010 調査 (2)

 その日の夕食は、乾燥野菜と干し肉を一緒に煮込んだ物と堅焼きパンだった。

 携帯用魔導コンロに加え、魔法で水を出すこともできるので、とても簡単。

 火起こしすら不要。

 難点はそこまで美味しくないことだけど、十分に食べられるので問題は無し。

「久しぶりですね、こんな食事も」

 思わず漏らした言葉に、ギルさんが片眉を上げる。

「久しぶりっつー事は、サラサちゃん、前は食べてたのか? こんな食事を」

「えぇ。それなりに」

「ん? そうなのか? 店長殿はいつも美味しい物を食べている印象があるんだが」

 肯定した私に、アイリスさんも不思議そうに首をかしげた。

「いえ、ここだけの話、ディラルさんの所が混むようになってからは、いつもこんな食事でしたよ? パンだけは普通のパンでしたけど」

「なに? そうだったのか?」

「はい。ロレアちゃんがそれを見かねて、私のご飯を作ってくれるようになったって感じでしょうか」

 台所ができる前は、私の代わりに買いに行ってくれたり、差し入れをしてくれたりと、結構お世話になっていた。

 アイリスさんが言うような、美味しい食事をいつも食べられるようになったのは、ヘル・フレイム・グリズリーに破壊された台所を直し、魔導コンロを設置して以降。

 それからはロレアちゃんが毎日食事を作ってくれてるから、私の食生活はとても充実している。

 ありがたい事です。

「ほぅ、サラサちゃんは料理が苦手だったのか」

「いえ、別に苦手では。得意とも言いませんけど。単純に、料理よりも錬金術に時間を使いたかっただけです」

「なるほど。サラサちゃんぐらいの歳で店を持つなら、それぐらいの必死さが必要だよな」

「……まぁ、そう、ですね?」

 納得したように頷くギルさんに、私は微妙に曖昧な言葉を漏らす。

 成績トップをキープするとか、錬金術師の資格をとるとか、そっち方面に関しては必死だったけど、お店の方は『偶然が重なって』と言うべきか、それとも『図らずも』と言うべきか。微妙に肯定しづらい。

「ところで、夜の見張りの方はどうする? 二人ずつ、三交代で良いか?」

「魔法でアラートを仕掛けておきますから、見張り無しでも大丈夫ですよ?」

「魔法か……サラサちゃんを信用しないわけじゃないが……」

「不安なら、見張りを置く事自体は反対しませんけど」

 アンドレさんたちの様なベテランの採集者であれば、当然の用心だろう。

 だが、それに対しアイリスさんは、即座に首を振った。

「いや、私は店長殿を信じるぞ!」

「アイリス、あなたは見張りをしたくないだけじゃないの?」

「それもある!」

 あるんだ?

 いや、別に良いんだけど。

「それに、私の見張りより、店長殿の魔法の方がよっぽど信じられるのは、間違いない」

「……一理あるわね。アンドレさんたちはどうします?」

「俺たちは……一応、一人ずつ見張りを出す。サラサちゃん、すまないが、明かりだけはつけておいてくれるか? 暗めの物で良いから」

 少し悩んで、そう結論を出したアンドレさんに、私は頷く。

「構いませんよ。それでは、よろしくお願いしますね」


    ◇    ◇    ◇


 村を出て三日目。

 私たちは事前に設定していた目的地近くまで、大した問題も無く辿り着いていた。

 昨晩こそ、アラートで起こされる事になったが、やってきたのは大して強い魔物でもなかったので、あっさりと処理してすぐに就寝。

 フローティング・テントのおかげもあって、寝不足になることもなく、体調も良い。

「この山に、ヘル・フレイム・グリズリーがいるのか?」

「正確には、いた、ですね。あの群れが、どこか遠い場所から来たのでない限り」

 村の北西にある火山。

 それを見上げて言ったアンドレさんの言葉に頷きつつ、私は少し訂正する。

 私の持つ本では、中腹以上にはほとんど木の生えていないこの山が、最も村に近いヘル・フレイム・グリズリーの生息地とされていた。

 この山に転がっている火炎石がヘル・フレイム・グリズリーの主食……と言うのも少し変だけど、彼らが生存するために必要とする物。

 これが無ければ生きていけない彼らは、通常、生息地を離れる事は無い。

 だが、何らかの理由でそこを離れざるを得なくなった場合に発生するのが、あの狂乱である。

「山が崩れたとか、そういう様子は無いわね」

「私たち、元の山の様子なんて知らないけどな。煙は噴いているが……噴火している様子も無い」

「なぁ、サラサちゃん、いきなり爆発したり、しねぇよな?」

「無いとは言い切れませんが、たぶん大丈夫ですよ。よほど運が悪くなければ」

 エリンさん経由で村長さんに訊いてみたところ、少なくとも村長さんの人生の中では、村に影響があるような噴火は起きていないみたいだし。

 小規模な物に関しては判らないから、そこはやっぱり運なんだけどね。

「運か……。私はあまり自信が無いな」

「先日、死にかけたところだものね。でも助かってるんだから、悪運はあると思うわよ?」

「運なら大丈夫だろ。俺たちにはサラサちゃんがいるからな」

「私、ですか? 私、運が良いですか?」

 アンドレさんの言葉に、私は首をかしげる。

 両親が盗賊に殺されたことは、運が悪い。

 入った孤児院が悪くない場所だったのは、運が良い。

 錬金術師になれた事は……運じゃなくて、実力と思いたい。

 でも、師匠のお店には入れた事は、幸運かも?

 師匠のお店の前に張ってあった求人を見つけたのも、たまたまだったから。

 ヨック村の人たちは、ロレアちゃんを筆頭に良い人が多い。

 トータルで見ると……私の運、ほどほど?

 そんな事を考える私に、アンドレさんは苦笑して首を振る。

「いや、運が良い。サラサちゃんが村に来てくれたわけだからな」

「その上、ヘル・フレイム・グリズリーの狂乱があっても、大した怪我も無く生き残っている」

「そうそう。滅茶苦茶、運が良いよな、俺たち」

「そう言っていただけると……少し嬉しいですね」

 頷き合うアンドレさんたちに、思わず頬がほころぶ。

 良い出会い、そう思われているって事だから。

「それじゃ、その運に期待して、登ってみるとするか」

「そうですね。あ、目的はもちろん原因の調査ですから、何かあっても下手に手を出さないでくださいね? ヘル・フレイム・グリズリーを追い出す何かがいる危険性が高いのですから」

 一応は、と注意を喚起した私に、アンドレさんたちは神妙に頷き、山を登り始める。

 まともな道は無いものの、さほど険しい山でもなく、半日ほども草木をかき分けて登り続ければ、やがて中腹を越え、周囲から植物の姿が消える。

 地面もほんのりと温かくなり、所々湯気を上げている場所も目に入り始める。

「この辺りから、火炎石が落ちていますから、見つけたら拾っておいてください。後ほど、精算しますから」

 この辺りにあるのは小さい物なので、さほど高価ではないけれど、それでも錬金術の素材故に、決して安い物ではない。

 ここまで来て拾わないなんて勿体ない、と言った私に、アイリスさんが少し困った様な表情を見せる。

「店長殿、私は火炎石を見た事が無いのだが……」

 他の人の顔も見てみれば……うん。普段見る機会が無いなら、仕方ないかな?

「えっと……これが火炎石です」

 私は周囲を見回し、やや小さいながらも一つの火炎石を見つけて拾い上げる。

 赤黒く、光沢があり、握ればほんのりと温かい石。

 遠目ですぐに見つかるほど目立つわけではないが、慎重に観察してみれば、素人でも十分に見分けが付く。

 見た目通りにかなり硬い石で、金槌を使わずに砕くのは難しく、当然、普通の人間が噛み砕く事なんて不可能。

 ヘル・フレイム・グリズリーはこれをバリバリと食べて生きているというのだから、魔物というのは不思議である。

 年を取って歯が弱くなるとか、ないのかな?

「通常は、地面が熱い場所に多く転がっているようですね」

「へぇ。じゃあ、あの湯気が出ている場所に――」

「待った!!」

 その場所に、軽い足取りでひょいひょいと向かおうとするギルさんを、慌てて制止。

「ギルさん、その前に、私の説明を聞いて行ってください」

「お、おぅ……」

「あの湯気が出ている場所は確かに高温なんですが、その周囲に一息で意識を失う毒ガスが漂っていたり、唐突に超高温の蒸気や熱湯を噴き出したりすることもあります」

 しかも、毒ガスは目に見えないし、熱水が噴出する予兆も感じられるとは限らない。

 大半の場所は問題ないんだけど、稀には危険な場所もあるわけで。

 私も専門家じゃないから、どこが危険かなんて判らないし、安全かどうかは完全に運だよね。

「と、いう事で……、どうぞ行ってください」

 さぁ、と近場の湯気が出ている場所を指さした私に対し、ギルさんは慌てて首を振る。

「いや、その説明を聞いたら行かねぇよ!? いくら俺でも!」

「当然だ。ギルが行くと言っても、俺が止める」

 残念。火炎石はあまり手に入らないようだ。

「店長さん、それに対処できる錬成具アーティファクトは無いの?」

「ガスの方は一応、個人用のを一つだけ持ってきています。蒸気の方は“耐熱スーツ”という物があるんですが、まだ作ってないんですよね」

 防毒マスクは小さい物なのでさっさと作ったんだけど、耐熱スーツは、錬金術以前に、全身をすっぽりと覆う革製の服が必要なので、保留中だったのだ。

 師匠のお店だと、こういった物は別途専門の職人が作ってたんだけど……このあたりの外注が難しいのが、田舎の欠点だよね。

 しかも、耐熱スーツって、微妙に使い道が乏しいし。

 熱湯や蒸気には耐えられても、炎のブレスなどに耐えられるほどじゃないし、全身を覆っている関係で、動きづらい。

 その上、冷却機能を追加しなければ、中は蒸し風呂状態になるのだから、本当にこんな場所ぐらいでしか、必要性がないのだ。

「つまり、危険を回避する方法は無いという事か」

「なら今回は、安全な範囲での採取に止めておきましょ。どうしても必要なら、それらの錬成具アーティファクトを準備してまた来るという事で。店長さんも、いいわよね?」

「はい、構いませんよ。道中の採集は、どちらかと言えば、皆さんの報酬が増えるかどうか、ですからね」

 今回、道中に採集した素材は全て私が買い取り、その買取額を、私も含めた人数で分割する予定になっている。

 でもそちらは、どちらかと言えば余録で、金額としてはさほど大きくない。

 本来の報酬は、村から支払われる金銭で、私には薬草畑の提供がある。

 私からしても、いろいろな物を作りたいので素材の種類は欲しいけど、量はさほど重要じゃないんだよね。

「じゃあ、安全そうな場所を歩いて、そこにある物を拾っていくだけで良いんだよな?」

「ですね。向かう先は……私の探知魔法に反応があった方へ向かってみましょうか」

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