008 回復と依頼 (2)
「まぁ、そのカーク準男爵というのがダメな領主というのは解りました。それで、エリンさんの依頼というのは? ――すでに予想はついていますけど」
「ですよね、ここまで話せば。そうです。ヘル・フレイム・グリズリーの狂乱の原因調査です」
「やっぱりですかー。う~ん……」
困った様子のエリンさんは可哀想だと思うけど、これってどう考えても錬金術師の仕事じゃないよね?
少なくとも、学校で習った仕事には含まれていないし、師匠もそんな事していなかった。
こういった村の錬金術師なんて、ただでさえ医者の真似事や、ちょっとした知恵袋的な役割まで求められたりするのだ。
これ以上、何でも屋みたいな状況になるのは避けたいんだけど……。
そんな私の躊躇いを見て、エリンさんはアイリスさんの方へ顔を向ける。
「アイリスさんたちはいかがでしょうか?」
「う~む、協力したいという思いはあるのだが……」
アイリスさんは言葉を濁し、ケイトさんに視線を向ける。
その視線を受け、ケイトさんは頷いて、口を開いた。
「エリンさん、依頼という事は報酬が出るのよね?」
「はい、それはもちろん。依頼の達成に掛かる時間次第ではありますが、普段皆さんが稼いでいる額の二倍程度を日数分、頑張って捻出したいと思っています」
泊まり込みになる可能性を考えれば、報酬としては妥当。
でも、危険性を考えれば少し安いかも。
ただ、アイリスさんやアンドレさんの稼ぎは、この村の採集者では多い方なので、この村の経済状態を考えれば、そのあたりがギリギリの線だろう。
「ただ、あまり余裕は無いので、できれば一週間以内に戻ってきていただけると助かります」
申し訳なさそうにそう付け加えるエリンさんに、アイリスさんは深く頷く。
「ふむ。私はそれで請けても良いと思うが、ケイトはどうだ?」
「私も構わないわ。ただし、店長さんが請けるなら、と言う前提があるけど。私たちだけじゃ、力不足だもの。ヘル・フレイム・グリズリーが縄張りから追い出されたんでしょ? つまり、同等以上の敵と遭遇する危険性があるって事なんだから」
「だよな。一匹ぐらいなら、逃げ帰る事もできるかもしれないが……」
言葉を濁し、アイリスさんが腕組みをして唸る。
「エリンさん、店長さんの報酬は、何を考えているの? はっきり言って、村が払える額じゃ、店長さんは動かせないと思うけど」
エリンさんを見て、こちらにもチラリと視線を向けるケイトさんに、つい私は苦笑を漏らしてしまう。
実際、お金はあんまり魅力的じゃないしね。
そもそも村にある現金、私が払った物が大半だし、どのくらい余裕があるかも何となく判っている。
私を動かすのであれば、下手にお金を積むより、ロレアちゃんを動かして、泣き落としをする方がむしろ効果的。
もちろん、そんな事をされたら、エリンさんと私の間には大きなしこりが残ることになるわけだけど。
「はい、それはもちろん考えてきました。サラサさんには、薬草畑とそれの世話をする人、それで如何でしょうか?」
「薬草畑……?」
影の村長は伊達ではなく、それは私にも予想外の提案だった。
具体的には、この村の一般的な農家が持っているのと同じぐらいの広さの畑。
それをこの家の隣に作り、その畑を私がこの村にいる限り、世話をする人と共に提供してくれる、という事らしい。
ヘル・フレイム・グリズリーのおかげで荒らされてしまった裏庭の薬草畑、あれもまだ完全には復活していないから、それはある種、ありがたい申し出ではある。
畑の手入れをする時間もあんまり取れていないし……。
考え込む私に、エリンさんは手応えを感じたのか、笑みを浮かべて指を二本立てた。
「ただ、二点。提供する人材には薬草に関する知識がありませんので、サラサさんには薬草の育て方を教授して頂きたいということと、できた薬草の二割は育てた人の取り分として欲しいのです。いかがでしょうか?」
ほうほう。
私にもメリットはあるけど、村にもメリットがある方法を考えてきたわけか。
さすがエリンさん。
この村で可能な範囲で、よく考えてある。
ケイトさんも少し驚いたような表情で、感心したように声を上げた。
「……なるほど。考えましたね」
「ん? どういうことなんだ?」
「つまり、店長さんから薬草栽培のノウハウを教えてもらえるなら、畑と人手を提供しても元が取れるって事でしょ。自分たちで薬草畑を増やす事ができるようになるんだから」
農家による薬草栽培が一般的でない理由はいくつかあるけど、この村で周辺の森に自生している薬草を育てるのであれば、少なくとも気候的な問題に関してはクリアできる。
もちろん、それですんなりと成功するほど薬草栽培は簡単じゃないけど、問題が一つ解決するだけでも、結構大きい。
その上、薬草は重量単価が高いので、消費地から遠い村で作り、輸送コストが上乗せされたとしても、産業として成り立つ可能性は高い。
しかし、やはり問題は残る。
「エリンさん、一応言っておきますが、多くの薬草は下処理をしなければ長期保存はできませんよ? 私も薬草の下処理だけにかまけていることはできませんし、この村に錬金術師がいなくなった場合、産業としては成り立たなくなりますからね?」
「はい、それはもちろん考えています。メインの産業にするつもりはありませんし、その場合は日持ちをする薬草だけを栽培するようにします」
う~ん、それなら良いのかな?
畑一つから始めるなら、状況次第で方針転換も容易だし、仮に栽培が上手くいかなくても、世話をしてくれる人の給料ぐらいなら、私が負担できる。
一気に投資して、この村の産業が壊滅したとかなったら、私も寝覚めが悪いしね。
私としては、農家の畑の一角に、薬草コーナーを作るぐらいがちょうど良いと思うけど。
少し悩む私に、エリンさんは私の顔色を窺うように、もう一つの希望を口にする。
「――厚かましいお願いをするなら、素人でも可能な下処理を教えて頂ければ、とてもありがたいですが」
「そう……、ですね。“素人でも可能”というのは無理ですが、“錬金術師じゃなくても可能”というものなら、かまいませんよ。真面目に学ぶ事が前提ですが」
「ありがとうございます! それでは、お仕事を請けていただけるのですね!」
「む……そういう事に、なるでしょうか」
笑顔で私の手を握ってくるエリンさんに、私はちょっと唸って、頷く。
少し乗せられた感じがしないでもないけど、ご近所への協力の範疇かな、このぐらいなら。
都会とは違うわけだし、お付き合いは大事だから。
「ただし、出発に関しては、少し先になると思いますよ? アイリスさんたちも、そしてアンドレさんたちも回復したところでしょうから」
「はい、それはもちろん構いません。よろしくお願いいたします」
エリンさんはにっこりと微笑み、深々と頭を下げた。
◇ ◇ ◇
エリンさんから仕事を受けて五日後の朝。
私たち六人は、私の先導で大樹海の森の中を進んでいた。
「サラサちゃん、方向はこっちで良いのか?」
「はい、問題ありません。おそらく」
ヘル・フレイム・グリズリーの調査と言っても、私たちには痕跡を辿るような技術は無いし、そもそも今更そんな物を探したところで、残っているはずも無い。
かと言って、人海戦術で広範囲を調べられるような時間も人数もいないわけで。
そこで私が取った手段は、情報収集。
アイリスさんたちの準備期間を利用して、私は師匠の伝で大樹海に関する書籍を取り寄せ、そこからヘル・フレイム・グリズリーが生息していると思われる場所を割り出したのだ。
元々、採集者の話などで大まかな場所は判っていたけど、場所が場所だけに、まかり間違って変な場所に足を踏み入れてしまっては、命が危ない。
大樹海の奥とは、そういう場所。
それ故、事前調査で、できる限りの地理と情報を入手しておくことは重要なのだ。
「皆さんは、どの辺りまで入った事がありますか?」
「私たちはごく浅い場所――毎日、店長殿の所に戻っている事から判ると思うが、その程度の時間でいける範囲だな」
「そうね。採取作業をする時間を考えれば、かなり浅いわね」
だよね。
少なくとも、私の家に住むようになって、帰ってこなかった日はないし、森の縁から歩いて数時間までの範囲、って感じかな?
「俺たちは、もう少し深い場所だな。たまには一泊することもあるし。なぁ?」
そう同意を求めたアンドレさんだったが、ギルさんとグレイさんはあっさりと否定する。
「ごくたまにじゃん。俺たちも、アイリスちゃんたちと、大して変わらねーよ」
「アンドレ、見栄を張るな」
「ぐ……良いじゃねぇか、ちょっとぐらい格好つけてもよ!」
ギルさんとグレイさんに、ポンポンと肩を叩かれ顔を赤くしたアンドレさんが叫ぶ。
「まぁまぁ。それでも多少経験があるだけで違いますから。やはり、ベテランの経験は頼りになります」
特に森の中での野営とか、私も学校の実習でやったぐらいで、あんまり経験が無い。
そんなことを言った私に対し、アンドレさんは少し気まずげに、頭を掻く。
「お、おう。けど実際、ベテランつっても、低いレベルの中でのベテランだからなぁ……」
村の中では上位に位置するアンドレさんたちだが、回収してくる素材はワンパターンと言えば、ワンパターン。
氷牙コウモリの牙に手を出していなかったように、絶対的な知識が足りていないのだ。
けど、それも仕方が無い部分もある。
アンドレさんたちの一つ上の世代、村に錬金術師がいた頃の採集者であれば、それなりに森の奥に入りいろいろな素材を回収していたらしいけど、錬金術師がいなければ、売れる素材にも制限が掛かるわけで。
危険な森の奥まで、売れるかどうかも判らない素材を取りに行くことはリスクが高すぎるだろう。
「せっかくの機会なので、売れる素材をお教えしますよ。上手くすれば、収入二倍ぐらいは堅いですよ?」
「おう、それはありがたい。よろしく頼むな!」
「任せてください!」
嬉しそうに笑うアンドレさんたちに私は頷き、ぐっと親指を立てた。
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