003 蜂蜜採取とその成果 (1)

 ロレアちゃんにフローティング・テントをお披露目した翌日、防犯機能を追加したそれはお店の前に展示されていた。

 説明用の看板も設置し、『勝手に持ち出したら、命の保証はありません』との注意書きもしっかりと。

 その後、私はいつものように工房に籠もっていたんだけど、ロレアちゃんによると、昼までに既に数件、問い合わせがあったらしい。

 値段が値段だけに、まだ注文には至っていないようだけど、これは期待できるかな?

 こんな便利な錬成具アーティファクトがあったなんて、という声も大きいようだから、今後も展示を増やしていけば、売り上げが増えるかもしれない。

 この村にいる採集者の中だと、アンドレさんたちのパーティーが一番期待できそうなんだけど、一番稼いでいそうなのに、あんまり散財している様子が無いんだよね。

 まぁ、この村だと使うところもあまりないから、町に行って使ってるのかもしれないけど。

「そういえばサラサさん、アイリスさんたち、今日こそは腐果蜂の蜂蜜を採ってくるって言ってましたけど……」

「うん。昨日、やっと巣を見つけたみたいだからね」

 昨晩の夕食時、そんな事を言っていた。

 腐果蜂自体は、氷牙コウモリの洞窟を見張ることですぐに見つけられたみたいだけど、そこから蜂を追跡して巣を見つけるのはなかなかに大変だった模様。

 腐果蜂の飛行速度はかなり速いし、それに応じて活動範囲も広く、数キロ以上に及ぶ。

 そんな蜂を、まともな道も無い森の中で追いかけるとなると、簡単にはいかないのは想像に難くない。

 幸いだったのは、腐果蜂が氷牙コウモリの洞窟と巣の間を継続的に往復していたこと。

 アンドレさんたちとも協力して、道中に人を配置しつつその経路を割り出していき、数日かけて巣まで到達したらしい。

「頑張った甲斐もあって、結構大きい巣だったみたいだから、成果は期待できそうだけどね」

「みたいですね。でも、サラサさん。蜂蜜を狙う魔物とか出たりしないんですか?」

「あぁ、それは大丈夫。だって――」

 私が理由を説明しようとしたその時、やや慌てたように店の扉が開いた。

 そちらに目を向けると、入ってきたのはアイリスさんとケイトさんの二人。

「おかえり――」

「店長さん! おトイレ、借りますね!」

「え、えぇ、それは自由に――」

 私の挨拶を食い気味に遮ったケイトさんは、私の言葉を聞く前にお店の奥へと駆け込んでいった。

 別に良いんだけど……我慢してたのかな?

 女性だと、森の中ではあんまりしたくないしね。

 私はちょっと首を傾げ、苦笑しているアイリスさんへと向き直った。

「改めて、アイリスさん、お帰りなさい」

「お帰りなさいです。蜂蜜は回収できましたか?」

「あぁ、ただいま。蜂蜜はほら、この通り」

 アイリスさんは担いでいた革袋をカウンターにドンと置くと、その口を開いて私たちに見せる。

 ロレアちゃんはその中に積み重なっている蜂の巣板を見て、目を丸くした。

「わぁ、かなり大きい巣ですね? これで半分ですか?」

「もちろん。店長殿に注意されたし、採集者としてのマナーでもあるからな」

「全滅したら、来年以降、困りますからね」

 巣を全部回収してしまえばたくさんの蜂蜜は得られるけれど、そんな事をしてしまえば腐果蜂が全滅してしまう。

 今年は良くても来年以降に採取できなくなるし、他の採集者の迷惑にもなる。

 他の採集物同様、資源の保護は重要なのだ。

「これは全部買い取りで良いんですよね? アンドレさんたちは来ていないようですが」

「あぁ、それで頼む。彼らは――ケイトもなんだが、ちょっと腹の調子が悪くなってな。まっすぐ宿へ帰った。私はなんともないのだが、持って行った食料が悪くなっていたのだろうか……?」

「へぇ、そうなんですか。夏場は傷みやすくなりますから、やっぱり食べ物には気をつけないと……ん?」

 お腹の調子が悪い?

「……もしかして、アンドレさんたち、腐果蜂の蜂蜜を舐めたりしてました?」

「あぁ、少しだけな。やはり高級蜂蜜だけあって、凄く美味しかったな!」

 その時の味を思い出しているのか、嬉しそうに頬を緩めるアイリスさんだけど――。

「食べたんですか! アイリスさんも!?」

「あ、あぁ。ダメだったか? や、やっぱり、借金抱えたまま高級な物を食べるなんて、烏滸がましかったか?」

 きょときょとと視線をさまよわせるアイリスさんに、わたしは思わず立ち上がって声を上げる。

「ばか! おばか! そんな事はどうでも良いの! そうじゃなくて! 腐果蜂の蜂蜜は食べたらダメなの! 毒だから!」

 これが、腐果蜂の蜂蜜を狙う他の動物や魔物が存在しない理由。

 他の動物が食べない、毒のある植物だけを餌とする動物がいるように、腐果蜂もまたそれと同種の虫なんだろう。

「は……? え? 店長殿。高級蜂蜜だって……」

「高級蜂蜜の! あぁ、もう! 誰がどれぐらいの量、食べたの!」

「み、みんな、スプーン一杯ぐらい……だと思う。いや、アンドレたちはもう少し食べていたか?」

 これぐらいの、とアイリスさんが指で示した大きさに、私はホッと息を吐く。

「……それぐらいなら、死ぬ事は無い、ですね。当分、おトイレとパートナー契約を結ぶ事になりますが。アイリスさんは大丈夫なんですか? 食べたんですよね?」

「あ、あぁ、幸いな事に私は――むっ!」

 問題ない、と言いかけたアイリスさんが真剣な表情になり、眉間に皺を寄せる。

 と、同時に聞こえる重低音。

 どこから、とは言うまい。彼女の名誉のために。

「……店長殿、少々中座させてもらっても良いだろうか?」

「それはかまいませんが……ケイトさん、入ってますよね?」

 明確に言わないのは、育ちの良さなのか。

 だがしかし、そんな余裕も長くは続かない。

 足早に居住スペースに移動したアイリスさんを見送って、すぐに聞こえてきたのは、『ドンドンドン』と扉を叩く音と、アイリスさんの声。

「ケイト! 早く出てくれ!」

「無理。しばらくは空かないわ」

「そう言わず! 頼む、ちょっと、ちょっとで良いんだ!」

 コッソリと様子を窺いに行くと、片手でお腹を押さえたアイリスさんが余裕の無い声で、トイレの扉をノックしていた。

「ごめんなさい。もうちょっと待って」

「待てない! ギリギリなんだ!」

「私も余裕が無いの。今動くと……うっ!」

「ケイト! 私がこんなに頼んでもか!」

「アイリス、家を出る時、これからは対等な仲間と言ったじゃない。対等なら、自分の尊厳を優先させて頂きます! うくっ」

「うぐぐ……っ。そこを何とか!」

「な、なんともならないわ!」

「解った! 譲歩しよう! 半分、半分だけで良いんだ! 分け合おう! 親友じゃないか!」

「こればっかりは、親友でも共有できないわ!」

 アイリスさん、かなりピンチなご様子で、扉をノックする音も最初に比べると控えめ。

 足も内股になり、半分くらい座り込んでしまっている。

「……サラサさん、どうにかならないんですか? アイリスさん、可哀想です」

 私の隣で同じように覗き込んでいるロレアちゃんに、私はゆっくりと首を振る。

「ロレアちゃん……。そうは言っても、いきなりトイレを増設する事なんてできないし、ケイトさんだって、余裕は無さそうだよ?」

 現状苦しんでいるケイトさんに、『すぐにトイレから出ろ』なんてこと、私には言えない。

 かと言って、アイリスさんにあそこでやらかされちゃうのは困るし……。

「私に今できるのは、これぐらいかな?」

 私は倉庫からある物を取ってくると、扉をノックする事すらできなくなっていたアイリスさんの手に、それをそっと握らせる。

「て、店長殿……」

 泣きそうな目で私を見上げるアイリスさんに微笑むと、私は裏庭へと続く扉を開ける。

「庭の隅でお願いします」

「くぅぅっ! ケイト! この屈辱、忘れんぞ!」

 捨て台詞を残し、アイリスさんは私が手渡した鍬を杖代わりに、ヨロヨロと裏庭へと出て行く。

 私はせめてもの情けと、そんな彼女の姿を見ないよう、目を伏せて静かに扉を閉めたのだった。


 ――でも、ケイトさん、別に悪くないよね?

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