026 山を目指して (2)
やや急ぎ足で目的地へと向かった私たちは、数日後、前回よりも少し短い時間で、溶岩トカゲが生息している辺りに到達していた。
さほど時間が経っていない事もあってか、周囲の様子に変化は無く、ヘル・フレイム・グリズリーが戻ってきている様子も無い。
ただ溶岩トカゲだけが、のったり、のったりと動いている。
前回との違いを多少なりとも挙げるとするなら――。
「この辺りは、かなり蒸し暑いな」
「地面自体が熱を持っていますし、今日も暑いですからね」
今は夏真っ盛り。
気温自体が前回よりも高い事に加え、この辺りは地面からの熱と、所々で吹き出している水蒸気や温水の影響で湿度も高い。
私たちにとっては厳しい環境でも、溶岩トカゲやサラマンダーは暑い方が快適で、活動的なのだ。
はっきり言って、夏場に来るような場所じゃない。
逆に、冬場なら温かく採集が行えそうだけど、ロッツェ家のお財布は冬を待つほどの余裕が無いわけで……。如何ともしがたい。
「この帽子があるおかげで、かなり楽ですけど、足下からジワジワきますね」
「無ければもっとか。サラサ殿のおかげであるな」
「いえいえ。それらはちゃんと、アイリスさんたちが買った物ですから」
お二人が被っている帽子は、それぞれアイリスさんとケイトさんが普段使っている物。
それ故にカテリーナさんはともかく、アデルバート様の方はちょっと合っていないんだけど、私が『新しい物を貸しましょうか?』と尋ねても『それは申し訳ない』と固辞された。
まぁ、デザインの問題で、実用上は問題ないしね。
対して、私、アイリスさん、ケイトさんの三人は、すでにサラマンダー対策装備を身に着けている。
つまり、ブーツにグローブ、それにコート。
見た目的にはすごく暑そうだけど、防熱効果は当然として、冷却効果も備えている関係上、かなり快適。
コートもフード付きなので、こんな場所でも汗すらかいていない。
だが、冷却帽子しか無いアデルバート様たちは、上からの日差しと熱は防げても、足下から立ち上ってくる熱に関しては効果が無く、今もかなりの暑さを感じている事だろう。
「それで、店長さん。サラマンダーがどこにいるのかは、判るのかしら?」
「今のところ、大まかな方向だけですね。――いくつかの予測は立てていますが」
今回、ここに来るにあたり、私はこの火山の情報について、より詳細に調査していた。
――いや、『調査した』と言うのは、ちょっと烏滸がましかったね。
村を離れられない私は、師匠とレオノーラさんに『情報ありませんか?』と聞いただけだったし。
結果、師匠からはこの辺りの地形を記した地図が送られてきた。予想外なことに。
どうやって手に入れたのか、かなり不思議だけど、それのおかげでサラマンダーが潜んでいそうな場所に目星が付いたので、非常に助かったことは間違いない。
レオノーラさんの方は、さすがにそんな都合の良い情報はなく、その代わりとばかりに『頑張ってね!』というメッセージと共に、ダルナさん経由でサラマンダーの討伐に役立つ
一応、それに頼らずとも斃せる予定なんだけど、持っていて損はないので、当然持ってきている。
上手く斃すことができたなら、多少素材を融通しないといけないだろう。
「つまり今向かっているのは、その目星を付けた場所なのだな?」
「はい。ただ、目標地点はいずれも火口近くなので、厳しいと思われたら、アデルバート様たちは無理をされないでくださいね?」
この場所でも暑いのだ。これから更に山を登っていけば、火の魔力はますます強くなり、気温も上昇していくだろう。
きっと、『暑い』が『熱い』になるのも時間の問題。
その事を思っての忠告だったんだけど、アデルバート様は問題ないと首を振る。
「なに、多少年は食ったが、毎日の鍛錬は欠かしておらぬ。心配は無用だ」
う~ん、鍛錬でどうにかなるものじゃないと思うんだけど……。
アイリスさんがちょっと頑固なところがあるのは、父親譲りか。
カテリーナさんに視線を向ければ、苦笑して微かに首を振っているので、本当に危なくなれば、きっと彼女が止めてくれるに違いない……よね?
◇ ◇ ◇
気温の事を除けば、私たちの登山は順調だった。
時々見かける溶岩トカゲは、こちらが手を出さなければ襲っては来ないし、この地温で生息可能な生物はかなり限られる。
カテリーナさんは、ケイトさんが溶岩トカゲを弓で仕留めた事、そしてその皮の価値を聞いて斃したそうにしたけれど、そこはケイトさんたちが頑張って止めていた。
斃したところで、その素材を持ってサラマンダー狩りもない。
アイリスさんの『帰りに余裕があれば狩ろう』という言葉で納得していたから、本当に余裕があれば狩る事になるだろうけど……その『余裕がある』時って、サラマンダー狩りに失敗した時なんだよね。
上手くサラマンダーを斃すことができれば、私たちの手はサラマンダーの素材で埋まっているはずで。溶岩トカゲを持ち帰る余裕なんてあるはずもない。
一応準備はしてきたけど、サラマンダーだけでも全て持ち帰られるか不安なんだから。
ちなみに、完璧に失敗した時は、余裕以前に私が生きていないので、考えるだけ無駄である。
「店長殿、そろそろ深刻に暑くなってきたように思うのだが……目的地はまだだろうか?」
そう尋ねたアイリスさんの真意は、アデルバート様の体調だろう。
周囲の気温はかなりの温度に達しているが、対サラマンダー装備を身に着けている私たちは暑さを感じていない。
対してアデルバート様は、少し前からほとんどしゃべらなくなってしまっている。
カテリーナさんも辛そうだけど、アデルバート様ほどではなく、止めるべきかどうか、悩んでいる様子。
さすがにこれ以上は、命に関わる。
一応、短時間であれば熱対策が可能な、使い捨て
「もうそろそろ見えてくると思いますが、アデルバート様とカテリーナさんは戻って、野営の準備などをしておいてもらえますか? さすがに地面が熱い場所では寝られませんし」
戦いの後、そのまま帰路につくのはまず不可能。
一日ぐらいは休んでから帰るにしても、フローティング・テントを使ったところで、せめて地面が熱くない場所でなければ休まらない。
テントに付けた空調機能も、さすがにここまで熱い場所には対応していないのだ。
「……うむ、そうだな。意地を張る意味も無いか」
私が仕事を頼んだ事で吹っ切れたのか、アデルバート様は顔を上げて軽くため息をつき、アイリスさんの顔をしっかりと見つめた。
「アイリス、儂は引き返すが、気を引き締めてサラサ殿を守れよ!」
強く肩を叩くアデルバート様に、アイリスさんもまた力強く頷き返事をした。
「はい! お任せください、お父様!」
そんな二人を見て、カテリーナさんもケイトさんに向き直り、少しだけ心配そうな表情を混ぜた笑顔で、ケイトさんを激励する。
「ケイトちゃんも、無理しすぎず、頑張りなさい」
「解ってるわ、ママ。期待してて」
◇ ◇ ◇
「この洞窟が、一番近い場所です。……が、残念ながら、ここではないようですね」
私が師匠からもらった地図とアドバイスを参考に目星をつけたのは、三カ所の洞窟。
サラマンダーが、デデンと地表に陣取っているのなら、魔法での感知を参考に進めば良いだけなんだけど、残念ながらサラマンダーはそこまで単純では無い。
一般的なサラマンダーの生息地は、このような場所にある洞窟の底、火口の傍、そして場合によっては、溶岩が流れる川など。
魔法で感知した方向に進んだところで、辿り着けるとは限らないのだ。
地面をまっすぐに掘り進める事ができるなら別だろうけど、そんな事、不可能だしね。
「むぅ、そうか。上手くいかないな」
「アイリス、まだ一カ所目が違っただけでしょ。それで上手くいかないって言うのは贅沢じゃない?」
「だが、ケイト。運搬の事を考えるとな……」
渋い顔を浮かべるアイリスさんの言うとおり、山の中を長距離、しかも暑さを我慢して荷物を運ぶというのはなかなかに厳しい。
地熱の関係でこの辺りに木々は生えていないが、決して歩きやすい道があるわけではなく、アデルバート様たちには私たちのような防熱コートが無いのだ。
その事をケイトさんも思ったのか、しばし瞑目して口をへの字に曲げたが、ふぅと息を吐いて肩をすくめた。
「そこは頑張るしか無いでしょ」
「幸いな事は、サラマンダーがいる事自体はほぼ確実だという事ですね」
これで、実はサラマンダーなんていませんでした、となってしまうと、全ての準備は無駄になり、予定が崩れてしまう。
「普通なら困った事なんだけど、今回は助かったわよね。――無事に倒せれば、だけど」
「そうだな。サラマンダーがいなければ、当家はどうなっていたか……店長殿頼りなのは情けない限りだが」
「そのあたりの事は、気にしなくて構いませんよ。別に私も、タダで協力するわけじゃありませんし。――お金、返してくれますよね?」
準備でかなり持ち出しているので、返済が無いと、ちょっとピンチ?
サラマンダーがどれぐらいで売れて、ロッツェ家の借金を返済した時に、どれぐらい残るか次第だけど。
「もちろんだとも! 必ず返済する」
「ええ、当然。……ただ、返済期間だけは、ちょっと、その、大目に見てもらえたら、ありがたいんだけど」
「それは、仕方ないでしょうね。無理をしない範囲で構いませんよ、もちろん」
申し訳なさそうなケイトさんに、私は頷く。
でも実際、どれくらいで返済してもらえるのかな?
元の借金額だけでも、普通の人なら返せないような額なのだ。
う~ん、下手したら、引退するまで……いや、平均的な採集者なら、それでも厳しいかも?
一般庶民が一生必死に働いて、生活費を一切使わなかったとしても、何度か生まれ変わらなければ返済できないような額だからねぇ。
腕の良い採集者であれば、一般庶民よりはよほど稼げるとは言っても……。
もっとも、その間、アイリスさんたちと一緒に暮らしていけるのであれば、それはそれで楽しいとは思うんだけどね?
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