006 護衛に向けて (1)

「えぇ!? そ、そんなに危険な場所なんですか!?」

「ロレア、万が一だ、万が一。そもそも家を出て採集者になった時点で、どこかで横死する可能性は常に考えている。今私がここにいるのは、店長殿に出会えた幸運があったからに過ぎない」

 唇を震わせるロレアちゃんの肩に、アイリスさんが手を置き、ゆっくりと椅子に座らせれば、ケイトさんもその背中を優しく撫でる。

「そうね。普通ならあの時にアイリスは死んでいたわけだし。もっとも、家を出るときに別れを告げているから、最期の言葉を伝えられなくても問題はないんだけど」

「うむ。言葉が残せれば嬉しい、という程度だな」

「そ、そんな……」

 改めて採集者の危険性を認識したのか、ロレアちゃんの顔から少し血の気が引いている。

 そんなロレアちゃんの様子を見て、ケイトさんが空気を変えるように笑うと、肩をすくめた。

「ま、ね。それ以降も何度か家に帰ってるから、ちょーっと微妙なんだけどね。毎回、愁嘆場を演じるわけにもいかないし?」

「うむ。それをやった後、普通に『ただいま~』と帰っているわけだからな」

「それは……そうですよね」

 その場面を想像したのか、ロレアちゃんも少し笑みを漏らす。

「ロレアちゃん、そんなに心配しなくても、危険は少ないと思うよ? 本当に、万が一の備えだから。それに実際のところ、前回のサラマンダー討伐の方がよっぽど危険だったんだけど……」

「それは、そうなんでしょうが……サラサさんならあんまり心配ないかなって。あの大きなヘル・フレイム・グリズリーとか、凄くあっさり斃してましたし」

 あぁ、なるほど。

 ロレアちゃんはサラマンダーを直接見ていないから、実感が湧かなかったのか。

「店長殿の無双っぷりを見れば、ロレアの気持ちは理解できるな」

「サラマンダーとヘル・フレイム・グリズリー、比較にならないんですが……」

「一般人から見たら、どちらも強い。そんなものなんじゃない?」

「むむむ……そんなものですか。まぁ、良いです」

 あんまり話を続けてもロレアちゃんを不安にさせるだけだろうし、話を戻そう。

「本当に保険ですけど、助けが欲しいときには躊躇わずに共鳴石を使ってください。直接手は出せなくても、アドバイスだけならできるかもしれませんし」

「それって、錬金生物ホムンクルス? それを通してですよね。定期的に確認しないのは、やっぱり魔力の問題ですか?」

「そうだね。できなくもないけど、あそこまで離れると、錬金生物ホムンクルスと同調して、感覚を共有するのは大変だと思うから。お仕事にも魔力は必要だしね」

 私もまだ錬金生物ホムンクルスを作ったことはないから聞いた話だけど、数百メートルほど離れるだけでも、魔力消費はかなり多くなるらしい。

 錬金生物ホムンクルスを直接動かしたりせず、見るだけ、聞くだけならだいぶ節約できるみたいなので、今回はそれで凌ぐ予定。

 それでも普段のお仕事をしながら、アイリスさんたちの状態を何度も確認することは、魔力的に難しいだろう。

「もっとも、錬金生物ホムンクルスを作れないとそれらも画餅なんですけどね。本来は素材を集めるのにだいぶコストがかかるんですけど、幸いなことに今回は使えそうな物が揃っているので、この機会に試してみようかと」

 まず必要なのは、強力な魔力の込もった素材。

 これはサラマンダーの鱗と狂乱状態のヘル・フレイム・グリズリーの眼球で賄える。

 ちょっと属性が“火”に寄りすぎだけど、そこは氷牙コウモリの牙で調整が可能。

 それに今回行く場所に関しては、火属性の方が都合が良いので、ある程度の属性の偏りは許容できる。

 一番コストがかかるのはこれらの素材で、私レベルの錬金術師だと、気軽に買い集めることなんて不可能なんだけど……先を見越してきちんと取っておいた私の勝利、だね!

 あとの素材は比較的簡単に手に入る物ばかり。

「少し変わった物としては、私の髪の毛を使います」

 ちなみに、髪の毛の代わりに、血液とか、乙女的には手に入れづらいナニカとかを使う方法もある。

 特に後者を使うと、錬成の難易度が下がるんだけど、逆に入手難易度が爆上がりなので、当然私は検討もしていない。乙女なので。

 血液の方だと、錬成難易度が髪の毛とそんなに変わらないしね。

「他にも、もう一種類、髪の毛が欲しいんだけど……」

「サラサさん、私のでも良いですか? ちょっとぐらいなら切っても構いませんよ?」

「ありがと。数本もあれば十分だから、髪を梳かしたときに抜けた物をもらえれば」

「そうなんですか。なら、何も問題ありませんね。……でも、私とサラサさんの髪の毛を使って生まれる生き物ですか」

「まぁ、そうなるね。どうしたの?」

「なんだか、二人の子供みたいですね?」

 少し悪戯っぽく笑って、そんなことを言うロレアちゃん。

 それに反応したのは、アイリスさんだった。

「なぬ? それはいかん。店長殿、私の髪を提供しよう!」

 そう言いながら、私とロレアちゃんの間に、割り込むように頭を突き出してきたアイリスさんを見て、ケイトさんがため息をつく。

「アイリス……そんな小さな事にこだわらなくても」

「いや、ケイト。蟻の一穴だぞ? 油断はいかん」

「油断って……ロレアちゃんは、別にライバルってわけじゃないでしょうに。ねぇ?」

「えぇ、そうです……ね?」

 頷きつつ、ちょっと首を傾げるロレアちゃんを見て、アイリスさんが目を見開いた。

「危険だ! 危険だぞ、ケイト! ロッツェ家のためにも、正妻の座を譲るわけには!」

「えぇ!? まさか、本当に?」

「あ、いえ、別に私がサラサさんと結婚したいというわけじゃなくて、サラサさんが結婚してお店をやめてしまったら、困るかなって。私のお仕事が」

 慌てたようにプルプルと首を振り、そう説明したロレアちゃんに、ケイトさんは納得したように頷く。

「そっか。結構、人生に関わる問題よね、錬金術師のお店で働けるか否かは」

「なるほど、そっちか。給料、違うものな。特にこんな小さな村では。大丈夫だぞ、ロレア。ウチの陪臣は優秀だ。店長殿が領主の仕事をせずとも、問題はない」

「えぇ、そうね。むしろ、錬金術師として頑張ってもらった方がありがたいわよね」

「そうですか。なら、私の将来も安泰ですね」

「うむ。店長殿の配偶者になれば、更に安泰だぞ?」

 ホッと息をつくロレアちゃんに、アイリスさんがニコリと笑って肩に手を置く。

 ……あれ?

 この前の花嫁云々のお話は、ロレアちゃんの頑張りで棚上げにされたはずじゃ?

 何だかこのまま放置してると、防波堤のはずだったロレアちゃんが、取り込まれてしまいそうですよ?

 私は慌てて軌道修正に走った。

「あ、あの! 髪の毛は、私とロレアちゃんの物で、良いんですよね?」

「ん? あぁ、その話だったな。ちなみに店長殿。髪の毛って何のために入れるのだ?」

「えっとですね。錬金生物ホムンクルスも普段は自立的に活動するんですが、そのときの性格というか、行動指針というか、そのあたりに影響すると言われています」

 落ち着きがない人の髪の毛なら作製した錬金生物ホムンクルスも落ち着きがなく、おとなしくてあまり活動的でない人なら、錬金生物ホムンクルスもまた同様に。

 外見にも影響を与えるという説もあるけど、基本的な外見設定は術者のイメージに依って行われるし、今回私が作るのは人型ではないので、ほぼ関係ないはず。

「――複数の人の髪を入れると?」

「その場合は、平均的になるはずです。特徴がないとも言えますが、逆に言えば尖ったところがなくて、安心かもしれませんね」

「なら話は決まり。全員の髪を入れましょ。アイリスだけにして、無鉄砲な行動をする錬金生物ホムンクルスができたら困るし」

「酷いな!? 私、そんなに無鉄砲か?」

「騎士爵家の継嗣なのに、命の危険がある採集者になろうとするぐらいには、ね?」

「うぐっ!」

 ニコリと笑うケイトさんに、アイリスさんが言葉を詰まらせる。

 でも、納得である。

 いくら小さな貴族家とはいえ、跡継ぎが家を出て、危険な仕事に就くようなことなど、普通は許可しない。

 それを許してしまうアデルバート様もアデルバート様だと思うけどね。

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