005 研究者の来訪 (4)

「五日、でしょうか。それぐらいを見ていただければ」

 少し思うところがあり、余裕のある期間を提示してみれば、ノルドさんは今度もすぐに頷いた。

「それぐらい? なら問題ないかな。早く調査に行きたい気持ちはあるけど」

「いいんですか?」

「うん。実はボク、大樹海に来るのは初めてなんだ。準備が終わるまでは、この村の近くを歩いてみるよ。次の研究テーマが見つかるかもしれないからね!」

 さすが研究者、貪欲である。

 だからこそ、成功している部分もあるんだろうけど。

「それじゃ、基本的にボクは宿にいると思うから、何かあったら呼びに来て。あ、新しい方の宿屋ね。良い宿だよね、あそこ。こんな田舎村に不釣り合いなほど」

 なかなかに失礼なことをズバッと言うノルドさんに、私たちは揃って苦笑する。

「ははは……新築したばかりですからね、あそこは」

「タイミングが良かったな。もう少し前だったら地獄だったぞ?」

「もしくは、野宿で我慢するか、よね」

「野宿は勘弁して欲しいなぁ。調査のためならまったく苦にならないけど、ボクも人里にいる時ぐらいは、ゆっくり休みたいからね」

 なんやかんやで、氷牙コウモリの牙バブルが終焉を迎えた結果、この村に滞在する採集者の数は減っている。

 でも、予想外にというべきか、村を離れた採集者の数はさほど多くなかった。

 おかげで宿の新館の稼働率も十分に高く、ディラルさんからの返済は、滞ることもなく行われている。

 アンドレさん曰く、『元々、採集者が拠点とするには良い場所だったことに加え、信頼できる錬金術師のお店ができたと認知されたことが大きい』らしい。

 しっかり稼げて、居住環境に問題がなければ、村に残ることを選択するのも必然、ってことなのかな?

 難点は娯楽が少ないことらしいけど、そのへんは私にはどうしようもないね。

 まさか、歓楽街を作るわけにもいかないから、適宜、サウス・ストラグに遊びに行ってください、ってことで。

 村にそんな物ができたら、ロレアちゃんの教育にも良くないしね?


    ◇    ◇    ◇


「さて、護衛のお仕事を請けたわけだけど……大丈夫よね? 店長さん」

「はい、大丈夫だと思いますよ、普通なら」

 宿へと戻るノルドさんを見送った私たちは、改めて店舗スペースに集まり、ロレアちゃんも一緒に話し合っていた。

 訊いてみればアイリスさんたち、これまでに護衛の仕事なんて受けたことはないらしい。

 でも、それも当然。

 多くの商人が使う護衛は、専属で雇っている護衛や傭兵など。

 普通の街道を行くのであれば、あえて採集者に護衛を依頼する必要なんてないし、もし依頼するのであれば、大樹海のような、採集者ぐらいしか足を踏み入れない場所に行く時ぐらい。

 そして普通の人は、そんなところに用事なんてない。

 つまり、採集者が人の護衛をすることなんて、ほとんどないのだ。

 あえて言うなら、錬金術師養成学校の実習、その護衛に付いてくれたのが採集者だったけど、そんな仕事を請けるのは、王都周辺で活動しているごく一部の採集者だけだからね。

「普通なら? サラサさん、何か問題があるんですか?」

「だって、相手は研究者へんじんだよ? 警戒は必要です」

 森を通り抜けたいから、とかいう理由の護衛なら、心配はない。

 サラマンダーの棲み処を一度見てみたい、とかいう金持ちの道楽なら、少し心配だけど、まだマシ。多少のわがままは言っても、安全を優先するだろうから。

 だけど相手は研究者。

 研究のためなら自身の身の安全すら二の次になりかねない人種。

 場合によっては、素人よりもどう動くか読めない。

 それが研究者である。

研究者へんじんって……ある意味、錬金術師も同類と言えるんじゃないの?」

「だからこそ、ですよ。研究のために何をするか予想もつかない。それが研究者です」

 単純にサラマンダーの棲み処まで往復するだけなら危険性は低い。

 でもそこに、研究者という変数が加わると、どうなるか。

 程度の差はあれ、危険性がアップすることは間違いない。

 そう主張する私に、アイリスさんたちは顔を見合わせ、戸惑ったように口を開く。

「いや、さすがにそれは偏見じゃ……」

「そんなことありません。“成果”を出しているあたり、かなり怪しいですね。他人と同じことをしていたら、認められるはずないですもん」

「では、やはり断った方が良かったのだろうか……?」

「いえ、本当に危ないと思っていたら、私も止めてますよ。保険も用意しますから危険はない、とはいえませんが、危険な状況になっても切り抜けられる、かもしれません」

「保険? もしかして、店長さんも一緒に?」

「それはさすがに無理ですよ。お店もありますから」

 期待するように訊ねるケイトさんに、私は首を振る。

 前回のような緊急事態ならともかく、アイリスさんたちも採集者。

 ある程度は自己責任で頑張ってもらわないと。

「その代わり、錬金術師的なアイテムを用意しようと思っています」

「おおっ! もしかして、凄い錬成具アーティファクトとか!?」

 期待するように身を乗り出したアイリスさんに、私は唇に人差し指を当てて少し考え、こくりと頷く。

錬成具アーティファクトといえば、錬成具アーティファクトですかね。ちょっと特殊ですけど。錬金生物ホムンクルスって知っていますか?」

「名前だけは。詳しいことは知らないな」

「私は初めて聞きます。サラサさん、それって何なんですか?」

「いくつか種類はあるけど、今回作るのは――簡単に言うと、使い魔みたいなものかな? 無制限ではないですが、私と感覚の共有ができるので、アイリスさんたちの状況をここからでも知ることができます」

「そんなことができるの? なら、共音箱みたいな錬成具アーティファクトとか必要ないんじゃ……?」

「単に話すだけなら、共音箱の方がよっぽど使い勝手が良いんですよ。……あれだけ使い勝手が悪そうに見えても」

 まず単純に、共音箱で音が届けられる範囲と、錬金生物ホムンクルスと感覚の共有ができる範囲、同じ魔力を消費するのなら、前者の方が圧倒的に広い。

 魔力消費が多くて扱いづらいといわれる、共音箱ですら。

 その上、錬金生物ホムンクルスは作製者が直接、定期的に魔力を供給しなければ、崩壊してしまう。

 その期間を延ばす方法はあるけど、必要コストを考えれば、遠方にずっと置いておくなんてことは非現実的。

 基本的に、錬金術師の傍からあまり離すようなモノではないのだ。

「それに、作るのも結構大変ですからね、錬金生物ホムンクルスは」

 テントの作製時間をやや長めに取ったのは、そのため。

 カワックを使用して、ロレアちゃんたちの手も借りれば、テント作製の実作業時間は、たぶん……一日ぐらいかな?

 待ち時間が結構あるから、日数的には三日ぐらいだけど、その待ち時間も利用すれば、錬金生物ホムンクルスを作る時間は十分に確保できる予定。

「あと、錬金生物ホムンクルスに加えてもう一つ。“共鳴石”も作る予定です」

 これは二つ一組で作る錬成具アーティファクトで、片方の石を割ると、もう一つの石も割れて音が響くというアイテム。

 使い捨てで、共音箱のように会話をすることはできないが、魔力を持たなくても使える上に、かなり遠くまでその効果が及ぶ。

 どのくらいの距離まで『共鳴』するかは、これまた作製者の腕と込める魔力次第だけど、今回アイリスさんたちが行く場所ぐらいの距離なら、私が作る物でも問題なく使えるはずだ。

「つまり、何か問題があれば、その石を壊せば良いのか?」

「はい。そうすれば、私が錬金生物ホムンクルスで状況を確認します。手助けができるかは……状況次第ですが」

「それはそうだろうな。……店長殿。万が一の際、仮に助けられずとも、気に病む必要はまったくないからな? お父様たちに最期の言葉を伝えてもらえるだけでも、私は十分にありがたい」

 少し真剣な表情になって口にしたアイリスさんの言葉に、ロレアちゃんはびっくりしたように、ガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。

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