003 研究者の来訪 (2)

「サラマンダー、ですか」

「うん。あるよね? この近くに。生息地が」

「……ありますが、すでにいませんよ? 斃して素材にしてしまいましたから」

 素材を流した以上、そのことを知られるのは必然だとは思うけど、逆に言えばすでに斃していることも判るはず。生態の調査なんて、できるわけがない。

 それとも、素材を譲ってくれという話?

 訝しげに眉をひそめた私に、ノルドさんはパタパタと手を振る。

「あ、それは大丈夫。他の生息地で、すでにある程度の調査は終わっているからね。補完的に、サラマンダーが生息していた洞窟の調査がやりたいんだ」

「そうなんですか? であれば、そこで研究を続ければ良かったと思うんですが……」

 どこから来たのかは知らないけど、わざわざこんな田舎までやってくる意味が解らない。

 言外にそのことを匂わせた私に、ノルドさんはばつが悪そうに笑みを浮かべ、頭を掻いた。

「いや、それが護衛を頼んでいた人たちが負傷してね。代わりの護衛も探したんだけど、その周辺だと、引き受けてくれる人がいなかったんだよ」

「そ、それは……」

 何か問題があったってことじゃ?

 護衛の依頼は本来の採集者の仕事じゃないとはいえ、仕事として魅力的なら、引き受けてくれる人はいるはずだし。

 私の脳裏に、レオノーラさんからの手紙に書かれていた『無茶を言われても聞く必要はない』という言葉がぎる。

「あぁ、いや、ボクはきちんと報酬を払ってたし、無茶なことを言ったりはしてないよ? でも、ほら、サラマンダーのいる場所に行くためには、装備とか必要だから、普通じゃ無理だろう? さすがにボクも、装備品すべてを負担できるほど、お金持ちじゃないから」

「それは……そうですね」

 私たちが討伐に向かったときのように、熱から身を守る錬成具アーティファクトがなければ、近付くことすらできないのがサラマンダーの生息地。

 多少割が良い程度の日当では、それらの錬成具アーティファクトを新たに揃えることは難しい。

「それに、生息場所をしっかりと調査するという意味では、サラマンダーはいない方が都合が良いんだよ。けど、簡単に斃せる相手でもないだろう?」

「それで私の所に来たということですか。ここならすでにサラマンダーは斃されているし、サラマンダーを斃した私なら、すでに必要な装備は持っていると」

「そう。といっても、錬金術師であるサラサ君を連れ出すのが難しいのは解ってる。だから、協力者を紹介してもらえないかな、と。いるんだよね? 協力してくれた採集者が」

「一応、いますが……」

 サラマンダーの討伐方法やその経緯について、詳しい内容をレオノーラさんに話したことはないけれど、常識的に考えて、サラマンダーの討伐を一人でやるはずもない。

 誰か協力者がいると考えるのが必然であり、それがこの村の採集者であると予測するのもまた必然。

 実際、直接サラマンダーと対峙したアイリスさんたちはここにいるわけだし、その予測は間違っていない。

「解りました。面談の段取りだけは承ります。ですが、護衛の依頼を請けるかどうかは、本人たち次第、私は特に口添えはしませんが、よろしいですね?」

 サラマンダーがいなくとも、あの辺りは決して容易いと言える場所ではなく、正直なところ、あまりアイリスさんたちに行って欲しい場所ではない。

 溶岩トカゲはともかく、確率は低いながら、ヘル・フレイム・グリズリーの群れが戻ってきているかもしれないわけで。

 でも、ここで拒否したとしても、アイリスさんたちのことは調べれば判ること。

 それならば、私も一緒に話を聞いた方がマシである。

「もちろん構わないよ。そのあたりの交渉をするのは、研究者として当然のことだからね」

 笑顔で自信ありげに頷くノルドさんに、私は少し不安を覚えたのだった。


    ◇    ◇    ◇


 ノルドさんが帰った後、共音箱でレオノーラさんに確認を取ってみれば、彼が持ってきた紹介状は確かに本物で間違いなかった。

 レオノーラさんからは、重ねて『無理のない範囲で良いから協力をお願い』と頼まれ、同時に『研究のことになると、周りが見えなくなるヤツだから、無理なことを言われれば、はっきり断って良いし、おかしなことをしたら、力尽くで制裁しても構わない』との言葉も頂いた。

 これで一安心――できないよね!

 不安材料が補強され、どう考えても厄介事の香りしかしない。

 レオノーラさんに言われるまでもなく、そんな雰囲気のある人だったけど、許可されたところで、『制裁』とか、どう対応すれば良いのか……。

 そんな風に悩みつつ、明けて翌日。

 私はアイリスさん、ケイトさんと共に、最近ウチのお店に新設された応接室で、ノルドさんがやってくるのを待っていた。

 新設といっても、お店を建て増ししたわけじゃなく、店舗スペースの裏にあった倉庫を応接間に改造し、店舗から直接入れる扉を付けただけ。

 先日、アデルバート様たちが訪れたとき、応対する部屋がなかったことで、奥のダイニングに招くことになり、さすがにこれはマズいと気付いたのだ。

 アデルバート様たちや師匠は身内だからまだ良いけど、例えば今回のノルドさんみたいなお客さんを、私たちの生活空間であるダイニングに入れるのは、さすがに躊躇するものがある。

 これまでは、ちょっとした商談なら、カウンター越しでの応対。

 少し長くなるなら、店舗スペースに置かれたテーブルセット(大半は、私たちのティータイムに使われる)で対応できていた。

 でも、そこでは他人に聞かれたくない話などはできない。

 それ故作った応接室。

 実際に使うのは、今日が初めてである。

「しかし、魔物の生態か。そんな研究をしている人がいたんだな」

「私も初めて聞くわ。店長さん、どんな人だったの?」

「そうですね……ある意味、典型的な研究者、でしょうか」

 研究第一で、それには人一倍の情熱を傾けるけど、それ以外のことには頓着しないタイプ。

 それ故、髪や服装も適当だったし、野暮ったい格好でも気にしない。

 錬金術師養成学校にも、一定数はああいうタイプの教授・講師がいた。

 学校だったから、さすがに不潔な人はいなかったけど。

 ……ん? 人のこと言えない?

 いやいや、さすがの私も、外に出るときにはそれなりに気をつけていた――つもりだから。

 もっとも、細かいコーディネートなんて考えず、先輩に選んでもらった一式を、上下含めてそのまま着ることがほとんどだったけど。

 上手く組み合わせを変えられるほど、服もセンスも持ってなかったからね!

「レオノーラさんの紹介ですから、そこまでおかしな人ではないと思いますが……」

 でも、レオノーラさんの話からすれば、どう考えても一筋縄でいく人とも思えないんだよねぇ……。


 少し不安になりつつ待つこと暫し。

 私たち三人は、再び訪ねてきたノルドさんと対面していた。

 昨日は宿に泊まったはずだけど、格好に変化なし。

 ボサボサの髪もそのままで、長旅をしてきたから、昨日はたまたま草臥れていたというわけでもないらしい。

 でも、不潔という感じじゃないから、同じ服を複数持ってるのかも?

「初めまして。ノルドラッド・エヴァンスだ。ノルドと呼んでほしい。サラサ君、こちらの二人が、サラマンダーの討伐に参加した人かな?」

「はい。助けてもらいました」

「アイリスだ。言っておくが私たちは、ほぼ店長殿について行っただけだぞ? 間違っても、サラマンダーに対抗できる、などと期待されても困る」

「ケイトです。ほとんど、ついて行っただけよね? 私たち」

 戦力的に、過剰な期待をされても困るからか、予防線を張る二人に、ノルドさんは問題ないと首を振った。

「もちろん、君たちにサラマンダーと戦ってくれ、なんて言うつもりはないさ。それに、僅かな怪我すらしないように完璧にエスコートしてくれ、なんて言うつもりもない。ボクも筋肉を鍛えてるからね。道中に出てくる魔物にすら勝てないようじゃ困るけど、さすがにそれは大丈夫なんだろ?」

「群れで襲われたりしなければ大丈夫だと思うが……護衛は必要なのか? かなり鍛えられているように見えるが……」

「お、判るかい?」

 アイリスさんの指摘に、ノルドさんは嬉しそうに笑うと、両手を合わせて「ふんっ!」と力を込めた。

 ムキッと盛り上がった筋肉はなかなかに見事。

 でも暑苦しいから止めて欲しい。

 私、別に筋肉フェチじゃないので。

 そんな私の願いが届いたのか、それとも常識を思い出したのか、ノルドさんはすぐに力を緩めて首を振る。

「でも、逃げ足にも、耐久力にも自信はあるけど、戦闘技術は別だよ。それに周囲を警戒しながら細かい調査なんて、できないからね」

「なるほど。道理ではあるな」

 調査の方に集中していれば、周囲への注意はどうしても散漫になる。

 逃げられる足を持っていても、攻撃される瞬間まで気付かないのでは何の意味もない。

 それを考えれば、近くで警戒してくれる人がいるだけでも、安心感は違うだろう。

「ふむ。となると、請けるかどうかは報酬次第になるが」

「そうだね、そこまで多くは出せないんだけど、二人だから……」

 アイリスさんの問いかけに、ノルドさんは顎に手を当てて、少し考え込む。

 サラマンダーの調査だけで、その素材が得られるわけでもなし。

 研究なんてそんなに利益がでるものじゃないから、予算的にはなかなか大変そうだけど……。

「村を出て帰ってくるまで、一日一人当たり金貨二〇枚でどう?」

うけたまわった!」

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