013 薬草畑 (1)

 家に帰ってくると、隣に立派な囲いができていた。

「……あれ?」

 面倒なエリンさんへの報告はアンドレさんたちに押しつけ――もとい、お願いしてロレアちゃんの顔を見るべく早く戻ってきたんだけど……。

 いやいや、もちろんアンドレさんたちに頼んだのには、理由はあるんだよ?

 報告すべき事がほとんど無い上に、私と違ってアンドレさんたちは、エリンさんの所へ報酬の受け取りに行くわけで――。

「あ、もしかしてこれって、私の報酬……?」

 現金が報酬であるアンドレさんたちに対し、エリンさんが私に提示したのは、薬草畑(世話人付き)。

 畑の囲いにしてはずいぶんと立派――私の身の丈よりも高く、人が入れる隙間も無い――だけど、柵の隙間から中を覗けば、そこのあったのは確かに畑っぽい物。

 大部分はまだ草が生えた状態ながら、三人の男性が地面を耕して、畑作りに勤しんでいる。

「……サラサさん?」

「あ、ロレアちゃん!」

 後ろからかけられた声に振り返れば、そこには訝しげな表情を浮かべたロレアちゃんの姿が。

「お帰りなさい。無事に帰ってきて、安心しました」

「うん、ただいま! ありがとう、みんな、怪我は無いよ。――じゃなくて! えっと、これは何?」

「畑ですね。お仕事の報酬って聞きましたけど?」

「うん、そうなんだけど……思ったより広いし、なんだか凄く立派な囲いが……」

 この村にある畑、多少は獣よけの柵があったりするけど、少なくともわたしが知る範囲で、こんな頑丈な柵で囲まれた畑なんて存在しない。

 先日のヘル・フレイム・グリズリー以降に、森との境に新設された柵ほどではないにしても、この頑丈さはそれに近い物がある。

「獣避けかな? 私の畑だから、頑張ってくれた?」

「それですか。それは獣避けよりも、人避け……はっきり言ってしまえば、不埒な採集者避けですね」

 腕組みをして、うむと頷きながらそんな事をロレアちゃんが言う。

 た、確かに、採集者からすれば、森に入らずとも目の前に価値のある薬草が生えているわけで。

「……いや、さすがにウチの隣にある畑から薬草を盗んでいく? 普通」

 いくら何でも、畑から盗んできた薬草を『買い取ってくれ』とウチの店に持ち込んだりはできないよね?

「サラサさん、普通の人は作物泥棒なんてしません。今、この村にいる採集者の皆さんは良い人が多いですが、昔、この村が採集者で賑わっていた頃は、畑から作物が盗まれる被害もあったようなんです。私は生まれていませんでしたけど」

「そ、そうなんだ……?」

 いや、私だってそういう不心得者が皆無とは思わないけど、こんな小さな村でそんな事をすればどうなるか。解りそうなものだけど。

「まぁ、その泥棒は村人と他の採集者も加わって、ボコボコにして叩き出したみたいなんですけど」

「う、うん……そうなるよね、やっぱり」

 この村の畑は小規模な物ばかりなので、村のすぐ傍か村の中にあるわけで。

 誰にも見つからずに盗むなんてまず無理だろうし、人口も少ないのだから、訊いて回れば犯人なんてすぐに見つかる。

 しかも、役人もいない小さな村では、村長さんが最高権力者。

 幸いこの村の村長さんは、やや頼りないところはあっても善良な人だけど、村によってはきちんとした調査がされるかすら保証されないのだから……その犯人、ボコボコにされても生きて村を出られたのなら、御の字かもしれない。

「滅多に起こる事じゃないですけど、ここは村の外れですし、薬草を全部盗まれて、その足でサウス・ストラグへ逃亡とかされると困るので、頑張ったみたいですよ」

「そっか。まぁ、私としては、安心できるから、ありがたいんだけど」

 少し盗まれるぐらいならともかく、ごっそりやられてしまうと種も採れなくなって困るから。

 貴重な薬草を植えたりしたら、魔が差してしまう人がいないとも限らないか。

 場合によっては、私も防犯設備の設置を考えるべきかもしれない。

「詳しい事はエリンさんが説明に来ると思いますが……マイケルさん!」

 ロレアちゃんが声をかけると、作業をしていた人たちがこちらを振り返り、軽く手を上げて作業を止め、こちらへ近づいてきた。

 あ、男性が三人かと思ったら、一人は女性だ。

 つばの大きい麦わら帽子をかぶって、こちらに背を向けていたから判らなかったけど。

「サラサさん、こちら、マイケルさんとその奥さんのイズーさん、それにお兄さんのガットさんです」

 ガットさんはかなりがっしりとした体格で、日に焼けたその肌の色は、如何にも農家の人という感じ。

 食事に関してはロレアちゃんに任せっきりだから、私が野菜を買いに行く機会は無いんだけど、農作業をしている時に挨拶をした記憶はある。

 それに対し、ガットさんの弟だというマイケルさんは細めの体格で、一見すると兄弟とは思えないほど。少なくとも農家じゃないよね?

 イズーさんも村の女性特有のとは一線を画し、健康そうではあるものの、農作業をしている人の力強さとはほど遠い。

「ガットさんはお見かけした事がありますが、マイケルさんとイズーさんは初めまして、ですよね?」

 ちょっと自信は無いけど、広くないこの村。

 さすがに一度も見かけていない人というのは……あんまりいないはず。

「はい、僕たち夫婦は最近、この村に戻ってきましたので……」

「あぁ、やっぱりそうなんですか。お二人で……えっと……」

 農村から出ていく人の事情は大抵一つ。

 家業を継げない次男、次女以降が、村の中で結婚もできずにお仕事を求めて大きな町へ向かうパターン。

 グレッツさんの様に、何らかの職業に就きたくて村を出る人もいるけど、そんなのはかなりの少数派。

 やむにやまれずに村を出る人が多いわけで……そんな人がこの村に帰ってきた理由、訊いちゃまずいかな……?

 ――などという、私の逡巡をぶった切るように、ロレアちゃんが遠慮無くぶっちゃける。

「マイケルさんは、サウス・ストラグに出ていたんです。そこでイズーさんと結婚したみたいですけど、あんまり良いお仕事には就けなかったみたいで。簡単に言うと、出戻りですね!」

「ロ、ロレアちゃん……」

 本当に身も蓋もないロレアちゃんの言葉に、マイケルさんが泣きそうな表情になり、傍に立つイズーさんも苦笑を浮かべている。

 そんなマイケルさんの背中を、お兄さんらしいガットさんが、ドンッとどやしつけた。

「本当の事じゃねぇか! 結婚したっつーから、祝いに行ってみりゃ……まともに稼げねぇのに、結婚してんじゃねぇよ。たまたまエリンさんから話があったから助かったが、どうするつもりだったんだ、お前?」

「うぅ……それは……感謝しています。エリンさんにも、兄さんにも。あ、もちろん、サラサさんにも!」

 何でも、町に出た弟が結婚したと聞いたガットさんは、『無事に成功したのか!』と喜び勇んで、サウス・ストラグまでお祝いに出向いたらしい。

 だけど、そこにいたのは、日々ギリギリで生活している弟と義妹。

 一応、二人とも仕事には就いていたので、困窮と言うほどではなかったみたいだけど、将来の展望は全く見えない状態。

 とは言え、村で細々と農家をしているガットさんに援助ができるほどの余裕があるはずもなく、その時は結婚のお祝いを置いて帰るしかなかったようだ。

「そんな状態で、どうして結婚を?」

 アタックしたのはマイケルさんみたいなので、イズーさんに、何で受け入れたのかと訊いてみれば――。

「この人は、私が支えてあげないとダメになっちゃう気がして……」

「「うわぁ……」」

 困ったような表情ながら、どこか嬉しさを感じさせるイズーさんの言葉に、私とロレアちゃんは思わず声を揃える。

 これ、ダメなパターンだ!

 甲斐性無しを支える妻。

 一見美しいけど、どっちも幸せになれないヤツ!

「この調子だろ? まさかほっとけねぇし、俺からエリンさんに頼み込んだってわけだ」

 弟夫婦の状況に、『どうしたものか』と悩んでいたちょうどその時、エリンさんが薬草畑で働く人を探しているという話を聞きつけ、ガットさんは慌ててエリンさんに頭を下げ、マイケルさん夫妻を呼び戻したらしい。

 普通、村で新たに畑を増やすなら、そのために必要なコストは全部自分で負担しなければいけない上、作物ができるまで食いつなぐための生活費も必要になる。

 それが今回、私への報酬として作られる薬草畑という事から、畑を作るための費用は全て村持ち、更には収穫まで生活できる程度の賃金がエリンさんから支払われるらしく……まぁ、かなり良い条件である事は間違いない。

「お兄さん……良い人ですねぇ……」

 ため息をついたガットさんに、わたしはしみじみと頷いてしまう。

 家を出た兄弟の事なんて知らない、むしろ邪魔だから追い出したい、みたいな家もあったりするのに、わざわざ骨を折ってあげるんだから。

「へっ。そんなんじゃねぇよ。こいつはともかく、せっかくできた義妹を不幸にするわけにはいかねぇだろ? 金はねぇが、できる範囲なら手助けしてやるさ」

 などと、少し照れたように鼻を掻きながら言うガットさんだけど、今やっていた土起こしも、自分の畑の作業を終えてから、わざわざ手伝いに来たらしい。

 夏場の農作業なんて、ただでさえ大変なのに――。

「暑い中、お疲れ様です」

「夏だから仕方ねぇ。それでも、今年はずっと楽だぜ? サラサちゃんの冷却帽子があるからな。それが無けりゃ、こいつなんか既に倒れてるだろうさ!」

 そう言って、マイケルさんを小突くガットさん。

 小突かれたマイケルさんの方も、自覚はあるのか苦笑を浮かべつつも頷く。

「はい、本当に助かっています。――この帽子も借り物なんですけど」

「私もこんな真夏の農作業、これが無かったらとてもじゃないけど……まさか、こんな田舎の村人が、普通に錬成具アーティファクトを持っているなんて――あっ、ご、ごめんなさい!」

 紛れもない事実をポロリと漏らしたイズーさんが、口を手で押さえ、慌てて謝る。

 だが、ロレアちゃんとガットさんは、特に気にした様子も無く、首を振った。

「田舎なのは間違いないですから。これでもサラサさんが来てから、少しマシになりましたけど……」

「だよなぁ。冷却帽子にしても、サラサちゃんのおかげで手に入っただけだしな。二人とも、サラサちゃんに感謝しろよ?」

「もちろんです」

「えぇ、話は聞いてる。えっと、サラサさん、私が帽子を持ち込んでも大丈夫?」

「はい。村人なら誰でも。こちらに移住するんですよね?」

「もちろん。――やった、オシャレな冷却帽子が手に入る」

 イズーさんは深く頷き、小さな声でそんな言葉を漏らす。

 今イズーさんが被っているのは、この村の農家が一般的に使っている麦わら帽子型なので、街育ちのイズーさんとしては、もうちょっとオシャレがしたいのかもしれない。

 私としても、そんなイズーさんが少しオシャレな帽子を持ち込んでくれて、商品のバリエーションが増えるのは歓迎すべき事なので、逆にありがたいぐらい。

 さすがに村人に二つ目の需要はほとんど無いだろうけど、グレッツさんには売れるかもしれないしね。

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