024 お金の工面 (2)
「な、なんと! 私と店長殿の間の信頼関係は!? 私の幻想だったのか?」
「あ、信頼はしていますよ? もちろん。単に主な理由が違うだけで」
私は慌ててフォローを入れつつ、なぜアデルバート様ではダメなのか、その理由を説明する。
「サラマンダーと戦うなら、ブレスと熱に対応する防具が必要ですが、そのための素材があまりないんですよ」
先日処理を終え、防熱素材として師匠かレオノーラさんに販売するつもりだった溶岩トカゲの革。
あれを使えば、サラマンダーと戦うために必要な最小限の防具は手に入る。
ただ、今手元にあるのは四匹分の革でしかない。
ブーツと手袋、それにコートを作るとなれば、小柄な私とアイリスさん、ケイトさんでギリギリだろう。
二人のどちらかの代わりにカテリーナさんという選択肢はあるにしても、明らかに大柄なアデルバート様は、どうやっても無理である。
「今手元にある、途中まで処理が終わっている溶岩トカゲの素材を使っても、完成までは一月ほど。新たに取りに行っていては、とてもじゃないですが……時間的余裕、ありますか? 借金の支払期限、ありますよね?」
おそらくは万策尽きたからこそ、アイリスさんを迎えに来たはず。
案の定、アデルバート様は厳しい表情で、深く唸る。
「むむむ、厳しいな……。二ヶ月……いや、引き延ばせば、三ヶ月はいけるか?」
「それでは無理ですね。サラマンダーを首尾良く斃せたとしても、現金化する必要がありますから」
普通なら錬金術師のお店に持ち込めば、その時点でお金に替わるんだけど、私がその錬金術師。
この村に持ち帰ったとしても、簡単に現金化できたりはしない。
……あ、持ち帰り。そっか、それがあったか。
「あの、アデルバート様、それにカテリーナさん。もしよろしければ、行き帰りについて、ご協力いただけませんか?」
「と、言うと?」
「サラマンダーを倒した後は、それを持ち帰る必要があるのですが、私とアイリスさん、ケイトさんの三人だけでは……」
「なるほど。力は儂の方があるな」
「この村の採集者を荷物持ちとして連れて行っても良いのですが、それだと、報酬の分配が必要になりますからね。貴族であるアデルバート様に雑用をさせるようで申し訳ないのですが」
「なに、それに関しては気にする必要は無い。儂なぞ、所詮は木っ端貴族。それを言うなら、アイリスは一応、貴族の令嬢だぞ?」
「お父様! 一応は酷いですっ」
「事実ではないか。礼儀作法よりも先に剣術を覚えおって……」
諦めと呆れを込めた視線をアイリスさんに向けつつ、アデルバート様は頭を振るが、そんな彼に対しても、呆れた視線が一つ向けられる。
カテリーナさんである。
「アデルバート様。アイリス様に喜々としてそれを教えたのは、アデルバート様ですよ? 『お父様みたいになる!』と言われて、それはもう嬉しそうに」
「……そのような事、あったかな?」
記憶に無いとばかりに、とぼけたように応えるアデルバート様だが、逸らされた視線が全てを物語っている。
「ありましたよ。木の枝を振り回すアイリス様を窘めるどころか、緩んだ表情で見てたじゃないですか。私、奥様にどうしたら良いか、相談されましたから」
「それ、私も覚えています。私がママから弓を習うきっかけになったのも、それですから」
ケイトさんはアイリスさんよりも年上。
アイリスさんが木の枝を振り回せる年齢であれば、当然、ケイトさんの記憶もしっかりとしているだろう。
「アイリス様が大きくなった時、それを支えられる人が必要でしたからね。アイリス様が普通の令嬢と同じ方向に興味を持たれるようなら、ケイトの教育も、そちらになる予定だったのですが……」
カテリーナさんはアイリスさんを見て、『ふぅ』と深くため息をつく。
「うっ、ケイト、すまない。付き合わせてしまったな」
「別に構わないわよ。私も変に礼儀作法を習わされるより、弓の修行の方が楽しかったから。幸い、それなりに素質もあったみたいだし?」
少し申し訳なさそうなアイリスさんに、ケイトさんは朗らかに笑う。
実際、ケイトさんの腕前を考えるに、その言葉に嘘は無いのだろう。
対してアデルバート様は、話を続けると自分が不利と思ったのか、一つ咳払いして話題を元に戻した。
「ゴホン。それでサラサ殿、実行はいつ頃になりそうなのだ?」
「そうですね、これから必要な
「なるほど。では儂たちは一度戻る必要があるな。引き延ばし工作の指示も出さねばならぬし、事情の説明も必要だろう」
「ですね。――話をすると、ウォルターも来たがると思いますが」
「そうもいかぬだろう。ウォルターには家宰として役割がある」
借金の契約に関してはミスがあったようだけど、人間ながらエルフであるカテリーナさんを射止めただけあって、武力、知力、そして優れた容姿まで備えた俊英。
普通なら、ロッツェ家の小さな枠に収まるような人物では無いのだが、彼がいるからこそ、当主であるアデルバート様がこうしてここに来られているようだ。
逆に言うと、彼が抜けてしまうと、ロッツェ家は機能不全、借金の支払期限に関する交渉も行えなくなるほど重要な人物である。
「……あれ? それならむしろ、アデルバート様の代わりに、その方が来られた方が」
今回、アイリスさんを連れ戻すという目的では、当主で父親のアデルバート様が来る意味はあると思う。
結婚に関する重要な話なのだから、多少の無理をしても父親がアイリスさんに、きちんと説明するべきだろう。
でも、次回は単なる護衛と荷物持ち。
一度戻るのであれば、貴族で当主のアデルバート様が来る必要なんて無いんじゃ?
そんな私の当然の疑問に、ロッツェ家の人たちは揃って沈黙した。
「「「………」」」
「おや?」
首をかしげた私に対し、アイリスさんが困ったような笑みを浮かべながら、曖昧に口を開いた。
「あ~、店長殿。とても言いづらいのだが……ウォルターにお父様の代わりはできるのだが、その逆は……」
チラリとアデルバート様に目を向ければ、彼は渋面で腕組みをして、まるで私の視線を避けるかのように目を閉じていた。
なるほど、訊いちゃダメな事なんですね?
大丈夫です。私、空気が読めますから。
――たぶん、書類仕事とかが苦手なんだろう。アイリスさんの父親だし。
「さ、さて! それじゃ、詳しい事を決めましょうか!」
空気は読めても、対処できるとは言ってない。
私はやや強引ながら話を変え、今後の予定についてアイリスさんたちと話を詰めるのだった。
◇ ◇ ◇
師匠にお伺いを立てたところ、『一般的な強さのサラマンダーなら、お前が頑張れば大丈夫じゃないか?』という、とても頼もしい(?)返答をいただいた。
頑張る……もちろん、そのつもりだけど、少々心許ない。
だって私、戦いの専門家じゃないので。
なので、本業で頑張る。
何より重要なのはサラマンダーのブレスを防ぐための“防熱コート”。
このコートの構造を大まかに言うなら、表面には溶岩トカゲの革を加工した物、それの裏打ちがヘル・フレイム・グリズリーの革。
その下に断熱素材を配し、一番内側には何か適当な革で裏地をつける。
この中で一番重要なのは、当然、溶岩トカゲの革。
裏打ちは予算次第で別の革を使っても良いんだけど、今回はコスト度外視で、少しでも効果を高めるため、ヘル・フレイム・グリズリーの革をチョイス。幸い、ウチには在庫もあるしね。
断熱素材は魔道コンロに使った物の応用品、裏地の革に付加する冷却機能は、冷却帽子などと似た仕組み。
だからなのか、実はこのコート、載っているのは錬金術大全の五巻なんだよね、実は。
そして私は未だ、四巻が終わらず。
だからこそ、溶岩トカゲの革は下処理だけして売るつもりだったんだけど……今回の事で、そうもいかなくなったわけで。
なので今は、わずかに残っていた四巻の
素材だけはそろえていたので、後は頑張るだけ!
ちょっとばかし、睡眠時間を削ってね!
そんな事をしていると、ロレアちゃんには心配をかけてしまったようで――。
「サラサさん、大丈夫ですか? かなり無理しているように見えますが……。何かお手伝いできれば良いんですが」
お店の方をほぼロレアちゃんに任せっきりで工房に籠もっていたら、ご飯と呼びに来たロレアちゃんが心配そうに私の顔を覗き込んできた。
徹夜も三日目、ちょっと隈ができちゃってるからなんだろうけど、このぐらいならまだ問題はない。
「大丈夫、大丈夫。ロレアちゃんは料理を作ってくれているだけで、十分助かってるよ。それが無かったら、私も無茶できないもの」
錬金術師が食事も忘れて研究に没頭、なんてことはよくある事だけど、錬金術師もれっきとした人間。そんな事は何日もは続かない。
その点、私は毎食、きちんとした食事が提供されているので、長期間でも倒れる事無く頑張れている。
「なら良いのですが……あまり無理はしないでくださいね? せめて、体力のつく物を作りますから」
ロレアちゃんにも今回の事情はきちんと伝えていて、ロレアちゃんはアイリスさんの状況に憤慨、できる限りの協力を約束してくれている。
それ故、私が徹夜で工房に籠もっていても、無理に休めとは言わないのだろう。
「うん、ありがとう。ロレアちゃんの料理はいつも美味しいから、本当に助かってるよ」
私がにこり笑って、そうお礼を言うと、ロレアちゃんが照れたようにはにかむ。
「店長殿、私たちにできる事はあるだろうか? ロレアのような料理は無理なのだが」
「錬金術に関しても、よく判らないしね、私たち」
「う~ん……、でしたら、鹿でも狩ってきてもらえますか?」
正直に『何も無いです』と言うのも申し訳ないと、ひねり出してみた答えに、アイリスさんとケイトさんは顔を見合わせて首をひねった。
「鹿? ごく普通のか?」
「魔物とかではなく?」
「ええ、普通の鹿。皮が必要なんですよね」
防熱コートの裏地に使う革は、これと言った制限が無い。
問題となるのは着心地だけなので、肌触りやコスト面などから、鹿なんかがちょうど良い。
処理済みの革を買うつもりだったけど、アイリスさんたちが狩ってきてくれるなら、全部自前で処理ができるので、普通の鹿革を買うよりはちょっとだけ高性能にできる。
わずかな差が生死を分ける可能性が無いとも言い切れないし……うん、これは良いお仕事じゃないだろうか?
「なるほど。それが店長殿の助けになるのなら、すぐに行ってこよう」
「そうね。狩りなら、私、得意だからね」
「ウチの食卓に上る肉は、ケイトかカテリーナの狩ってくる物だったからな」
「狩ってこないと、食べられなかったからね」
実はケイトさん、ロッツェ家の領地にいる時は、時々訓練と食糧確保を兼ねて、鹿狩りに行っていたらしい。
その結果として育まれたのが、あの腕前。
きっと容易に鹿を狩ってきてくれるに違いない。
「それでは、よろしくお願いします。そこまで急がなくても良いので」
「あぁ、任せてくれ!」
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