012 ちょっとした狩り

「イヤイヤ! めっちゃ切れてるから! 頭、転がってるから!」

 何事も無く進行しようとした私に、ギルさんからツッコミが入る。

「おかしいですね……?」

 こんな感じに弾き返されますよー、と実演しようと思ったのに、私の振るった剣は溶岩トカゲを見事に両断。哀れ頭と胴体で泣き別れ。

 頭を失った胴体が、元気に暴れ回り……あ、さすがにそろそろ動かなくなってきたね。

 ――うん、敗因(?)は、師匠からもらった剣。

 そういえばこの剣、ヘル・フレイム・グリズリーの首も見事に切り落としていたんだよねぇ。

 師匠曰く、『丈夫な剣』というのは伊達ではないね。

「当たり前ですが、普通はこうなりませんし、できてもやらない方が良いです。ここの場所を切ってしまうと、価値が下がりますから」

「あー、やっぱりそうなのか?」

「はい。やっぱり、全身綺麗に揃っている方が良いですからね。特に硬い上面の皮は、使い道も多いですし」

 錬金術を使わない防具作りでも、なまくらでは傷つけられない溶岩トカゲの革は重宝される。

 逆に言うと、防具以外ではあまり使い道が無いんだけど。

 やっぱり汎用性が高いのは、もう少し軟らかい革なんだよね。

「さて、誰から行きますか? それとも全員で?」

「そうだな……サラサちゃん、この頭で試し切りをしてみても良いか?」

 そう言ってアンドレさんが指さすのは、私が切断した頭の方。

 使い道が無いとは言えないけど……ま、いっか。それで安全性が高まるなら。

「いいですよ。でも、あまり強引に切ろうとしない方がいいですよ? 剣が欠けるかもしれませんから」

「すまないな。それじゃ、早速……」

 アンドレさんたちが、溶岩トカゲの生首で順番に試し切りを始めるが、やはりというべきか、カキンと弾き返されて刃が通らない。

「お。想像以上にかてぇな!」

「正に岩みたいだな。サラサちゃんは、これを切れるのか……」

「剣の力! 剣の品質が良いおかげですからね?」

 呆れたようなグレイさんの言葉に、私は慌てて注釈を入れる。

 それなりには鍛えているけど、普通の品質の剣で溶岩トカゲを両断するのは無理だから!

「む。これは……下手をすると、本当に剣が折れそうだな?」

「アイリス、止めてよ? 先日、新しくしたばかりなんだから!」

「解っている。安い物じゃないからな」

 眉をしかめたケイトさんに、アイリスさんも当然と頷く。

 彼女の使っているのは、ヘル・フレイム・グリズリーの狂乱が終わった後、村の鍛冶屋であるジズドさんに作ってもらった剣なので、専門の武器職人が作る物に比べると、品質としてはさほど良くない。

 お値段を考えれば十分に良い出来だとは思うけど、借金のあるアイリスさんたちが払える額は決して多くはないわけで。

 私としては、多少返済が遅れても良いから、装備には力を入れて欲しいんだけどね。

「まぁ、予想通りの結果だな。次は腹側か。よっと!」

 全員の試し切り――切れてないけど――が終わったのを確認したアンドレさんが頭をひっくり返し、今度は腹側の皮に向かって剣を振るう。

「……ん? 弾き返されるほど硬くはないが、こっちも簡単には切れんぞ?」

「うわっ、マジかよ。これ、俺たちに斃せるのか?」

「私の剣なら、一応突き刺さるな。これは突き一択か?」

 どうやら腹側の皮も、予想以上に丈夫らしい。

 アンドレさんたちの使っている剣は、あんまり切れ味鋭くないし、こういうタイプの魔物には向いていないかぁ。

「案外、一番向いているのは、ケイトさんかもしれませんね」

「え、私?」

 唯一、生首への攻撃に参加していなかったケイトさんに話を振ると、少し意外そうに私の方を見る。

「はい。ケイトさんなら、多少離れていても、目を狙う事ができますよね?」

「……そうね。溶岩トカゲが店長さんに反応しなかった距離、あれぐらいなら、問題は無いと思うわ」

 少し考えて、ケイトさんが頷く。

 ヘル・フレイム・グリズリーが襲撃してきた時にも、建物の上から動き回るヘル・フレイム・グリズリーの目を射貫いていたのだから、じっと止まっている溶岩トカゲぐらい、ケイトさんからすれば、ただの的だろう。

 後は、矢がどれくらい効くかだけど、そこは試してみるしかない。

 危なければ、私もフォローができるからね。


    ◇    ◇    ◇


「いたな」

 大まかな方針を決めた私たちは、次は実践と、単独でいる溶岩トカゲを探して歩いていた。

 やはり温かい場所が好みなのか、それを見つけたのは、蒸気が噴き出している場所の近く。

 遠くから観察する私たちに反応する事も無く、地面にお腹を張り付けたまま動かない。

 怠惰で無防備そうに見えるけど、背中の皮の頑丈さ、そして腹側の皮の意外な丈夫さを知った今となっては、腹をしっかりと地面に着けたあの格好は、かなり安全性の高い体勢だと理解できる。

「それじゃ、私からで良いのよね?」

「あぁ。ケイト、お前の弓の腕を見せてくれ」

「あんまり期待しないでよ……」

 などと言いつつも、ケイトさんが弓を引き絞り、ひょうと放った矢は狙い違わずに溶岩トカゲの目に深く突き刺さる。

「よっしゃ!」

 ギルさんが声を上げると同時、溶岩トカゲがびったん、びったんと暴れ始め――あ~、そういえば、頭を切り落としても胴体は暴れるんだった。

 仮に致命傷でも、矢の一本程度では動きを止めたりはしないかぁ。

 放置すればそのうち死ぬかもしれないけど、事態はそれを待ってはくれなかった。

「あっ! 逃げるぞ!」

「速い!?」

 単純にビタビタと暴れていたのは僅かな時間。

 溶岩トカゲはすぐに動き出し、私たちから離れる方向に、思ったよりも素早い動きで移動し始めた。

 それを見たアイリスさんとグレイさんが声を上げ――。

「待って!」

 すぐさま追いかけようとしたアイリスさん。

 その襟首を、私は慌てて掴む。

「ぐぎゅっ! ――ゲホッ。店長殿、突然何を!?」

 首が絞まったアイリスさんが苦しそうな声を漏らし、非難するように私を睨むけど――これは仕方ないのだ。

「アイリスさん、先ほどの注意点、覚えていますか?」

 改めて問うた私の言葉に、アイリスさんの目があっぷあっぷと泳ぐ。

「えっと……深追い禁物、だったか?」

「そうです。基本的に、溶岩トカゲが逃げる先は、人間が入ると危ない場所です。走って追いかけるなんて、厳禁です」

「な、なるほど……?」

 一見すると平らな地面に見えるのに、実は深い泥、しかも高温とかもあり得る。

 溶岩トカゲが普通に移動しているからと、自分たちも同じように歩けるとは考えるべきでは無いのだ。

「と言う事で、慎重に追いかけましょう。既にだいぶ弱っているみたいですし」

 私がアイリスさんと話している間にも、溶岩トカゲは数十メートルほど離れた場所まで移動し、そこで泥の中に身体を半分ほど入れた状態で、動きを止めていた。

 あれは、『安全な場所まで移動したから安心』ではなく、たぶん弱って動けなくなっている状態。

 矢柄やがらの半分ほどが頭の中にめり込んだ状態で、暴れたり移動したりすればどうなるか。想像に難くない。

「むしろ既に死んでそうよね。……もう一発、撃ち込んでみましょうか? 敢えて危険を冒す必要も無いでしょ?」

「そ、そうだな。ケイト、頼む」

「任せて。……っ!」

 ケイトさんが再び放った矢は、今度も溶岩トカゲの目を完璧に捉える。

 だが、その身体は衝撃で僅かに揺れただけで、再度暴れ始める様子も無い。

「ナイス! よっしゃ、回収は俺に任せてくれ!」

 ケイトさんに向かって、ビシリッとサムズアップしたギルさんは、軽い足取りで、しかし慎重に足元を確認しながら溶岩トカゲへと近づいていく。

 多少なりとも熱湯が流れている地面はかなり熱くなっているはずだが、厚手のブーツを履いている事もあり、泥に足を突っ込んだりしなければ、火傷したりする心配は無く、さすがはベテランと言うべきか、危険そうな所はきっちりと避けている。

 だがしかし。

「あっ、そんな不用意に――」

「ずわっちゃあぁぁぁ!!」

 ……言わんこっちゃない。

 溶岩トカゲの尻尾を掴んだその瞬間、ギルさんは叫び声を上げて弾かれたように手を離すと、凄い速度でこちらへと戻ってきた。

「サ、サラサちゃん! 手、手が!」

「はいはい。見せてくださいね」

 手袋を外した手は真っ赤になっていたけど、症状としては軽い火傷だよね。

 これなら、錬成薬ポーションを使うまでもない。

 魔法で出した水で手を冷やし、軽い治癒魔法をかければ、すぐに赤みも引いていく。

 それを見て、ギルさんはホッと息をつくが、横で見ていたアンドレさんは安堵の息を吐きつつも、眉をつり上げてギルさんの頭を小突いた。

「馬鹿野郎、ギル、気を抜きすぎだ。すまない、サラサちゃん。治療費は、必要だろうか?」

「お店に来たのなら、お支払いいただきますが、今回は一緒に仕事をしている状況ですからね。魔法で対処できる範囲なら、不要です」

「すまねぇ。助かった。しっかし……めっちゃ、熱かった!」

「そりゃそうですよ。言うなれば、ひたひたで煮込まれた状態ですよ?」

 泥とお湯という違いはあるけど、高温である事は両方同じ。

 そんな場所に半分程浸かっている状態の代物が、熱くないはずがない。

「柔軟グローブは丈夫ですけど、断熱性は無いですから」

「氷牙コウモリの牙も通さねぇし、大丈夫かと思ったんだけどな」

「いえ、目的が違いますから」

 氷牙コウモリの牙は刺さりさえしなければ凍らないので、別に極低温を断熱して対処しているわけじゃないのだ。

 断熱用には断熱用の手袋があるので、それを利用しないとダメ。

 もっとも、指先の細かい動きとかが必要ないのなら、高価な錬成具アーティファクトを買わずとも、鍛冶屋さんが使うような厚手の革手袋で大丈夫だとは思うけどね。

「なるほど。今度は俺が行こう」

 次に向かったのはグレイさん。

 採集者としての経験的にはギルさんと同じはずなんだけど、少々無口故か不思議と、安心感と安定感がある人。

 アンドレさんが表の支柱、ギルさんをムードメーカーとするなら、グレイさんは土台。

 そして今回も、先ほどのギルさんを見ていたグレイさんはしっかりと学習していた。

 今つけている柔軟グローブの上に、もう一つ手袋をつけ、更に厚手の革袋まで用意して、それ越しに溶岩トカゲの尻尾を掴むと、ズリズリと引きずって戻ってくる。

「グレイ、大丈夫か?」

「問題ない。サラサちゃん、これはしばらく放置しておけば、冷めるんだよな?」

「はい。身体の内部まで煮えたぎっているわけじゃないので、すぐに冷めると思いますよ」

「なるほど。ケイトぐらいの弓の腕があれば、斃すのは難しくないと言う事だな」

「単独でいる相手なら、ですね。群れを狙ってしまうと、逃げずに襲いかかってくるみたいですから。丸焼きになりたくないですよね?」

 フムフム、と頷くアイリスさんに、私は一応注意点を伝えておく。

 一匹だけならともかく、周囲を囲まれてブレスを吐かれてしまえば、かなり危険。

 溶岩トカゲ自体にはブレスが効かないのだから、相手は誤射を気にする事も無く、ごうごうと吹き続ける事だろう。

 その事を想像したのか、アイリスさんの顔色が少し悪くなった。

「うん、しっかりと留意する」

「ま、一匹だけの溶岩トカゲを狙って、かつ危険場所に逃げられなければ案外簡単に狩れそうってわけだな。それを踏まえて、やってみるか」

 アンドレさんの言葉に、アイリスさんたちも含めて頷いたのだが、溶岩トカゲの大きさと村までの距離を考えれば、持ち帰れる量には限りがあり……。

 結局、もう二匹ほど溶岩トカゲを得た時点で狩りは終了。

 私たちは足早に村への帰途に着いたのだった。

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