011 調査 (3)

 湯気の立ち上る場所を避けつつ、更に一時間ほど山を登ると、そこで遭遇したのは、頭から尻尾の先まで一・五メートルほどもある、赤茶色の巨大なトカゲだった。

 胴体部分は私の腰回りよりも太く、身体の背中部分はゴツゴツとした硬そうな表皮に覆われている。

 かなりの距離を取って歩みを止めたので、向こうがこちらに気付いているかどうかは不明だが、少なくともそのゆったりとした動きからは、警戒している様子は感じられない。

「結構、でかいトカゲだな? サラサちゃん、あれは何だ?」

「あれは、“溶岩トカゲ”ですね。別名、“サラマンダーモドキ”です」

「おぉ、店長殿、なんか強そうな名前だな!」

 なんだか嬉しそうに言うアイリスさんに、私はつい、苦笑を漏らす。

「溶岩の中で泳いでいたという言い伝えがあるんですが……」

「え、マジで? そんなに熱に強いのか?」

「いえ、たぶん、嘘だと思いますよ」

 振り返り、驚いた顔で私を見るアンドレさんに、私は首を振った。

 火山地帯では、赤いお湯が噴出している場所もあるので、そこで泳いでいたのを見間違えたんじゃ、というのが私の予想。

 ただし、かなり熱に強いことは間違いないようで、熱湯をかけたぐらいでは死なず、炎系の魔法にもかなりの耐性がある。

 逆に寒さは極端に苦手で、春先程度の気温でも身動きが取れなくなるらしい。

 つまり、ここのように一年中地面が暖かい場所こそ、彼らの好適環境なのだ。

「やはりヘル・フレイム・グリズリーはいないようですね」

「あの溶岩トカゲ? あれが追い出したのか?」

「そんなに強いのか? あのトカゲが」

「いえ、強くはないんですが、硬いんですよね、結構」

 背中側だけではあるけれど、ヘル・フレイム・グリズリーの爪をはじき返すほどには頑丈な表皮を持っているのだ。溶岩トカゲは。

「その上、炎も吐きますし、熱に対する耐性はヘル・フレイム・グリズリー以上ですから……」

 溶岩トカゲ、ヘル・フレイム・グリズリー共に主食である火炎石は、地熱の高い場所に多く存在する。

 例えば、熱湯が噴き出している場所や、場合によっては溶岩が噴出しているような場所。

 さすがに溶岩トカゲも、名前とは違って溶岩の中に入る事はできないが、熱湯程度なら十分に耐える事ができる。

「つまり、ヘル・フレイム・グリズリーが食べられる場所にある火炎石は溶岩トカゲも食べられるが、その逆は不可能って事か?」

「そういう事です。それでいて、溶岩トカゲはヘル・フレイム・グリズリーが簡単に駆逐できるほどに弱くは無いですし、熱泉の場所に逃げてしまえば、手出しができなくなるわけで」

「生存競争に負けて、ヘル・フレイム・グリズリーの狂乱が発生した、って事ね」

「はい、多分そうじゃないかと」

 道中で拾うことができた火炎石の少なさも、その仮説を補強している。

 疑問点を挙げるなら、なんで溶岩トカゲが増えたのか、もしくはどこか余所から移動してきたのかって事だけど、魔物の生態に関してはよく判ってないからねぇ。

 普通の動物と同じように生殖活動をして増えるとも言い切れないみたいだし、そこをあんまり考えても無駄かな? 錬金術師に必要なのは、魔物から得られる素材を利用する事で、魔物の生態調査じゃないし。

 そちらの研究に入れ込んでも、お金にはならないからね。

「つーことは、これで調査は終了って事になるのか? 微妙にすっきりしねぇけど」

 ギルさんの言葉に、アンドレさんも頷く。

「結論としては、狂乱の原因は溶岩トカゲ。再び狂乱が発生する確率は、かなり低い、ってところか」

「ですね。ヘル・フレイム・グリズリーもいないようですし。――その代わり、素材も手に入らなくなったわけですが」

 大樹海は広いので、他にも生息地はあるようだけど、ヘル・フレイム・グリズリーの大きさを考えると、狩りに行くのはちょっとキツい。

 ここまで来るのにも数日必要なのだ。

 錬金術師が同行するならともかく、ここより遠い場所となると、採集者だけではまともな品質で持ち帰れる部位など、限られるだろう。

「ん? もう終わりなのか? ここから上の調査は不要なのか? 山頂まではまだあるぞ?」

 アイリスさんの言う通り、この場所は、中腹を少し越えた辺り。

 調査範囲を言うなら、ごく僅かでしないんだけど――。

「それは止めた方が良いでしょうね。溶岩トカゲが、なぜ“サラマンダーモドキ”と言われているか。誰か、ご存じですか?」

 私の問いに全員が顔を見合わせ、首を振る。

「そう訊くって事は、溶岩トカゲが熱に強かったり、炎のブレスを吐いたりする事以外に、よね?」

「はい。それなりに重要な情報なので、本で調べると大抵は載っている事なんですが――」

 溶岩トカゲとサラマンダー。

 知っていれば見間違える事など無い二者であるが、それでも“サラマンダーモドキ”などと呼ばれているのは、頻繁にこの両者が、同じ場所で目撃されるから。

 何らかの補完関係にあるのか、単なる偶然なのかはよく判っていないが、生息環境が近いヘル・フレイム・グリズリーとサラマンダーの組み合わせが知られていないところを見ると、きっと何か理由があるのだろう。

「つまりは、ナニか? この先に進むと、サラマンダーに遭遇するかもしれねぇと?」

「はい。その危険性があります」

「むぅ……店長殿。さすがに店長殿でも、サラマンダーは斃せないか?」

「少なくとも、今の装備では無理ですね。採算度外視で、がっつりと準備をしてくれば……どうでしょう? サラマンダーを斃そうと思った事が無いので」

 サラマンダーのブレスに耐えられるような防具や、使い捨ての各種錬成具アーティファクトを準備すればどうにかなる、のかなぁ?

 本を読んで危険という事は解っても、強さを数値で表してくれるわけじゃないから、斃せるかどうかなんて、軽々には判断できない。

「私もサラマンダーには対峙した事ありませんし、今度、師匠に訊いておきますね」

 そう答えを出した私に、アイリスさんは少し焦ったように手を振る。

「あ、いや、別に斃しに行きたいとか、そういうわけじゃなかったんだが……」

「えぇ、そうよね。店長さん、サラマンダーが村に襲来したりする事は――無いのよね?」

「無いですね。縄張りから離れる魔物ではありませんから。万が一、この山が噴火して、村が溶岩に飲み込まれるような事があれば別ですが、そうなるとサラマンダーがどうとか言っている場合じゃないですし?」

「そりゃそうだ。俺たちはもちろん、村人全員で逃げ出してるわな! はっはっは!」

「いや、アンドレ、それは笑い事じゃないからな?」

 やや不謹慎なことを言うアンドレさんにグレイさんが顔をしかめるが、アンドレさんは肩をすくめて苦笑するだけである。

「ま、心配しても仕方ねぇことだよなぁ。それで、サラサちゃん、サラマンダーはいそうなのか?」

「たぶん、いますね。探知魔法にかなり強力な反応がありますから。もしサラマンダーじゃなくても、強い魔物である事は間違いありません」

 だからこそ、先に行くのを止めたわけで。

 私の答えを聞いて、アンドレさんは即座に頷いた。

「よし、ここまでだな。さすがに、あの程度の報酬で命は懸けられん。異論は無いな?」

「問題ない」

「当然だろ」

 すぐに同意したグレイさんたちに対し、アイリスさんは頷きつつも一つの提案を口にする。

「私たちも異論は無いが、せっかくここまで来たんだ。店長殿もいる事だし、溶岩トカゲを多少、狩って帰りたいんだが……どうだろうか?」

「そうよね。せっかく泊まりがけで来たのに、収益としては少し物足りない気がするし……?」

 問うようにケイトさんが私の方を見て、小首を傾げる。

 道中、多少は素材を採集できたけど、凄く価値がある物があったかと言えば……微妙だね。

 ヘル・フレイム・グリズリーが狂乱を起こしているんだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど、拾えた火炎石の量もさほど多くない。

 均等に分ければ、追加分が一日分の稼ぎに届くかどうか。その程度でしかない。

 余録だから構わないとも思うけど、もったいないという気持ちも理解できる。

「私は構いませんよ。溶岩トカゲの素材も、確保しておいて損は無いですから。問題は、安全に狩れるか、ですが……皆さん、狩った事は無い、ですよね?」

「私は無いな。見たのも初めてだ」

「俺たちも同じだ。こんな場所までは来ないものな」

「ですよね。なので、最初は私が斃してみますね」

 少し離れた場所で、危機感も無く転がっている溶岩トカゲを指さし、私は解説を始める。

「まず、注意すべきはブレスと尻尾です」

 ブレスは言うまでも無く危険なのだが、尻尾による攻撃も、決して侮れない。

 その尻尾は、普段のゆったりとした動きからは想像できないほど素早く動き、力も強い。

 当たり所が悪ければ、大人の足でもへし折れてしまうほどで、安易に『背後から近づいて攻撃を』などと思っていたら、足を掬われる。

「鋭い爪も一見危険そうですが、通常はそこまで気にする必要はありません。こちらが動けなくなった時に活躍するので、侮っていいわけではありませんが」

 例えば、尻尾の攻撃で足の骨が折れ、逃げられなくなった時。

 太い腕から繰り出される爪の攻撃は、ヘル・フレイム・グリズリーの毛皮すら貫通するようで、多少の防具では役に立たない。

 溶岩トカゲがヘル・フレイム・グリズリーと戦う際は、耐えられる温度や得意な地形の差を利用し、泥状になっている熱泉に誘い込んだりして斃すとか何とか。

「ですので、溶岩トカゲと戦う時は、深追い禁物です。足元に注意しておかないと、思わぬ不覚を取ることになりかねません」

 私たちだって、泥に足を取られている状況で数匹の溶岩トカゲに囲まれ、ブレスや爪で攻撃を受ければ危ない。

 一番良いのは、遠距離攻撃か、槍などの長物の武器を使う方法なんだけど、私たちの武器って、大半が剣なんだよね。

 斃せないことはないけど、向いているとは言い難い。

 私なら魔法で対処できるけど、今回はアイリスさんたちへのデモンストレーションという意味もあるわけで……。

「では、やってみますね。狙うべきはお腹側の少し軟らかい部分。身体の上側はかなり頑丈なので、剣が通りません」

 説明が終われば実践。

 溶岩トカゲの側面に向かって、やや離れた場所から一気に飛び込む。

 ゆっくりと近づいていては、ブレスの餌食。

 相手がこちらに向かって頭を回す前に、素早く剣を振り下ろす。

「この様に、上から攻撃しても――」


 ズバンッ!

 ゴロリ。ビッチ、ビッチ!


「…………と、こんな感じに。なので側面から下腹を狙うか、可能ならひっくり返して攻撃すれば簡単に斃せます」

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