023 お金の工面 (1)

「師匠、ですか。うぅ~~ん」

 腕組みをして唸る私に、不思議そうな表情になるのは、アデルバート様とカテリーナさん。

「サラサ殿の師匠? いくら錬金術師でも、そう簡単に出せる金額では……ないだろう?」

「それがアデルバート様、店長さんの師匠はマスタークラスの錬金術師なんです」

「なんと!」

 確かに師匠なら、その程度の現金は普通に持っているだろうし、師匠クラスでなくても、ある程度以上の錬金術師で現金を多く保持している時であれば、出せない金額でもない。

 もちろん、今の私には無理だけど。

「お願いすれば、なんとかなる、かもしれませんが……」

 たぶん、私が『借金をこさえた!』泣きつけば、皮肉の一つでも言いながらあっさり肩代わりして、『返し終わるまでタダ働きだ!』と、王都のお店に連れ帰ることだろう。

 一応、弟子として認められているみたいだし?

 ただ、私の知り合いのためとなると……どうかなぁ?

「必ず返すと約束する。すでに大金を借りている立場で更に頼むのは非常に申し訳ないのだが、どうか、どうかお願いできないだろうか! この通りだ!」

「店長さん、お願い!」

 アイリスさんとケイトさんが、テーブルに額を着けるようにして頭を下げた。

 その横でアデルバート様とカテリーナさんは、どうしたものかと戸惑った様子で、行動を決めかねている。

 まぁ、お二人にとって私は今日会ったばかりの相手。

 お金を貸してと頼むには関係が薄すぎるし、金額も大きい。

 そして私が返答に悩んでいる間に、アデルバート様は首を振って、アイリスさんたちに声をかけた。

「アイリス、ケイト。サラサ殿にご迷惑だろう。頭を上げなさい」

「しかしお父様、我々に頼る当てなど、すでに……」

「お金を持った知り合いなんていませんからね、私たちって。当家と似たような所としか、お付き合いがありませんから」

 アイリスさんに同調するように、かなり身も蓋もない事を、さらっと言うカテリーナさん。

「むぅ」

「ママ……」

 さて困った。

 私が頑張って頼めば、師匠は貸してくれるかもしれないけど、あまりにも金額が大きいし、単にお金を貸して下さいとお願いするのは、かなり気が引ける。

 せめて、氷牙コウモリの牙の時のように、普通なら捌けない量の素材を買い取ってもらう程度にとどめたいところ。

 そして、お金を稼ぐのに最も効率が良いのは、慣れない事をするよりも、本業で稼ぐ方法なわけで。

「師匠にお金を借りずとも、なんとかならないでも、ないですよ」

「本当か! どのような方策が?」

 私の言葉に、アイリスさんが即座に反応し、私は頷きつつ、考えていた事を口にする。

「アイリスさん。私は錬金術師、アイリスさんたちは採集者。お仕事は?」

「――素材集めか! いや、だがしかし、それでなんとかなるような額では……溶岩トカゲの素材は思ったよりも高かったが」

「ママやアデルバート様、ついでにパパも呼んで全員でやれば……」

「それでも、普通に素材を集めるだけでは厳しいでしょうね。ですが、貴重な素材を手に入れることができるなら、その限りではありません。心当たりがありませんか?」

「貴重な素材……?」

「……店長さん、まさか、サラマンダー?」

「正解! あれを入手すれば、借金を返すだけのお金は用意できます。問題は売り先ですけど、そこは師匠に頼めばなんとかなるでしょう」

 また甘える事にはなるけれど、単純に『お金を貸してください』と言うのと、『売りにくい素材を買ってください』と言うのでは、明らかに後者の方が言いやすい。

 それに師匠には『珍しい素材を送れ』と言われているから、サラマンダーレベルなら、十分にそのお眼鏡にかなうと思う。

 もし、『買えない』と言われたら、その時は『珍しい物を送ったのに~』と泣きつこう。

「でも店長さん、私たちではとても敵わない、危険な相手って話だったんじゃ?」

「そうだ。サラマンダーが危険な事ぐらいは儂でも知っている。とてもではないが、許可できん」

「えぇ、ケイトちゃんがそんな所に行くのは……心配ね」

 やや顰めっ面で言うアデルバート様と不安そうなカテリーナさんに、私は即座に首を振った。

「もちろん、二人にサラマンダーと戦えとは言いませんよ。ほとんど、自殺行為ですから」

「となると……もしかして、店長殿が? 店長殿なら、スパッと倒せてしまうとか……」

 期待するように私を窺うアイリスさんだけど――。

「いえ、私も一人では対処できません。ただ、奥の手……みたいな物はあるので、サポートしてくれる人がいれば、なんとかなるかも? 一応、師匠に確認してみるつもりですが」

 師匠に訊いて大丈夫そうなら、頑張ってみる価値はある。

 すでにアデルバート様も、アイリスさんとホウ・バールを結婚させるつもりはなさそうだけど、だからといってアイリスさんの家が潰れてしまうのも嫌だ。

 できる範囲で手助けはしてあげたいよね?

 せっかく仲良くなれたんだから。

「ふむ、錬金術師の奥の手か。それは、サラサ殿にとって使っても問題ない物なのか? 我らの事を考えてくれるのはありがたいが……」

「それは問題ありません。ただ、使った後はちょっと動けなくなるので、私を無事に連れ帰ってくれる人、そしてできれば、サラマンダーとの戦いの時、サポートしてくれる人が欲しいですね。一人でも不可能ではないと思いますが、より安全性を高めるのなら」

「店長さん、それはヘル・フレイム・グリズリーの時のような?」

 私が数日、まともに動けなくなったことを思い出したのか、不安そうな表情を見せるケイトさんに、私は首を振る。

「いえ、アレよりはマシです。しばらく休めば動けるようになるので、その間、守ってくれるだけでも問題ないぐらいですね」

 あの時は、ホントに大変だった。

 一人ではおトイレにも行けないのだから、色々と問題が……いや、忘れよう。

 あれは私たち全員の記憶から抹消されるべき物だ。

「それは儂でもいいだろうか? 首尾良くサラマンダーを斃す事ができれば、その素材を持ち帰る人手も必要となるだろう?」

「なら私も、手を挙げますわ。これは当家の根幹に関わる事。サラサさんだけにお任せするわけにはいきません」

 私の言葉に、すぐにアデルバート様とカテリーナさんが申し出てくれたけど――。

「できれば、アイリスさんとケイトさんにお願いしたいです。いかがですか?」

「もちろん、私に否やは無い! 協力させてくれ!」

「当然、私も。どれだけの事ができるか判らないけど……」

 即座に応えてくれるアイリスさんたちに対し、アデルバート様たちは子供たちの事が心配なのか、少し不満そうな表情になる。

「何故だ? 多少老いたとはいえ、まだまだ儂はアイリスに負けんぞ」

「そうです。ケイトよりも私の方が頼りになりますよ?」

「アイリスさん、ケイトさん、そうなんですか?」

「ああ。お父様は騎士である事に誇りを持っているからな。私の実力では到底及ばない」

「悔しいけど、私もまだママの腕前には、及ばないかな……?」

 わお。アイリスさんはともかく、ケイトさんの弓の腕を考えると、それってすごい事じゃ?

 私が向けた視線に、お二人は平然としたまま、しかしごく僅かながら得意そうに口角が上がる。

「う~ん、そうなんですか。ただ、やはり今回は、アイリスさんたちに」

 頷きつつも意見を変えない私に、アデルバート様は再び不機嫌そうになり、アイリスさんは少し安心したように言葉を紡ぐ。

「お父様。戦いに於いて共に戦う戦友同士、信頼関係が重要な事はご存じでしょう? 私と店長殿の間にはそれがあるのです」

「む。確かに儂とサラサ殿は今日会ったばかり。その点を言われると弱いな」

 少々不本意ながらも、納得したようなアデルバート様とドヤ顔で胸を張るアイリスさんには申し訳ないんだけど……。

「いえ、今回はそれ、関係ありません」

 はっきりと言った私に、アイリスさんが得意げな表情から一転、愕然として振り返った。

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