007 護衛に向けて (2)

「ははは……。それじゃ、三人にお願いします。これであと必要なのは、お豆と少しのお塩、それに錆びた釘とか、簡単に手に入る物なので、すぐに作製には入れます」

「お豆? お塩? 何というか……変な物を使うんですね? ちょっと料理みたいで」

「うーん、案外、こんな感じだよ? 錬金術って。台所から失敬するだけで、普段使っている植物の葉っぱや鉱石の欠片などと大して違わないよね?」

「そう言われれば、そうなんでしょうが……」

 私の説明に、納得しつつも微妙な表情を崩さないロレアちゃん。

 台所に普通にある物だからそう感じるんだろうけど、錬成薬ポーションの材料なんかは、案外、普通に食べられる物も多い。

 というか、美味しいかどうかは別にして、病気や怪我に使う錬成薬ポーションの大半は服用可能なので、食べられない物は入れない。

「ほら、この前の腐果蜂の蜂蜜だって錬金術に使う素材だけど、無毒化処理して普通に食べたりするし?」

「「うっ」」

 ポロリと漏らした私の言葉に、あのときの醜態を思い出したのか、アイリスさんとケイトさんが、揃って顔を顰める。

 そういえばあの蜂蜜、買い取るだけ買い取って、倉庫に仕舞ったままだ。

 使い道が多い素材だけに、売ってしまうのは勿体ないと思って。

「て、店長殿、あのことは忘れてもらえると……。私、これでも一応、嫁入り前の女なので……」

「忘れた方が良いですか? あの蜂蜜、美味しいんですけど」

 腐ったりはしないから、しばらく忘れていても全然問題はないんだけど、まさかそのまま本当に忘れてしまうわけにはいかない。

 錬成の素材として使う分は当然取っておくとして、残りを売ってしまうか、それとも自分たちで食べるかは決めないといけない。

 美味しい物だけにちょっと残念だけど、アイリスさんたちが嫌な思いをするのなら、ウチの食卓には上らせず、売ってしまう方が良いのかも。

「私としては、半分ぐらいは食べようかな、と思っていたんですが……」

「そ、そう言われると……悩むな」

「凄く美味しかったものねぇ、あの蜂蜜。――その後は地獄だったけど」

 味を思い出したのか、少しうっとりしたような表情を浮かべたケイトさんだったが、その表情はすぐにどんよりと沈む。

「サ、サラサさん、その蜂蜜って、やっぱり高いんですか?」

「そうだね。普通の蜂蜜と比べると、かなり高いね。食用にもなるけど、錬金術の素材としても使われる物だし」

 蜂蜜ですら高級品だった私には、手の届かなかった高嶺の花。

 ……まぁ、師匠の所にお呼ばれすると、普通にテーブルに載っていたけどね。

 私が味を知っているのもそのおかげ。

「腐果蜂の蜜蝋と蜂蜜を使って、マリアさんがカヌレっていうお菓子を作ってくれたんだけど、あれも美味しかったなぁ。表面はサックリ、中はしっとり、甘くて……」

「ゴクリ……。そんなに美味しいんですか?」

「うん。腐果蜂の蜂蜜はそのままでも凄く美味しいけど、少し酒精が入っているから、気になる人は気になると思うんだ。でも、一度焼くことでそれがほどよく飛んで、良い風味になるんだよ」

 マリアさんの腕が卓越しているとしても、あれだけ美味しかったのは、腐果蜂の蜂蜜を使ったからこそだと思う。

 正直、あれほど美味しいお菓子は、生まれて初めて食べた。

 でも、それも当然。

 蜂蜜のお値段を考えれば、あのカヌレは超高級菓子。

 今の私ならまだしも、あの頃の私には絶対に手が出ない価格になる。

 今はその蜂蜜が手元にあるわけで……貰った本にあれのレシピは載ってるかな?

 マリアさんほどの物を作るのは難しいにしても、載っていたら一度作ってみようか?

 型も必要だから、すぐに作れるわけじゃないけど、型は自分で作るなり、ジズドさんに発注するなり、方法はあるからね。

「あー、店長殿?」

 そんなことにロレアちゃんと話していると、アイリスさんがやや遠慮がちに声をかけてきた。

「何ですか、アイリスさん」

「あれは確かに苦い思い出だったが、私たちはそれを乗り越えていけると思うんだ。なぁ、ケイト?」

「ええ、そうね。むしろ、良い思い出で上書きして、消し去るべき。そう思ったりするんだけど、どうかしら?」

 つまり、カヌレを食べたいということですね。

 とても解りやすい表情の二人だったが、すぐに困ったように眉を下げる。

「あ、だが、資金的に厳しいようなら……」

「いえいえ、それは大丈夫ですよ。幸い、今は資金的にも余裕がありますから」

 サラマンダーの素材を売った代金は、ロッツェ家の借金を返しても十分に残ったし、ディラルさんから新館の利用料という形で返済もある。

 アデルバート様からの返済はまだだし、ヨク・バールの件で債権を買い取った錬金術師たちも、返済するだけの余裕はまだないみたいだけど、長期的に見ればそれらからの収入も見込めるわけで。

 少しぐらい、普段の食生活に彩りを添えても問題はないはず。

「ふふっ、解りました。では、やはり半分ほどはウチで食べるために取っておきましょう」

 私がそう言った途端、表情を輝かせる三人に、私もまた、笑みを漏らしたのだった。


    ◇    ◇    ◇


「さて。最初は錬金生物ホムンクルスの作製から」

 おおよその方針を決めたところで、私は早速、準備に取りかかった。

 今回作製する物の中で一番時間がかかるのは、やはり錬金生物ホムンクルス

 突貫作業でなんとかなる共鳴石やフローティング・テントに比べ、錬金生物ホムンクルスは培養時間を確保しないと、どうやっても完成しない。

「一応、今回作るサイズなら三日もあれば十分なはず、だけど……」

 初めて作る物だけに、少し不安。

 失敗したら、ダメージが大きいだけに。私のお財布的に。

「手順通りにやれば大丈夫、だよね?」

 もう一度、しっかりと錬金術大全を読み込み、錬金釜を用意する。

 今回使うのは、片手鍋サイズの錬金釜。

 これにサラマンダーの鱗、ヘル・フレイム・グリズリーの目玉、大きめの氷牙コウモリの牙を複数放り込み、魔晶石と水を少々。

 魔力を注ぎ込みながら数分ほどかき混ぜれば、最初はカチャカチャ、コロコロと転がっていた素材がだんだんと形を失い、赤くドロリとした液体へと変化する。

「ここまでは問題なし。更に素材を加えて……」

 棚に並ぶ素材をいくつか集め、重さを量っては鍋の中へ。

 それらがすべて溶けてしまうまで、再度しっかりとかき回し、台所から持ってきた豆や塩、錆びた釘を削った物なども加える。

 この時点では、豆入りのスープにしか見えないんだけど、臭いは微妙。

 決して美味しそうな色でも、臭いでもない。

「形が完全になくなるまで煮込む、と」

 普通、豆を煮込んだところで、煮崩れるぐらいでなくなったりはしないけど、そこは錬金釜。普通じゃない。

 しばらく根気よく混ぜ続ければ、赤く濁っていた液体がだんだんと透き通った色に変化し、豆の形も消えていく。

「全部消えたら、培養容器に移して、井戸水で薄める」

 培養容器は円筒形のガラス容器で、縦横共に三〇センチほど。

 その中に、薄められて桃色になった液体が満たされた。

「あとはこの中に、私の髪の毛と、三人の髪の毛を入れる、っと」

 パラリと落とせば、一瞬にしてシュワッと溶けてなくなる髪の毛。

 明らかに危険そうな液体だよね、これ。

 もちろん、手袋をつけて扱っているけど、ちょっと怖い。

「こぼれないようにしっかりと蓋をして、最後にひたすら魔力を込めるっ!」

 容器の側面に手を当て、残る魔力を注ぎ込む私。

 錬金術大全によると、このときに多くの魔力を注げば注ぐだけ、質の良い錬金生物ホムンクルスができあがるらしい。

 作業中にも魔力は消費していたので、万全ではないけれど、ここは私の無駄に多い魔力を活用すべき場面!

 ぐんぐんと魔力を注いでいけば、液体が淡い光を発し始める。

「えっと、この光の明るさの上限まで注げば良いんだよね?」

 多ければ良いとはいうものの、注いだ魔力を受け止められるかは使用した素材次第なようで、その限界は光の明るさによって判断できるらしい。

 つまり、魔力を注いでも光度が増加しなくなれば、そこが限界。

 それ以上は魔力の無駄遣い。

 ――なんだけど。

 なんか、どんどん明るくなるんですけど。

 これ、本当に大丈夫?

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