021 ホワイトナイトの正体は? (1)

「あの! お話の最中ですが、少々、お待ちいただいてもよろしいですか?」

 手を上げて話を遮った私に、全員から訝しげな視線が浴びせられる。

「あ、あぁ。儂たちはかまわない。どうせ日帰りなどできないのだ。十分に時間はある」

「ありがとうございます。では、少し失礼して……」

 戸惑った様子を見せるアデルバート様に私は一礼。

 テーブルの上を見て、ケイトさんに声をかける。

「ケイトさん、お茶のおかわりと……お菓子をお出ししていただけますか? 確か、ロレアちゃんの作ったクッキーが残っていたと思いますので」

「あ、はい、そうよね。判りました」

 堅い話が続いていたので、甘い物でも食べて、少しでも空気が軽くなればと、私はケイトさんにそうお願いし、部屋を出た。


    ◇    ◇    ◇


 私が用事を済ませて戻ってくると、部屋の空気は先ほどよりも少し柔らかくなっていた。

 うん、これはきっと、ロレアちゃんお手製のお菓子のおかげだね。

 とっても美味しいからね、あのクッキー。

 ……分けてあげるのが惜しくなるぐらい。

「あ、店長さん、お帰りなさい」

「はい、ただいま戻りました」

「店長殿、どこへ?」

「ちょっと調べたい事がありまして。お待たせして申し訳ありません」

 私が席に着き、軽く頭を下げると、アデルバート様は首を振る。

「なんの。むしろ、二人から詳しい話を聞く時間がとれた。それで、サラサ殿。改めて礼を言わせてくれ。よくぞアイリスを助けてくれた」

「私からもお礼を言わせてください。アイリス様の命が今あるのも、サラサさんのおかげです」

 そう言ってアデルバート様とカテリーナさんが、私に対して深々と頭を下げた。

「あ、いえいえ、頭を上げてください! お礼はさっきも言って頂きましたし!」

 目上の人にそんな事をされると、ちょっと困る!

「だが、そんなサラサ殿に、儂は失礼な事を……」

 わたわたと手と首を振る私に、アイリスさんとケイトさんが苦笑気味に口を挟んだ。

「お父様、店長殿が困っていますから」

「ママも、そんな風に頭を下げられても、逆に店長さんの迷惑になるから」

「そうか? で、あれば。だが、サラサ殿はアイリスの命の恩人。儂にできる事があれば、何でも言ってくれ」

「はい。私も。……あんまりできる事はありませんが」

 アイリスさんたちの取りなし(?)で頭を上げたお二人に、私はほっと息を吐く。

「もしもの時には、お願いしますね? 第一、アイリスさんの運が良かった事も大きいので……」

 アイリスさんの怪我を治せるような錬成薬ポーションの在庫がたまたまあったというのは、本当に幸運。

 万が一、同じような怪我をした人が今訪れたとしても、治せるかどうかは……いや、治せないことはないんだけど、今ある虎の子の錬成薬ポーションは確実にオーバースペックな代物なので、使うかどうか、判断には非常に迷うことになるだろう。

 請求する額はアイリスさんに請求した額を大幅に上回ることになるし、必要以上に高価な錬成薬ポーションを使ったと言われてしまうと、否定できないのだから。

 でも実際、急患が来た場合に、症状にぴったしの錬成薬ポーションをたまたま在庫しているなんてこと、こんな田舎では滅多にないのだから、『必要以上の錬成薬ポーションを云々』とか言われても、錬金術師としては困るんだけどね?

 だからといって、『ちょうど良い錬成薬ポーションが無いから、治しません』と言ったりしたら、恨まれそうだし。難しいよね。

「それで店長さん、調べ物って? さっきまでの話に、何か関係のある事なのよね?」

「はい。先ほど出てきた名前を、レオノーラさんと商談悪巧みした時に聞いたような気がしたので、ちょっと問い合わせてみたんです」

 持ってて良かった共音箱。

 先日設置して、動作確認以外には未だ活躍の機会がなかったそれが、予想外の目的で役に立った。

「その、レオノーラという人物は?」

「お父様、レオノーラとは、サウス・ストラグの町の錬金術師です」

「サウス・ストラグの……だが、どうやって……?」

 アイリスさんの説明に頷きつつも、どうやって連絡を取ったのかと、アデルバート様は不思議そうに首を捻った。

「共音箱という物が設置してあるのです。ご存じありませんか?」

「噂には聞いたことがある。上級貴族の間では設置している所もあると聞くが、それが?」

「はい。私たち、互いに錬金術師ですから」

「なんと!」

 アデルバート様が驚きに目を見張る。

 実際、錬金術師じゃなければ、アデルバート様の言うように上級貴族じゃないと、設置コストと運用コストの負担は難しいだろう。

 遠ければ遠いほど使用にコストはかかるし、近ければ設置する意味も薄れる。

 そんな、ちょっと微妙な錬成具アーティファクトだから。

「店長殿、レオノーラ殿はなんと?」

「はい、それですが――」

 まず、この村で荒稼ぎをしようとしてた――正確には錬金術師たちを借金漬けにして荒稼ぎしていて、私も標的にしていたらしいヨク・バールは、やはりあの後、儚くなっていた。

 資金調達が間に合わず、裏社会からケジメをつけられてしまったというのが、レオノーラさんの予想。

 いや、レオノーラさん自身は確信していたみたいなので、たぶん、どこからか情報を得ているのだろう。単なる錬金術師にしては、いろいろ詳しいし。

 その儚くなってしまった父親の後を継いで、現在バール商会を経営しているのが、息子のホウ・バール。

 今回のお話に出てくる商人である。

 私とレオノーラさんの頑張りのおかげで、商売の規模はだいぶ小さくなったバール商会ではあるけれど、それでも元々が大きかっただけに潰れるまでには至らず、一応、それなりの権勢は誇っているらしい。

 ――見かけ上は。

 その実、その内面は火の車。

 現在のバール商会は、かなり危機的な状況らしい。

「レオノーラさん曰く、『とてもじゃないが、それほどの大金を用意できる状況にはない』との事でしたが……」

 この事実にカーク準男爵の名前が絡むと、何かしら裏がありそうだよね。

 偏見かもしれないけどさ。

「むむむ、好青年に見えたのだが……」

「悪い顔をした詐欺師はいない、と聞きますよ、アデルバート様」

「それは……そうなのだろうな」

 急に気が抜けたような、疲れたような表情で、アデルバート様は大きくため息をつく。

 いろいろと悩んで、アイリスさんを犠牲にするような決意した結果がこれでは、その徒労感は大きいよね、やっぱり。

「だが、バール商会は何故、当家に近づいたのだ? 金があるわけでもない、しがない騎士爵家だぞ」

 少し不思議そうに言うアイリスさんに、私は首を振る。

「それでも貴族ですからね。何かしらの役に立てる心算があったんでしょう。それに、こう言ってはなんですが、現状のバール商会が手を出せるレベルは限られるでしょうし」

 アイリスさんはあまり意識していないようだけど、平民と貴族、その差は大きい。

 仮にそれが下級貴族でもね。

「それで当家が目をつけられたか。儂が金に困っていることは、少し調べれば判る。良いカモだったわけか」

 アデルバート様が悔しそうに唸る。

「それに、断言はできませんが、カーク準男爵も一枚噛んでいるかもしれませんね。情報を流したか、借金の返済に何らかの合意があったのか」

 バール商会とカーク準男爵。

 前回のことも含め、この両者に何らかの繋がりがあるのはほぼ間違いなさそうなんだけど、相手は領主。

 レオノーラさんも手を出しにくいようで、今のところ明確にはなっていない。

「だが、どちらにしても今回の話は受けられぬな。仮に金が用意できたとしても、そんな人物をロッツェ家に入れるわけにはいかん!」

「アデルバート様!」

 その言葉に素直に喜色を浮かべたのはケイトさん。

 アイリスさんとカテリーナさんも、言葉にこそ出さないものの、穏やかなその表情からは明らかな安堵がうかがえる。

「ですが、お父様。借金の方は……」

「それよな。振り出しに戻ってしまったが、領民を第一に考える以上、そんな商会から金を借りる方がよほど危うかろう」

 うん、そんな人物が将来、ロッツェ家の当主になったりなんかしたら、どうなるか。

 決して、『飢饉だから領民に支援を』なんて事はあり得ないだろう。

「でも事情を鑑みると、今回の件、私の責任もありそうなんですよね」

「いや、別にサラサ殿は関係なかろう? 借金をしたのは当家で、返済ができないのも儂の力不足でしかない」

「ですが、私がバール商会を追い込んでしまったから、という部分もあるかと」

 不思議そうなアデルバート様に、私は首を振る。

 もちろんこれは、バール商会とカーク準男爵が繋がっていて、そこからアデルバート様に対する急な返済要求が行われたと考えるなら、だけど。

 でも実際、普通に考えるなら、カーク準男爵が一括返済を求める理由はほとんどない。

 高い利息をかけ、元本がほとんど減らせていない現状。

 一括返済されるよりも、長期的に利息を受け取る方が確実に儲かるわけで。

 カーク準男爵が何らかの理由で資金不足に陥り、多額の現金が必要になったという理由でもなければ、少々不可解な要求なのだ。

「その可能性がゼロとは言わないが、店長殿のやったことは間違っていないのだ。気にする必要はない」

「そうよね。店長さんの行為は、確実に何人もの人を救ったのだから」

 悩む私に、アイリスさんとケイトさんからフォローが入る。

「そう言っていただけると、救われます」

「でも、それはそれとして、お金はなんとか工面しないといけないのよね……」

「私が協力できれば良いのですが……」

 少々荒稼ぎしたお金は、錬金術師たちを助けるためにその大半を使ってしまったし、その後も大物の錬成具アーティファクトを作る素材を買い込んだので、現在、手元の現金はかなり乏しい。

 倉庫にあるなんやかやを処分すれば絶対に用意できない金額、ってわけじゃないけど、そんな事をしたら錬金術師として立ち行かなくなるし、そう簡単に売れる物でもないので、売却先を探すのにも一苦労だろう。

 一応、それぐらいの価値はある、というだけでしかないのだから。

 でも、アイリスさんたちを見捨てることはしたくないし、いざとなればそれも考えるとして――。

「ただ、その前に一つ、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」

 私の言葉に、アデルバート様たちは不思議そうな表情を浮かべつつも、頷いた。

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