002 錬成具作りの日々

「さてさて。今日は何を作ろっかなぁ?」

 四巻も残りわずか。

 もう少しで五巻に進めるけれど、師匠曰く『このあたりから大変になってくる』らしい。

 と言っても、真面目にスキルアップに励んでいれば、技術面よりも先に資金的問題が発生するみたいなんだけどね。

 レベルアップのためには、売るあても無い錬成具アーティファクト錬成薬ポーションを作らないといけないわけで。

 資金的余裕がかなりなければ、かなーり、キツい。

 どのぐらい大変かと言えば……例えばアイリスさんが死にかけていた時に使用した錬成薬ポーション

 実はあれも、載っているのは錬金術大全の第四巻。

 でも作製に必要となる素材を買い集めようと思えば、倉庫にお金が唸っていた頃の私でも、躊躇するレベルのコストが掛かる。

 今の手持ちの現金だと……ギリ? 足りない?

 このレベルの資産で無理に挑戦したとして、失敗すれば破産。

 成功したところで売り先が無ければ、運転資金が無くなって終わり。

 こんな錬成具アーティファクト錬成薬ポーションがいくつもあるわけで。

 もし師匠の援助が無ければ、数年は手が出なかったね、絶対。

 でも、そんな感じに師匠が餞別にくれた高級素材も、残りわずか。

 これからは自分で稼いで、高級素材を手に入れないといけない。

「ま、四巻に関してはもう問題ないんだけどね。全部、買い集める事ができたから」

 後は一つずつ作っていくだけ。

 今日のところは……。

「フローティング・テント、作ってみようかな?」

 これはその名の通り、宙に浮かぶ野営用のテント。

 それだけ聞くとなんだか凄そうだけど、実際には地面から一〇センチほどしか浮かばないので、見た目は案外地味。

 だがしかし、侮るなかれ。

 宙に浮かぶ事で、地面の凹凸、湿気、寒さ、虫の侵入などを防ぐ事ができ、快適な睡眠が約束されるのだ。

 一日、二日ならともかく、長期間の遠征を行う事もある採集者にとっては、垂涎の錬成具アーティファクトである事は間違いない。

「大きさは……四、五人用にしようかな?」

 作るだけが目的なら一人用でも良いんだけど、それだと本当に使い道が限られてしまう。

 せめて、アイリスさんたちと採取に行く時にでも使えるぐらいの大きさじゃないとね。

 ……行く機会があるかは判らないけど。

「まずは、革を切って……」

 最初に必要なのはテントの作成。

 これ自体には特殊な作業は何も無く、切り出した革をただひたすらに縫い合わせてテントを作っていくだけ。

 だけ、なんだけど、これが結構大変。

 だって、革を縫うんだよ?

 魔力による身体強化ができるから、世の革職人の皆さんに比べればまだマシだとは思うけど、それにしたって時間が掛かる。

 四、五人が泊まれるサイズのテントなんだから、縫うべき範囲も広いわけで。

 本当なら、革職人に依頼したいところだけど、この村にはいないからねぇ。

「革を簡単に縫える錬成具アーティファクトとか、無いのかな?」

 などと愚痴を口にしつつ、作業を続ける事、数日。

 テントの外観が完成。

 これの床部分に回路を記述して、厚手の革をもう一枚重ねれば、面倒な作業はおおむね完了――。

「なんだけど、せっかくなら、もう一工夫したいところだね。どうせ売れないんだから」

 使うのは私、もしくはアイリスさんたちだけだし、単に浮かぶだけなんてもったいない。

「環境調節布の機能と……虫除けも入れようかな? 他には……」

 当然、普通に作るよりも難易度はアップ。

 でも、それが良い――って事はないけど、修行になるし、使い勝手はアップするんだから問題なし。

 まぁ、必要な魔力量、もしくは魔晶石の消費量が増えるので、良いことばかりじゃないんだけどね。

 自分で使うからこその贅沢である。

「……よし。こんな物かな?」

 少し苦労して書き上げた回路を隠すように革を貼り付け、テントをコンパクトに畳んでから錬金釜へ投入。

 各種素材や水などを注ぎ込み、加熱を開始。

「ぐーるぐる。大物を作る時には、やっぱり大きな釜は必須だね」

 小鍋でも作れる錬成薬ポーションはともかく、テントやシーツなど、大きい錬金釜が無いと作れない錬成具アーティファクトも多いんだけど、大きい錬金釜はかなり高価。

 これも揃えないとフローティング・テントみたいな錬成具アーティファクトを作れないのだから、錬金術師ってお金が掛かるよね。

 錬金術師になる前に思っていた、『資格さえ取れば、簡単に稼げる!』なんてイメージとは大違い。

 もちろん、狭き門なだけあって、普通の平民よりはよっぽど恵まれているんだけど。

「さて。こんな物かな?」

 錬金釜を炉から下ろし、取り出したテントをジャブジャブと水洗い。

 これを乾かせば……。

「完・成! したはず。……きちんと動くか、チェックしよう」

 折りたたんだテントを担いで、店の方へ向かえば、ロレアちゃんが暇そうにカウンターでぼーっとしていた。

 お昼過ぎのこの時間帯はお客さん、来ないんだよねぇ。

 それでも、以前に比べれば採集者以外の村人が訪れるようになっているから、少しはマシなんだけど。

「あれ? サラサさん、今日の作業は終わりですか?」

「終わりと言えば終わりかな? 作った物を確認しようと思って」

 そう言って私が担いでいた物を示すと、ロレアちゃんも興味深そうに立ち上がった。

「何ですか、それ? 見せてもらっても良いですか?」

「うん、かまわないよ。庭に広げるから、行こうか」

 店から出て前庭部分。

 そこにテントを広げて魔力を通せば、設計通り、テントはふわりと地面から浮かび上がる。

「わっ! 浮かんだ……。これって、支える棒なんかも必要ないんですか?」

「うん。だから、持ち運びも簡単なんだよ。便利でしょ?」

「便利です! 凄いです!」

 とは言っても、かなり大きな革製品。

 しかも丈夫な革を使っているから結構重たく、気軽に持ち歩けるほどではないんだけどね。

「ちなみにこれは、中に入ってみると良さが解るよ。さあさあ」

「はい、お邪魔します。……あ、涼しい! それに、ふわふわして気持ちいい!」

「ふっふっふ。寝てみても良いよ?」

「……うわぁ、凄く寝心地が良いです。これ、ベッドで寝るよりも快適ですよ? あはは!」

 言われるままに寝転んだロレアちゃんが、ゴロゴロと転がりながら嬉しそうに笑う。

 そう、正に宙に浮いたような寝心地なのだ、このテント。

 と言うか、事実浮いてるしね。

 空調機能まで追加されているから、快適に眠れる事は間違いなし。

「サラサさん、これっていくらぐらいするんですか? お店で売るんですか?」

「大きさにもよるけど、一〇万レア以上するかな。だから、売れないんじゃないかなぁ、この村だと」

 村人には必要ない物だし、この村にいる採集者、あんまり高い錬成具アーティファクトを買わないし。

 そう言う私に、ロレアちゃんは少し考えて、首を振った。

「いえ、もしかすると売れるかもしれませんよ? 今なら氷牙コウモリの牙のおかげでお金を持っている採集者も多いですし。それに、採集者が錬成具アーティファクトを注文しないのは、どんな物があるのか、よく判っていない事もあるんだと思います。これをここで展示していれば、興味を持つ人もいるんじゃないでしょうか?」

「……なるほど、それは一理あるね」

 少し言葉は悪いけど、採集者には学がない。

 どんな錬成具アーティファクトが存在するかもよく知らないし、作業効率を上げるために工夫する、もしくはそのために必要な道具を手に入れようとする人も案外少ない。

 なので、ここにお店を構えて半年近くになるけれど、採集者から『こんな錬成具アーティファクトは無いか』と聞かれた事など皆無。

 悲しいかな、『注文受け付けます』の看板を出しているのに、店頭に並べていない錬成具アーティファクトの注文に関しては、ほぼゼロなのだ。

 他の町から来た採集者から、『他の採集者が使っているのを見た、あれ』という形で注文を受ける事はあるけど、その数はごく僅かでしかない。

「それにこのテントって、縫い合わせる事は私でもできますよね? 私、店番をしていても暇な時間も多いので、注文が入れば手伝えると思います!」

 両手を握りしめ、やる気に満ちた目を向けるロレアちゃんだけど……。

「うーん、それはありがたいけど、大変だよ? 革を縫うのは」

 私の場合、身体強化を使って、力任せに縫っている。

 でも普通の人にそんな事は不可能で、先に目打ちで革に穴を開けてから、そこに針を通す事になるので、掛かる時間は二倍以上。

 かなり大変な作業だし、ロレアちゃんにやらせるのはちょっと申し訳ない。

「いえ、私としては、大半の時間は暇なのに、普通にお給料をもらう方が心苦しいので……。むしろ、他にも手伝える作業があるようなら、言ってくださいね?」

「そう? 私としては、ご飯を作ってくれているだけでもありがたいんだけど……解った。頼める事があれば、お願いするね」

「はい、是非。テントの方も、盗まれたりしないよう、しっかりと見張っておきますから」

「うん。でも、防犯装置を付けておくから、そっちはあまり気にしなくて良いよ」

 下手にロレアちゃんが注意しちゃうと、逆上した泥棒に怪我させられるかもしれない。

 テントには、夜這い撃退機能も追加してあるので、それをちょっと改造して、庭から外に持ち出そうとしたら発動するようにしておこう。

 下手したら命に関わるけど……泥棒相手なら、別に良いよね?

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