007 回復と依頼 (1)
「あ、そういえばサラサさん。少し話は変わりますが、エリンさんが『落ち着いたら、サラサさんにお話が』と言っていましたよ?」
「エリンさんが? 何だろう……」
ロレアちゃんの言葉に、私は首を捻る。
数日前、ロレアちゃんが村の中を歩いていたら、『伝えておいて』と声をかけられたらしい。
ちょっと引きこもり気味な私に比べると、ロレアちゃんは食材の買い出しなどで頻繁に村を歩いているから、伝言しやすいのは解る。
でも、村長の娘であるエリンさんが話があるとか、なんだか厄介ごとの香りが。
「も、もしかすると、冷却帽子で村が潤っている事へのお礼かもしれませんよ? いつもお世話になってます、みたいな」
私の表情が少し曇った事を見て取ったのか、ロレアちゃんがそんな事を言ってくれるけど……。
「でも、お礼なら、『落ち着いたら』なんて言わない気がしない? アイリスさんたちはダウンしてたけど、お店は普通に開けていたんだし」
「……ですよね」
ちょっと苦しいフォローだった事はロレアちゃんも認識していたのか、私の言葉にため息をついて、頷く。
「エリンさんは、こんな村では珍しいぐらいのやり手よね。こう言っちゃなんだけど、村長さんよりも」
「うむ。あれは、もっと大きな村、もしくは町の舵取りも任せられる器だな」
「この村も、表に出るのは一応、村長ですが、実質的にはエリンさんが取り仕切ってますから」
「だよね~。面倒事じゃないと良いんだけどね」
微妙に期待薄。
「……ま、エリンさんが来てから、また考えよ。棚上げ、棚上げ」
せっかく、ロレアちゃんの作ってくれた美味しい料理が並んでいるのだ。
今はこれを楽しもう。
私は一つため息をつき、料理に舌鼓を打つ事にしたのだった。
◇ ◇ ◇
「はっ! せい!」
「ぬ! やっ! くっ!」
翌日の早朝、まだ暑くなる前の時間帯を使って、私とアイリスさんは剣の訓練を行っていた。
私とアイリスさんを比べるなら、単純な剣の腕前で言えば私が勝り、素の体力面では、体格の違いもあって、アイリスさんが勝る。
ただ、実際に戦うとなると、身体強化が可能な私が大幅に有利。
アイリスさん以上の筋力と素早さを手に入れられるのだから、それも必然。
更に実戦ともなれば、私には師匠からもらった高品質な剣と自前の魔法があるので、比べるべくもない。
「そこ!」
「ぐぬっ!!」
カラン。
私が切り上げた剣にはじかれ、アイリスさんの手から剣が飛び、地面に転がる。
即座に突きつけられた剣にアイリスさんは一瞬動きを止め、大きくため息をついて力を抜いた。
「はぁ……。やはり、店長殿にはかなわないな」
「少し体力や筋力が低下していますね。動きに切れがありませんし、一週間前なら剣をはじかれる事も無かったと思いますよ?」
学校での剣術の授業で言うなら、アイリスさんの腕前は、半分より上。
決して弱いわけではないけれど、一応でも学年一位だった私には劣る。
そんな私のレベルが一般的に見てどのくらいかと言えば……どのくらいなんだろう?
学校の先生には当然勝てなかったし、師匠には簡単にあしらわれるレベル。
弱いとは思わないけれど、毎日訓練している兵士より強いって事は無い、よね? たぶん。
数値として計れるものじゃないから、案外どのぐらいの腕前かなんて判らないよね、こういうのって。
まともな指導を受けていない盗賊よりは強いと思うけど……。
王都では闘技大会なんて物も開催されているみたいだけど、私には縁が無かったからねぇ。
優勝賞金は魅力的でも、まさか優勝できるとは思えなかったし、怪我をして学校を休んだりしたら本末転倒。
錬金術師の資格が取れなければ、お金を貯める意味すら無くなってしまう。
「リハビリ期間を作ったのは正解だったな。数日で戻れば良いんだが……」
「大丈夫でしょう。まだ若いんですから。なんだったら、それ用の
「いや、申し出はありがたいが、そこに金を使って期間を短縮しても意味は無い。ケイト、お前はどうだ?」
「私の方も、明らかに体力は落ちてるわね。弓を引く力も同様に」
アイリスさんと違い、私と模擬戦をするわけにもいかないケイトさんは、周囲のランニングと弓を使った的当てを行っていたんだけど、彼女の方も自分で判るほどの衰えがあった様子。
まぁ、お腹を下している状態で数日間も寝込み、まったく衰えていないなんて事があるはずも無い。
むしろ、回復した翌日からすぐにこれだけ動けているあたり、普段からよく鍛えられていると言うべきじゃないかな?
「それでは今日は、あまり激しい訓練はせずに、回復に主眼を置いた運動にしましょうか」
「あぁ、そうだな。店長殿には物足りないかもしれないが」
「そこは気にしなくて良いですよ。私、錬金術師ですから。――なんで真面目に、剣の訓練なんてしているんでしょうね?」
とっても不思議。
私の剣術なんて、報奨金を得る手段だったのに。
「そこは偉大な師匠を持ったが故の弊害……いや、恩恵というヤツだろう」
「恩恵って……確かに良い剣をくれた上に、稽古もつけてもらいましたけど」
「私たちは助かってるわよ? それに村の人も。この村が今平穏なのも、店長さんのおかげなんだから」
「そう言われると、真面目に訓練せざるを得ないんですけど……」
この村で生活している以上、この前のような事がまた起こらないとも限らない。
しかも、ここで暮らした期間が長くなれば、ますます村の人たちを見捨てづらくなるわけで。
「頼りにしているぞ、店長殿。共に生活する仲間として、そして剣の師としても」
「師と言われるほどの腕じゃないんですけどね」
未熟な私が師だなんて、烏滸がましい。
そう思いながらも、私は打ちかかってきたアイリスさんを切り払いつつ、昼頃まで訓練につきあったのだった。
エリンさんが私を訪ねてやってきたのは、まるで図ったかのように、その日の昼過ぎ、ちょうど昼食が終わった頃の時間だった。
ウチに応接間なんて存在しないし、店頭で簡単に済む話でもなさそうだったので、案内したのは普段食事を摂っている食堂。
人を迎えるのに向いた場所とは言えないけれど、そこは我慢してもらおう。
小さな家だからね。
頻繁にお客様が来るようなら応接間も必要だろうけど、そんな予定無いし?
そして、この場には私とエリンさんの他に、店番をしているロレアちゃん以外の、アイリスさんとケイトさんが同席している。
作業途中に訪問されるよりも助かる事は間違いないんだけど、アイリスさんたちが回復した翌日に来るとか、狙ってるよね、たぶん。
「サラサさん、本日はお時間を頂きまして、誠にありがとうございます」
「いえ、それは別にかまわないのですが……どのようなご用件ですか?」
「はい。少々言いづらいのですが、皆さんに仕事の依頼をお願いしたいのです」
「仕事? 私だけじゃなく、アイリスさんたちも、というと、錬金術に関する事じゃないんですよね?」
「そうです。他にも、アンドレさんたちのパーティーにもお願いしています。あちらからは、皆さんが引き受けるなら引き受ける、との答えをもらっています」
アンドレさんたちとアイリスさんたち。
どちらもこの村の採集者の中では、上位のパーティー。
それに依頼するような仕事って……やっぱり厄介ごとだよ、これ。
「正直、お断りしたいですね……」
「そう仰らず、お話だけでも聞いていただけませんか?」
話を聞いちゃうと、断りにくくなりそうだから聞きたくないんだけど。
そう思って渋い顔をする私に、ケイトさんが苦笑を浮かべ、取りなすように口を挟んだ。
「まぁまぁ店長さん。村長の代理であるエリンさんが持ってきた話、どちらにしても村に住んでいたら影響を受ける事じゃないの? 今聞かなかったところで、意味が無いんじゃない?」
「……そんな感じのお話ですか?」
「そんな感じのお話です」
聞き返せばエリンさんも苦笑を浮かべ、困ったように肯定する。
私は腕を組み、しばし瞑目。
「…………解りました。お聞きします」
自分の中で“諦め”という折り合いをつけ、頷いた。
しばらく前に起こったヘル・フレイム・グリズリーの狂乱。
村人や採集者の協力によって、大きな被害も無く収束させる事に成功したが、それが発生した原因については未だ判っていない。
過去の事例などから予測はついているが、確定情報ではないのだから、調査するのが当たり前。
当然村長もそのことは解っていて、領主に対して状況の報告と、調査の依頼を行った。
狂乱の時には援助が無かったが、時間的にも間に合わなかったので、それ自体は仕方の無い部分もあった。
しかし、事後の調査ぐらいは行ってくれるだろうと期待して。
だが、しばらく待って戻ってきた答えは『被害が無かったのならどうでも良い。税金はいつも通り満額きっちり払え』だった。
見舞金はおろか、兵士の派遣も、調査も一切なし。
むしろ、『ヘル・フレイム・グリズリーの素材で儲かっているんじゃないか? 儲かっているなら、税金は上がるからな』というような事まで書いてあったらしい。
そんなエリンさんの話を聞いて激高したのはアイリスさんだった。
強く机を叩き、声を上げる。
「なんだそれは! 店長殿なんて、寝込むほどに頑張ったんだぞ!」
「あ、いや、それは私がミスしただけで……」
ヘル・フレイム・グリズリーが原因ではあったけど、むしろあれは自爆。
そこはあまり取り上げないで欲しい。
恥ずかしいから。
「だとしてもだ! 領民を守る事は領主の責務。それを完全に放棄している!!」
怒りをあらわにするアイリスさんに対し、エリンさんは諦め気味にため息をつく。
「そういう領主ならありがたいんですが、ここの領主はそうじゃないですから。取る事にだけは熱心なんですけど」
「私、よく知らないんですけど、ここの領主って誰なんですか?」
「この辺り……このヨック村やサウス・ストラグはカーク準男爵領ね。金儲けはそれなりに上手い貴族よ」
「儲けても、領民のためには使わないようだがな!」
「なるほど……」
情報が少ないから領主としての力量は不明な点は多いけど、サウス・ストラグを押さえているのなら、それだけでもかなりの収入は期待できそう。
そう考えると、ヨック村の様な小さな村に兵士を派遣して、手間とコストをかけるより、放置した方が良いという考え方も理解できる。
住んでいる方としてはたまらないけど、この村から上がる税収と、何人もの兵士を大樹海の奥に向かわせて調査するコスト、どちらが上かと言えば、たぶん後者の方。
大樹海の奥というのは、それぐらいには危険度が高い場所なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます