006 蜂蜜採取とその成果 (4)

 アイリスさんたちの完全復活に要した時間は、四日ほどだった。

 食べた量が少なかったのか、それともアイリスさんたちの体力が高かったのか。

 どちらにしても、めでたい。

 と言う事で、今日の夕食は快気祝いのパーティーである。

「うま、うま! ロレアはさすがだな!」

 ここしばらく、まともな食事ができていなかった事への反動か、テーブルの上に並んだ料理をむさぼるように食べるアイリスさん。

「アイリス、その前に、店長さんとロレアちゃんにしっかりとお礼を言わないと。本当に助かったわ。ありがとう。もぐもぐもぐ」

 などと言いつつ、ケイトさんもしっかりと手と口は動いている。

 しかも、かなりの速さで。

「おっと、そうだった。助かった。ありがとう。色々と情けないところも見せてしまったが……」

「病気の時は仕方ないですよ。ねぇ?」

「はい。私も病気になった時は、お母さんに甘えてしまいますし」

 同意を求めるように言う私に、ロレアちゃんもまた微笑みを浮かべて頷く。

「ロレアはまだ子供だから、それは当然だろう。私たちの場合、自分のミスでやってしまったからな……ははは。もし、宿暮らしだったら、どうなっていたか……」

「そうよね。アンドレさんたちは大丈夫だったのかしら?」

「グレイさんだけが高価な錬成薬ポーションを飲んで、看病をしたようですね」

「そうか。なら安心だな」

 詳しい描写は避けるけど、私が薬を届けに行った時、アンドレさんたちはなかなかに酷い状況だった。

 そして彼らには、私やロレアちゃんがいないわけで。

 壮絶な争奪戦の結果、グレイさんが錬成薬ポーションをゲット。

 すぐに回復する代わりに、他二人の看病を受け持つ事になったのだ。

 アンドレさんとギルさんもあのお薬は飲んでいるので、恐らく二人とも、今日か明日には回復するんじゃないかな?

 欲張って、蜂蜜をたくさん舐めたりしていない限り。

「でも、アイリスさん、ケイトさん。錬金術の素材を安易に口に入れるのは、ダメですよ? 今回は助かりましたけど、命に関わる事もあるんですから!」

 私が指をピンと立てて、メッとやると、二人揃って気まずそうに目を伏せる。

「……面目ない。美味しそうだったから、つい」

「蜂蜜だから、普通に食べられると思っちゃったの。ごめんなさい」

「それは解ります! 甘い物が目の前にあったら、つい手が出ちゃいますよね?」

「ロレアちゃんまで……。ダメだからね? どんなに無害に思える物でも、このお店にある物を安易に舐めたりしない事! 手に付いたら、綺麗に洗ってね?」

 ウンウンと深く頷くロレアちゃんに、私は表情を引き締め、力強く念押しをする。

 本当に命に関わる物もあるんだから。

 まぁ、美味しそうに見える物はほとんど無いんだけど。

「あぁ、今回の事で懲りた。これからはどんなに美味そうに見えても、店長殿に聞いてから手を出す事にする」

「そうね。さすがに庭の隅で用を足す経験は、もうしたくないから」

「はは……私としても、それは避けて欲しいですね」

 そう。結局ケイトさんも、それを経験する事になったんだよね。

 決してアイリスさんが意地悪をしたわけじゃないんだけど、ちょうど二人の波が重なると、どうしようもないわけで。

 おトイレ、ウチには一つしか無いからね。

 綺麗に後始末はしてくれたけど、やはり庭でやられるのはちょっと……って部分はあるから。

「でも、ケイトさんたちも、採取に行っている時や旅の間は、外で用を済ませる事もあるんじゃないですか?」

「ロレアちゃん、それはどうしようもない事だし、元気な時だから割り切れるの」

「家の庭で、しかも長時間動けなくなるのは勘弁してもらいたかったな。本当に、ここの裏庭が壁に囲まれていて良かったと、熟々思う」

 うん、初日のアイリスさんは、かなり可哀想だったよね。

 この店の場所が村はずれ、裏庭、塀で囲まれていて外から見えないの三条件が揃っていなかった場合、私がアイリスさんの立場なら、この村を出て行くことを考えざるを得なかっただろう。

「せめて、携帯トイレが完成していれば良かったんですけどねぇ」

「なにっ!? そんな錬成具アーティファクトがあるのか?」

「はい。昨日、作りました」

「くっ! あの時、それがあればっ!」

「店長さん……何でもうちょっと早く……」

「いや、だって、必要になるとは思ってませんでしたもん」

 残り少ない錬金術大全・第四巻の未作成錬成具アーティファクト

 必要な素材や手間などの面から、残っていたのは大物が多く、先日作ったフローティング・テントや、今回の携帯用トイレもそこに含まれていた。

 基本的に、どれも自分で使う予定がないものだから、興味を引かれるかどうかで作る物を決めていたのだが、携帯トイレの優先度はかなり低く、今回の事が無ければたぶん、作るのは最後の頃になっていた事だろう。

 アイリスさんに加え、ケイトさんまで裏庭行きになった事で、慌てて手を付けたんだけど……まぁ、できあがる頃には必要がなくなってたんだよね。短時間で作れる物じゃないから。

「むむむ……今後の事を考えれば、その携帯用トイレ、買っておくべきか?」

「アイリス、その提案、私もちょっと反対しづらいけど、どんな物か見てからでしょ? 店長さん、後で見せてもらえる?」

「えぇ、かまいませんよ。せっかくですから、これもテントの様に展示しておきましょうか。使い道も無いですし」

「おぉ、表にあったテントか! あれは凄く良いな! ぐっすり眠れる事、間違い無しだな」

「えぇ、結構、人気なんですよ」

 採集者の懐が温かい時に展示したのが奏功したのか、既に二件、フローティング・テントの注文が入っていた。

 大きさなどの打ち合わせは既に済み、現在はロレアちゃんがちくちくとテント作りに励んでいる。

「あれなら野営も苦にならないよな! ケイト、私たち――」

「――には、必要ないわよね。日帰りだから、野営なんてしないもの」

 目を輝かせたアイリスさんの言葉を食い気味に、ケイトさんは首を振って否定する。

「ぐっ……。そうだった。この村に来る道中でして以来、野営して採集した事など、なかったな」

「野営せずに済むなら、その方が良いですよ。なんと言っても、大樹海ですから」

 ここ、ゲルバ・ロッハ山麓樹海が“大樹海”とよばれているのは、伊達でも酔狂でもない。

 素人では村から数時間の距離でも危険性が高く、多少腕が立つ人であっても、日帰りできないような範囲まで踏み込んでしまえば、僅かな油断で命を落とす事になる。

 そして運が悪ければ、それよりも浅い森の外縁部ですら、アイリスさんのように凶暴な魔物と遭遇してしまう事もあり得るのだ。

 そのことを考えれば、アイリスさんたちが日帰りの範囲で活動しているのは、ある意味、とても堅実で賢い選択なんだよね。

 何かあっても、ウチに駆け込んでこれるわけだし。

「お二人は、明日から活動再開ですか?」

 ロレアちゃんの問いに、二人は少し困ったような表情を浮かべる。

「そうだな……借金が増える事は回避しても、しばらく休んだせいで稼げてないから、可能ならそうしたいとは思っているんだが……」

「安全性を確保するため、数日はリハビリをしようと思っているの。回復したとは言っても、体力は落ちてるから……」

「あぁ……でしょうね。見るからに、痩せてますもん」

 数日間、ほとんど食べられず、ひたすら出していたのだ。

 図らずも強制ダイエットである。

 それを取り戻すかのように、今は二人してテーブルに並んだ料理を大量に食べているけど、たくさん食べて一晩寝れば体力も回復、なんて簡単な話ではない。

「店長殿、お時間があれば、私の訓練に付き合ってくれないか?」

「えぇ、かまいませんよ。私もやらないといけないですからね、訓練は。長時間は付き合えませんが」

 師匠にもらった剣を無駄にしないためにも、あれ以降、時間を見つけては訓練を続けている私。

 本業は錬金術師なので、そちらに熱中すると数日サボっちゃう事もあるけど、時間が合えば、アイリスさんと一緒に訓練する事もあるので、数時間程度なら何ら問題も無い。

「では、明日の午前中、お願いできるか?」

「はい、解りました。午後からは……作業の続き、かな」

「そういえば、サラサさん、結構大きい物を作ってましたけど、今は何を作ってるんですか?」

「今はフローティング・ボードっていう錬成具アーティファクトだね。仕組み的には、フローティング・テントの劣化版みたいな物だから、作っててもあんまり面白くないんだけど」

 フローティング・ボードはその名の通り、宙に浮かぶ板。

 用途は重い物の運搬で、荷車の車輪が無くなった物、と言えば解りやすいかな?

 でこぼこの悪路でも、載せている物が重くても、軽い力で動かす事ができるからとっても便利――そうに見えて、実はあんまり便利じゃない錬成具アーティファクト

 なぜならば、これってあんまり効率が良くないんだよね。魔力の。

 例えば、私が身体強化をして荷物を運ぶ場合と、フローティング・ボードに載せて運ぶ場合、どちらがより多く魔力を消費するかと言えば、圧倒的に後者の方なのだ。

 それぐらい効率が悪いので、普通の人が魔晶石を使って運用しようものなら、そのコストはかなりの物で、とてもじゃないが荷馬車を置き換えるなんて、できようはずもない。

 魔力が多い私なら運用はできるけど、使い道と言えば、私では物理的に持ち運べない巨大な物を運搬する時ぐらい?

 軽くて体積が大きい物を運ぶ時なら、それなりに便利かもしれない。

 重くて体積が大きい物の場合は、疲れるのであんまりやりたくない。

 できれば、普通の荷馬車で何とかしたいところだね。

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