004 蜂蜜採取とその成果 (2)
「さて、ロレアちゃん。ちょっとした惨事があったわけですが」
「はい、悲しい出来事でした」
ロレアちゃんが沈痛な表情を浮かべてるけど、その“悲しい出来事”、今も裏庭で継続中なんですけどね。
フローティング・テントの前に、携帯用おトイレを作っておけば防げた悲劇だけど、まさかこんなことが起きるとは思っても無かったし、仕方ないよね?
「たぶん、アンドレさんたちも苦しんでると思うから、お薬を作ってあげないといけないかな? 放置してたら、死ぬ事もあるし」
「え!? そうなんですか? サラサさん、さっきは死ぬ事は無いって……」
「毒では死なないけど、放置してたら二週間ぐらいはあの状態が続くから。頑張って水分と栄養を取り続ければ大丈夫だけど、かなり辛いし、運が悪ければ……ね。普通の病気と同じで」
「た、大変じゃないですか! えっと、
焦った様に立ち上がるロレアちゃんを宥め、私は少し考え込む。
「一度で治せる
「えぇ! 何でですか!?」
「高いから」
「……あぁ、そうですよね。大事ですよね、お金」
「うん。せっかく腐果蜂の蜂蜜を取ってきたのに、下手したら赤字になっちゃうからね」
まだきちんとチェックしていないけど、アンドレさんたちも含めて五人分の
使わなければ死ぬ状況なら躊躇してられないけど、そこまでしなくても何とかなるレベルだからね、腐果蜂の蜂蜜の毒は。
「なので今回は、専用の解毒薬を作ります。その方が安いので。まずは……原料を採りに行こうか。ロレアちゃんも手伝ってくれる?」
「はい! 私にできる事なら!」
ホント良い子だね。
良い返事をしてくれたロレアちゃんと共に、採取道具を手に裏口から森へ――向かいかけた足をくるりと返し、店舗側の扉から外に出る。
そして、アイリスさんの“苦悶”に耳を塞ぎ、家の横を通って裏手の森へ。
「この辺りの、腐った葉っぱが落ちている地面を掘り返して虫を探してくれる? えっと……この虫。ちょっと小さいけど」
私が地面の中から掘り出して箱の中に放り込んだのは、一センチほどの小さな幼虫。
結構簡単に見つかるんだけど、五人分用意しないといけないので、少し面倒なのだ。
「解りました。どのぐらい必要なんですか?」
「一人分で最低でも一〇匹ほどは欲しいから……少し余裕を見て六〇匹ぐらいは集めたいところだね」
「……これ、薬になるんですよね?」
早速見つけた虫を箱に入れながら尋ねるロレアちゃんに、私はもちろんと頷く。
「この薬、材料費は安いんだけど、手間は掛かるんだよね。……手抜き、しようかな?」
「手抜きですか。ちなみに、手抜きすると、どうなるんですか? 効果が落ちる、とか?」
「いやいや、錬金術師として、効果が落ちるような手抜きはしないよ。単に不味くなるだけ。有効期間も短くなるけど、すぐに飲むなら関係ないしね」
作って一日以内に飲むのであれば、なんの問題も無い。
味の方は、酷い物になると思うけど。たぶん。
飲んだ事無いから、知らないけどね。
「でしたら、手抜きで良いんじゃないですか? サラサさんの忠告を聞かなかったんですよね? 皆さん」
「ん~、明確に食べちゃダメとは言ってないから、忠告を聞かなかったのとは違うけど……簡単に言うなら、知識不足かな? そのへんも含めて、採集者の自己責任ではあるんだけどね」
ただ今回の場合、私が採集を奨めた部分もあるので、少し責任も感じるところ。
それもあって、依頼もされてないのに、こうして薬の素材を集めに来ているんだけどね。
三〇分ほどかけて虫を集めた私たちは、早速薬作りに取りかかる。
採集してきた虫はふるい状の箱に移して、糞を出すまでしばらく放置。
その間に他の素材を準備して、薬研で磨り潰していくわけだけど、どちらかと言えば今回の薬は、錬金術師よりも薬師の領分。
なので、作業工程の大半はロレアちゃんでもできる。
「それじゃ、お願いできるかな? ちょっと様子を見てくるから」
「はい。任せてください!」
やる気を見せるロレアちゃんに作業工程を指示し、私はアイリスさんたちの方へ。
まずは未だトイレに籠もったままのケイトさん。
「ケイトさん、お加減はいかがですか?」
「……店長さん、しょ、正直、かなりキツいわ。身体の中身が全部流れ出てしまいそう……。これって、どのくらい続くの?」
「そうですねー、胃腸の丈夫さや食べた量にもよりますけど、二週間ぐらいでしょうか」
「にっ……!! 無理。死んじゃうわ……」
「今、お薬を作っていますから、頑張ってください。とりあえず、水分の補給はしておいてください」
本気で死にそうな声を漏らすケイトさんに、私が水の入ったコップを差し入れると、おトイレの中から伸びてきた手が、震えながらそれを受け取った。
「ありがとう、店長さん。とても申し訳ないんだけど、アイリスの方も見てきてもらえるかしら?」
「えぇ、今から行くつもりです。アイリスさんは見られたくないかもしれませんが」
「その時には、『既にお腹の中まで見られているあなたが、何言っているの』と言ってあげて」
「……あぁ、確かに最初に担ぎ込まれた時には、そんな状態でしたね」
それで恥ずかしさが解消されるかどうかは知らないけど、もっと酷い状態を目撃しているのは間違いない。
そもそも医療従事者相手に、恥ずかしいとか言っても仕方ないしね。
「お水を飲むとまた出るとは思いますが、少しずつでも良いので、ケイトさんもきちんと飲んでくださいね?」
「えぇ、ありがとう」
次に向かったのは裏庭。
扉から顔を出して見回すと……あ、庭の隅にいるね。
その格好を描写するのは止めておこう。アイリスさんの名誉のためにも。
「アイリスさん、調子はいかがですか?」
「て、店長殿!? 後生だ、見ないでくれ……」
そう言われても、放置もできない。
水分が足りなくなったら、本当に危ないから。
「今更ですよ。お水、持ってきましたから、ちょっとずつでも飲んでください」
「かたじけない。ははっ……私は店長殿に、情けないところを見せてばかりだな」
「いえ、そんな事は……」
無い、とは言い切れないのが、ちょっと悲しいところ。
それでもアイリスさんの事は結構好きなのだ、私。
とても単純に、良い人だからね。
「今、お薬を作っているので、もう少し我慢してください」
「ありがとう。この恩は必ず――うぐっ! て、店長殿! 済まないが――」
「あー、はいはい。私は戻りますね。少し落ち着いたら、入ってきてくださいね」
「わかっ――ぐぐぐっ!」
必死で我慢しているアイリスさんのためにも私は慌てて、裏口へと走ったのだった。
「あ、サラサさん、お帰りなさい。お二人は?」
「うん。元気は無いけど、無事だよ。幼虫の方は……、もう良いかな」
幼虫を水洗いすると、それを纏めて薬研に放り込み、ぶちゅぶちゅと潰していく。
なかなかに生々しい音に、ロレアちゃんが顔をしかめて目を逸らす。
「うぅっ。えっと、これって薬ですよね?」
「もちろんだよ?」
「そして、飲み薬、ですよね?」
「うん。内服薬だね。調子が悪いのが胃腸だからね」
「飲むんですか? これを?」
目を逸らしたままロレアちゃんが指さす薬研に入っているのは、深緑……いや、むしろ焦げ茶に近いような色合いの液体。
ドロリとしていて……ここに少し水を加えるから、多少はマシになるけど……。
「私は飲みたくないお薬だよね。ロレアちゃん、味見してみる?」
「しません! ちなみに、手抜きをしなかったら、もう少しマシなんですよね?」
「そうだね、幼虫をまるごと入れたりはしないから。でも、一センチに満たない幼虫を解体して、必要な部位を取り出すとか……大変そうでしょ?」
「えぇ、かなりうんざりする作業ですよね、それ」
しかも六〇匹。ちょっとやってられない。
「全部入れても効果は変わらないからねー。後は水を入れて、錬金窯に移して」
水を加えて少し緩くなった薬を薬研から小鍋サイズの錬金窯に注ぎ、魔力を注ぎながら軽くかき混ぜれば……。
「お薬、完・成! 効果と不味さは保証付きだよ!!」
「うん、いらないですね、後者の保証は」
にっこりと笑って小鍋を掲げる私に、ロレアちゃんはちょっと呆れたようにそう応えた。
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