022 ホワイトナイトの正体は? (2)

「カーク準男爵との間で交わされた借金の証文はお持ちですか? もしくは、その内容を詳しく教えて頂くだけでもかまわないのですが」

「さすがに証文は持ってきていないが、内容については儂が覚えている。だが、それが何の関係がある?」

「ちょっと気になることがあるので。教えていただけますか?」

「あぁ、もちろんかまわない。まずは金額が――」

 ややお人好しな所はあるようだけど、アデルバート様が優秀な人物であることは間違いないようだ。

 かなり細かい条件までしっかりと記憶していて、私の質問にもよどみなく答えが返ってくる。

 そして、一通り疑問点を聞き終えた私は、大きく頷いた。

「うん、これは、違法の可能性がありますね」

「違法? 借金が、か?」

 予想外のことを聞いたと、目を丸くしたアデルバート様に私は再度頷く。

「借金の条件が、ですね。この国では、貴族同士の借金には、ある程度の制限があるのですが、ご存じですか?」

「いや、知らない。カテリーナ、お前はどうだ?」

「あいにく私も……ご存じの通り、私たちは元々この国の出身ではありませんから」

 アデルバート様に視線を向けられたカテリーナさんは申し訳なさそうに首を振った。

「そうだったな。すまぬ」

「いえ、今の状況には満足していますし、アデルバート様には感謝しております」

 ふむ。ケイトさんはハーフだし、そのへん何か事情がありそうだけど……今は関係ないか。

「店長さん、私もよく知らないんだけど、その条件って何なの?」

「貴族が貴族に対してお金を貸す場合の条件、です。平民には関係ないのであまり知られていませんが、制限があるんですよ、実は」

 この国で貴族が貴族にお金を貸す場合、その利息には、国王によって上限が決められている。

 その他にも、担保や返済期限などいくつかの制限があり、これを逸脱するような借金は国法に反する物として、処罰の対象となるのだ。

 何故こんな条件があるのかと言えば、本来国王に対して忠誠を誓うべき貴族が、借金によって他の貴族の下に付くようなことがあると、国王の権威に傷が付くから。

 当然と言うべきか、貴族にも派閥があり、上下関係があるようだけど、国王としてできるだけそれを少なくしたいと思うのは当然だろう。

 斯くして、このような法が施行されているのだ。

「そんな法があったのですね。これは、ウォルターの落ち度です。アデルバート様、申し訳ありません」

「いや、仕方なかろう。儂も知らぬ事だし、そもそもどのような条件であれ、借金をせざるを得ない状況だったのだ」

 沈痛な面持ちで頭を下げるカテリーナさんに、アデルバート様は首を振る。

 訊いてみれば、ウォルターさんというのは、ケイトさんの父親――つまり、カテリーナさんの旦那さんで、アデルバート様が留守の間、アイリスさんの母親であるディアーナ様と共にロッツェ家の事を取り仕切っている人らしい。

 借金などの実務に関してもウォルターさんの担当で、今回の借金に関して話をまとめたのも彼だったらしい。

「あー、それはある程度仕方ないかと。普通の貴族の陪臣では学ぶ機会も無いでしょうから……」

 こう言ってはなんだけど、騎士爵の陪臣が細かい国法を学ぶ機会など無い。

 まだ大貴族の陪臣であれば、親から子へ、代々受け継がれる知識などもあるんだろうけど、アデルバート様ぐらいの家だと、ね。

 専門家を雇えば話は別だろうけど、アデルバート様にそんな余裕があったとは思えない。

「ふむ……そんなものか。しかし、店長殿は何故そんなに詳しいのだ?」

「習うんですよ、いろんな事を。錬金術師養成学校では」

 国が運営するあの学校、錬金術を習うのは当然として、それ以外にもかなり広範囲に専門的な知識を教授される。

 それこそ、錬金術師として活動するだけなら、あまり必要なさそうな事も含めて。

 まるで、錬金術のプロフェッショナルを育てる事よりも、あらゆる事が可能なジェネラリストを養成する事を考えているかのような……。

 そのへんの事は国の政策に関わる事だろうから、私に詳しい事は判らない。

 ただ、国に錬金術師が足りないのは間違いない事なので、それらの授業の成績で脱落したりはしないよう、合格基準はやや低めに設定されている。

 必然的に学生の力の入り様も異なり、私の報奨金稼ぎにとても貢献してくれたものである。

「なので、錬金術師が全員、これらの知識を持っているわけじゃないんですけどね。あ、いや、習っていることは習っていますが、覚えているかどうかは別、って事ですけど」

 と言うか、合格点が取れれば良いとだけ思っている普通の錬金術師は、たぶん試験が終わったら忘れてると思う。

「ちなみに、違法と判断されたらどうなるのだ?」

「制限の範囲内で計算し直すことになります。すでに十分に支払っていれば、借金が棒引きされた上で、お金が戻ってくる事もあります」

「ほう!」

 嬉しげな声を上げるアイリスさんを制すように、私は手を上げて、言葉を続ける。

「話を聞いた範囲では、違法の可能性が高いのですが、私も専門家ではありませんし、そういう事をする相手です。何らかの抜け道を使っていることも考えられますから」

 私が訊いたのは、契約書類に関して認識している内容。

 こういう詐欺って、判りにくいように罠を仕掛けてあったりするから、契約者本人の認識はあまり当てにならない。

「専門家、か。その手の専門家は、王都に行けばいるのだろうか?」

「そうですね、師匠に聞いた話では、これを専門にして荒稼ぎしていた人も過去にはいたらしいですよ?」

 ここで言う専門家とは、法律の専門家では無く、借金関係、それも違法な借金の清算を専門にしている人という意味。

 それだけを専門にしていれば、身につけるべき知識の量も少なくて済み、作業内容もパターン化される上、依頼相手からの報酬も、取り返す事ができた金額から一定割合で貰えば取りっぱぐれる事がない。

 かなり楽に稼げたため、借金をしていそうな貴族を訪ね歩いて、話を持ちかけたりする事もしていたようだ。

「もっとも、最近はいないようです。何故か、早死にする人が多かったみたいで」

「何故かというか、理由は明白じゃない? まともじゃない貴族、それも複数から恨みを買うことになるんだから」

 やや呆れたように言うケイトさんに、私も苦笑する。

「まぁ、そういう事ですよね、やっぱり。そんなわけで、それの専門家はいませんが、総合的に貴族同士の調停を扱っている専門家はいますので、その人たちに依頼すれば、なんとかなる……かもしれません」

 契約書類の内容次第なので、断言ができないけど。

「とは言え、調停結果が出るまでには、かなりの期間が必要になるはずですので、返済はせざるを得ないでしょうね。後で返還されるにしても」

 調停結果が出るまでは、借金の証文は有効なのだ。

 それに基づいてカーク準男爵が行動を起こし、ロッツェ家の領地に手を出してきても文句は言えないし、返済したお金が後で戻ってきても、取り返しの付かない事もある。

「お金が必要な事は、変わらずか」

「もう少し少ない額なら、家中の者で頑張って稼ぐという方法も考えられるのですが……」

 ため息をついたアイリスさんにつられるように、カテリーナさんも憂鬱そうに言葉を漏らす。

 まぁ、少々の人数が働いたぐらいで稼げる額じゃないよね。

 それこそ、年単位で頑張らないと、足しにもならない気がする。

「ちなみにアイリスさん、家中と言うと、どのくらいの人が……?」

「うっ……」

 私の質問に、アイリスさんだけではなく、アデルバート様を含め、全員が気まずそうに視線を逸らした。

「当家の陪臣は、その……スターヴェン家だけでな?」

「成人しているのは、儂たち夫婦と、アイリス、スターヴェン家夫婦とケイトだけなのだ」

「へ、へぇ……」

 えっと、つまり、なんですか?

 成人は五人だけで、この場にいないのは、アイリスさんのお母さんとケイトさんのお父さんだけ、と。

 そりゃ、無理だ。

 どう頑張っても、普通のお仕事では稼げない。

「一応、私とケイトに兄弟もいるのだが、どちらも下なのだ」

 訊けば、アイリスさんの下に妹が二人、ケイトさんには弟が一人いるらしい。

 ただ、前者は未だ一〇にも満たず、後者などやっと乳離れをしたところ。戦力としては全く当てにできない。

「お金を借りられるような当ては……無いんですよね?」

「うむ。恥ずかしながら、先ほどサラサ殿に出した金も、それらの当てを回ってなんとか工面した額なのだ」

 だよね。あったら、困ってないよね。

「こうなったら、爵位の返上も視野に入れざるを得ないか……」

「お父様! それは……」

 焦ったように声を上げたアイリスさんに、アデルバート様はゆっくりと首を振る。

「これも儂の力不足。方策がない以上、それも考慮すべきだろう」

「お父様……」

「「アデルバート様……」」

 う、う~む、愁嘆場?

 ここで、『そうですね。貴族として力不足だから、仕方ないですね』と言えるほど、私とアイリスさんたちのお付き合いは浅くないわけで。

「そもそも、爵位を返上しても、借金は残りますよ? むしろ、悪化しますね」

 村二つだけの領地しかない下級貴族でも、その収入は平民よりは多いし、借金に関する規制も貴族であればこそ。

 貴族でなくなればそんな規制の対象外になってしまうので、調停によって対処する事もできなくなってしまう。

 後はもう、貴族の権力を笠に着た、平民に対する強引な取り立てである。

 そして返す当てが無いとなれば、アイリスさんやケイトさん、下の妹さんたちの身に、幸せな結果が待っているはずも無い。

「むぅ……ならばどうすれば……」

 渋面で考え込むアデルバート様の顔を見て、アイリスさんが私の顔に窺うような視線を向ける。

 そして再度、アデルバート様の顔を確認して、おずおずと口を開いた。

「店長殿、とても言いにくいのだが……店長殿の師匠に借りる事は……できないだろうか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る