞こえてきた。

「ありがとー。ゴメン、先に食べてて。今ちょっと、動けないから」

 多少は回復したけど、動くのはまだ辛い。

 私がそう応えると、少し焦ったようなロレアちゃんの声が返ってきた。

「動けない? 開けても良いですか!?」

「いいよ~」

「失礼します――えっと……」

「………」

 工房に入ってきたロレアちゃんと、床に転がったまま見上げる私の目がバッチリと合い、互いに無言になる私たち。

 でもロレアちゃんは比較的すぐに立ち直ると、私の横にしゃがみ込んで、額に手を当ててきた。

「……サラサさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫、大丈夫。ちょっと魔力を使いすぎただけ。病気じゃないから。休んでいたら、動けるようになるよ」

「そうですか。なら良かったです。あまり無理をしないでくださいね? ――これが、錬金生物ホムンクルスですか?」

「それになる予定の液体、ね。成功していれば」

 薄ぼんやりと光を放つ培養容器はとても目立つ。

 それに目を留めたロレアちゃんは、立ち上がって容器を覗き込むと、不思議そうに小首を傾げた。

「……何も、ないように見えますが」

「まだ始まったばかりだからね。変化が判るまでには一日ぐらいはかかるよ」

「そうですか……。サラサさん、寒くないですか?」

「ちょっと寒いね。もう冬だね。季節は移ろうね」

 私がこの村に来たときは春だったのに、時間が経つのは早いものだね。

「そんな暢気な。風邪引きますよ? 手を貸せば動けそうですか?」

「うん、なんとか?」

「では移動しましょう。あまり冷えると、身体に良くないです」

「ありがとう。お世話かけます」

 差し出されたロレアちゃんの手を握り返し、私は立ち上がった。


    ◇    ◇    ◇


 食堂では、アイリスさんとケイトさんがすでに揃って待っていた。

 テーブルには料理も並べられ、私が席に着くのを待つばかりの状態である。

「すみません、お待たせしました」

「いや、それは問題ないのだが……店長殿、どうかしたのか?」

 ロレアちゃんの手を借りてやってきた私の姿を見て、アイリスさんたちが心配そうに腰を浮かそうとするが、私は手を上げてそんな二人を制し、どっこいしょと椅子に腰を下ろす。

「ふぅ、ありがとう、ロレアちゃん」

「いえ、大したことでは」

 ロレアちゃんが微笑んで、自分の席に着いたところで、ケイトさんが改めて訊ねてきた。

「それで、店長さんはどうしたの? 体調に問題があるわけじゃないのよね?」

「はい。これは、単なる魔力切れです」

「店長さんが魔力切れ? 錬金生物ホムンクルスの作製って、そんなに大変なのね」

「あ、いえ、錬金生物ホムンクルスを作るだけならそこまでじゃない……と思います。ただ、できるだけ多く魔力をつぎ込んだ方が良いと書いてあったので――」

「あるだけ全部、つぎ込んじゃった、と?」

「そーゆーことです」

 私が『うむ』と頷くと、三人からやや呆れたような視線が。

 でも“多い方が良い”と書いてあったら、限界までやるよね?

 試すよね?

 錬金術師なら!

 むしろ気絶しなかっただけ、節制したほうじゃない?

「……まぁ、サラサさんですしね」

「そうだな。錬金術に関しては、言うだけ無駄か」

「そうね。ご飯、食べましょ」

 揃ってため息をつき、食事を始めた三人に、少々釈然としないものを感じる。

 でも、あえて何も言わず私も食事を……あ、美味しい。

 さすがロレアちゃん。

「お二人は今日、遠征の準備をしていたんですよね?」

「そうだな。といっても、必要なのは保存食の注文ぐらいだが」

 そう言ったアイリスさんに、ロレアちゃんがニコリと微笑む。

「いつもご利用ありがとうございます」

「はは、この村で注文できるのは、あそこだけだからな。手ごろな価格で提供してくれて、むしろ助かっているぐらいだ」

「ホントよね。お店なんてあそこしかないんだから、もっと高くても良さそうなのに」

「あ、それは私も思ったかな。サウス・ストラグとこの村の距離を考えたら、結構ギリギリに近くない?」

 私もお店を経営するようになって、以前よりも商売に詳しくなった。

 そんな私から見ても、ダルナさんの雑貨屋さんの商品価格はかなり安い。

 もちろん、サウス・ストラグでの販売価格に比べれば高いんだけど、ダルナさんが扱うのは基本的に出来上がっている製品。この村の規模から考えられる仕入れ量では、仕入れ値の方も一般の小売りとほとんど変わらないだろう。

 私のように原材料を仕入れて製品にするのと違い、利幅は非常に薄く、運搬コストとその道中のリスク、不良在庫のコストなどを加味すると、一朝事あらば潰れかねないんじゃないだろうか?

「そうですね、はっきりとは言いませんが、楽ではないみたいですね。ただ、あまり高くすると村の人では買えなくなりますし、採集者の方も村に居着かなくなってしまいますから……」

 一種、村に対する貢献、みたいなものらしい。

 ただし、そのあたりは村長さんも考えているようで(もしかしたら、考えたのはエリンさんかも?)、村で生産される農作物の売買はダルナさんがすべて扱い、それによる利益で何とかなっている部分も大きいとか。

「小さい村だからこその助け合い、か」

「自由競争だけじゃ、上手くいかないわよねぇ、やっぱり」

「錬金術師も、そういうところはありますしね」

 利益はなくても、滅多に使わない錬成薬ポーションを確保しておいたり、不良在庫になりそうな素材でも、持ち込まれれば買い取ったり。

 それによって採集者という仕組みを支え、万が一の時に備える。

 だからこそ、ルールを無視するような商人の存在は困るのだ。

 その被害を最初に受けるのは、力のない人なのだから。

 あ、ちなみにこのへんのルールについては、学校で教えてもらえます。

 錬成具アーティファクトなどの販売価格みたいな半強制のルールじゃないけど、破ったら他の錬金術師から睨まれるので、普通は守る。

 昔は『暗黙』だったり、『師匠から弟子に』だったりしたみたいだけど、どこぞの偉い人が『曖昧なのは気に入らない。きっちり教えておけ』と言ったとか、言わないとか。

 誰かは知らないけれど、解りやすいのは良いよね?

「あ、そういえば、店長殿。厚かましいお願いではあるが、前回使ったフローティング・テント、借りることはできるだろうか?」

「構いませんよ。私は使う予定がないですし、売るわけにもいきませんからね」

 むしろ、当然持っていくと思っていた。

 普段、泊まりの仕事などしないアイリスさんたちは、フローティング・テントはもちろん、普通のテントすら持っていない。

 持っていかなければ、毛布にくるまって地面で寝ることになっちゃうもの。

 数日程度ならともかく、長期の調査でそんな状況じゃ、体調を崩すこと請け合い。

 二人が遠慮するようなら、強引にでも持たせただろう。

「助かるわ。あのテントの有用性は、前回、本当に実感したから。下手したら安宿に泊まるよりも快適よね」

「温度管理、虫除けまで付いているからなぁ。しかも今回は、保存食の種類も増えていたし……あれって、店長殿の功績だよな?」

「あれですか。錬成具アーティファクトを供給したのは私ですが、むしろ功績はエリンさんにある、というべきでしょうね」

 アイリスさんにそう答えつつ、私は数週間ほど前の事を思い出していた。

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