025 山を目指して (1)
私が四巻の
この近辺の大樹海では鹿がいないため、慣れている場所で狩りをするべく、ロッツェ家の領地まで遠征を行ったらしい。
「店長殿、これでいいだろうか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ロレアちゃんには、こっちね」
「ありがとうございます。今晩のおかずにしますね!」
アイリスさんたちが持ち帰ってきたのは、五頭分の皮と五キロほどのお肉。
今回必要なのは革だけだったので、実家を拠点に狩りを行い、持ち帰れない肉や角などは実家に置いてきたようだ。
「これで、あと二週間もあれば準備は整いますが……実家の方はどうでした?」
「あー、うん……お母様には少し心配されたが、問題は無いぞ?」
「私の方は、パパに激励されたわね。しっかりと役に立てって」
自分の娘がサラマンダーに挑むとなると、一般的なのはアイリスさんの方の反応だと思うけど、それでも反対されなかったのは、さすがは貴族って事なのかな?
家を守るためには、って。
私にはよく解らないけど。
「お父様の方も問題ない。ちょっとヒィヒィ言っていたが、予定通りにこちらに来られるはずだ」
先日、こちらに来ていた間の仕事、そして次回こちらに来る間の仕事を処理するため、アデルバート様も頑張っていたらしい。
「では、後で二人の足と手の大きさ、測っておきましょう。ブーツと手袋も防熱の物があった方が安心ですから」
そんな感じに準備を進め二週間あまり。
アデルバート様とカテリーナさんが再訪した事で、『サラマンダーで借金返済大作戦!』は決行に移されたのだった。
◇ ◇ ◇
私たち三人にアデルバート様、カテリーナさんを加えた五人は、前回、アンドレさんたちと歩いた道を、足早に辿っていた。
目的はサラマンダーを斃し、その素材を手に入れる事。
脇目も振らず目的地に――いや、採取作業は控えめにして、目的地へと向かう。
だって、良い物があったら、回収したくなるよね?
今回の準備で、私もかなりの資金を吐き出してしまったし。
アデルバート様たちも何も言わないので、問題は無い。うん。
その代わりというのも少し変だけど、その道中で問題となったのは、一張しか無いフローティング・テントと、男性一人に女性四人という人数構成。
うら若き乙女である私としては、いくらアイリスさんの父親とは言え、アデルバート様と一緒のテントで寝るのは、さすがに無い。
ただそこは順当に、アイリスさんとアデルバート様をペアとする事で解決した。
途中で出てくる敵に関しても、問題なし。
何故なら――。
「大樹海というから多少心配だったのだが、思ったほどではないな」
「そうですね。私でも十分に斃せます」
まだ浅い場所とは言え、アイリスさんたちの『自分たちより強い』という言葉に嘘は無かった。
そんな事を言いながら、アデルバート様とカテリーナさんは出てくる魔物をあっさりと斃していく。
もっとも、こと戦いに於いて、専門的な指導や訓練を受けている騎士と、普通の採集者を比べる事自体が、間違っているのだ。
ある意味、採集者なんて、自分で『採集者です』と名乗れば、採集者である。
資格も試験もないし、錬金術師のような教育機関があるわけでもない。
先輩の採集者から指導を受けられる事もあるが、先輩の採集者にしても、大半はまともな武器の扱い方など習った事も無い自己流ばかり。
戦いの技術という点では、さほど高くない。
それを考えれば、ルーキーの採集者が足を踏み入れるのを躊躇するような場所でも、騎士ならさほど脅威を感じないのも当然だろう。
「これなら、儂も引退後、採集者として稼ぐのもありかもしれぬな」
「いえ、さすがにお父様も、引退する頃には体力の衰えがあるかと思いますが……。それに、戦えれば採集者になれるわけではありませんよ?」
「解っておる。別に儂も、採集者を侮っているわけではない」
若干、自分たちの事を否定されたように感じたのか、少しだけ不満をにじませたアイリスさんの言葉に、アデルバート様は苦笑を浮かべる。
実際、採集者の本業は戦いでは無く“採集”。
何が売れるのか、どこで採取できるのか、その採集方法は――。
それらの経験があってこそ、採集者としてやっていける。
おそらく、アンドレさんたちとアデルバート様が戦えば、アデルバート様が勝つだろうが、どちらが採集者として多く稼げるかと言えば、アンドレさんたちの方だろう。
「だが、ある意味で安心したのは確かだな。金が無い故に仕方なかったとは言え、お前たちを送り出す時には、少々不安だったのだが……」
「この程度なら、心配する事は無かったですね」
カテリーナさんはどこか安心したように言いながら、チラリとアイリスさんを見て言葉を付け加える。
「……通常であれば、ですが」
「うっ! 面目ない」
「ごめんなさい、私がもっとしっかりしていれば……」
「まぁまぁ。あれは運が悪かった、という面もありますから」
案内人どころか足手まといになった仲間、普通なら出てこない場所で遭遇したヘル・フレイム・グリズリー。
その二点が重なった事で、あの事故に繋がった。
あれ以降、私が見たアイリスさんの腕前や行動を考えるに、どちらか一つであれば、あそこまでの怪我をする事はなかったと思う。
もっとも、あの採集者のダメっぷりを見抜けなかったのも、頼りにならないと判った時点で、別れてでも引き返さなかったのも、採集者として経験が足りていない、とも言えるんだけどね。
「サラサ殿、アイリスたちは、採集者として、上手くやれているか?」
「そうですね……経験不足は否めませんが、十分に成功している採集者と言って良いと思いますよ?」
チラリと視線を向けたアイリスさんとケイトさん。
その懇願するような目に負けたわけじゃないけど、一応褒めておく。
戦いはともかく、採集に関してはまだまだだけど、私のアドバイスやアンドレさんたちとの協力もあって、それなりに稼げているのは嘘じゃないしね?
「ふむ? ……程々と言ったところか?」
でも、そんな私の気遣いは、アデルバート様にはお見通しだったようで、ニヤリと笑うと私とアイリスさんたちの顔を見比べた。
「一応、仕送りも来ていましたし、嘘ではないと思いますよ? アデルバート様」
「それも、周りの助けがあっての事だと儂は見るが、どうだ?」
「はい、仰るとおりです、お父様」
アデルバート様に確認され、アイリスさんがきまり悪そうに肯定する。
だが、そんなアイリスさんを見ても、アデルバート様は逆に機嫌が良さそうに頷いた。
「いやいや、それで良い。多少戦えた所で、お前たちは採集者としては新参者。周囲の言葉に耳を傾け、学ぶ事が重要だ。サラサ殿、ご迷惑をおかけしていると思うが、今後ともよろしく頼む」
「もちろんです。二人がいる事は私にも利がありますし、今となっては大切な友人と思っていますから」
頭を下げてそう頼むアデルバート様に、私は当然と応えたのだった。
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