第三章 お金が無い?

001 プロローグ

 ちょっと困った商人を追い出してしばらく。

 一時はバブルの様相を呈していた氷牙コウモリの牙も、私が買い取り価格を大幅に下げたことに加え、洞窟に生息する数が減ったこともあり、だいぶ落ち着きを取り戻していた。

 一部、文句を言う採集者もいたけれど、『来年以降の資源保護のため』と言えば、殆どは素直に引き下がってくれたので大きな問題は起きていない。

 そもそも、大半の採集者はそれまでにかなり稼いでいたから、懐事情に問題は無かったことも大きい。

 むしろそれまでに貯めたお金を使って、ちょっとした贅沢をしたりしているので、村はちょっとした好景気に沸いている。

「とは言え、私自身は労多くして功少なしって感じですけど」

 ここしばらくでやった事と、その結果を思い出し、やれやれと首を振る私に、ロレアちゃんが不思議そうな表情になる。

「そうですか? 私にはそこまで大変そうには見えなかったんですが……」

「……あれ? そうだった?」

 錬金術師なのに洞窟に行って狩りをしたり、サウス・ストラグに行って各種打ち合わせをしたり、商人と交渉をしたりと、それなりに大変だったんだけど?

 小首を傾げた私に対し、アイリスさんとケイトさんはロレアちゃんの方に同調する。

「店長殿が頑張っていた事を否定するつもりは無いが、十分な利益を得ているような気はするな」

「現金はそれほど手元に残ってないみたいだけど、店長さん、結構な債権者……いえ、投資家? になったのよね?」

「一応は、そうですが……」

 稼いだお金の大半は、レオノーラさんとの共同出資という形で、くだんの商人が錬金術師に対して貸し付けていた、債権の買い取りに使ってしまった。

 即金買い取りと言う事で、かなり買い叩いたみたいだけど、それでも現時点では有望な投資先というわけでもなく――。

「回収には時間が掛かりそうなんですよねぇ。そもそもが、商売上手とは言えない錬金術師ですし」

 本来、地道に退屈な作業をコツコツと熟してお金を貯めていけば、借金生活になんて突入しないのが錬金術師。

 にもかかわらず、借金状態になっている錬金術師が相手なわけで。

 一応、借金を抱える事になった事情に関しては、レオノーラさんが『デューデリジェンスが大事だから!』と調査したみたいで、私も聞いているんだけど……同情せざるを得ない事情がある人から、呆れるしかない相手までピンキリだった。

 返済計画に関しては、そのへんの事も加味して、レオノーラさんが受け持ってくれたので、完全にお任せなんだけどね。

「しかし、サラサさん、よくそんな相手にお金を貸しましたね?」

「ん~、債権の買い取りだから、貸したのとは少し違うけど……」

 一応、『呆れるしかない相手』に関しては、かなり頻繁に厳しい監査を入れると言っていたので、たぶん大丈夫、と思いたい。

 手段はちょっとアレだったけど、一応、私が苦労して稼いだお金なんだから。

 少なくとも錬金術師の資格を取れるだけの実力はあるのだから、無理さえしなければ、利益は出せるはずだしね。

「ま、仮に焦げ付いても、今回の事で、素材はたくさん手に入ったから問題は無いかな? しばらくは錬金術に集中できそうだよ、ありがたい事に」

 最後、ヨク・バールから買い取った、大量の氷牙コウモリの牙。

 もちろん私だけでは使い切れないので、師匠の伝手でそれと各種素材との交換をお願いしたのだ。

 おかげで、しばらく停滞していた錬金術大全の進捗が、コンスタントに進み始めたので、これだけでも手間をかけた甲斐があるというもの。

 ヨク・バールもたくさんお金を落としていったので、村全体で見ればプラスだしね。

「今、店長殿が作っているのも、そのうちの一つなのか? ――何なんだ、それは」

「これは、共音箱という錬成具アーティファクトだよ。素材を提供してくれたのは、レオノーラさんだけどね」

「へぇ、どうやって使うの?」

「ちょっと待ってね、もうできるから。……よし、完成」

 そう言って私がテーブルの上に置いたのは、手のひらサイズの四角い立方体。

 一見するとただの木箱なんだけど、もちろん、そんなはずもない。

「これに手を置いてね……『テスト、テスト。レオノーラさん、聞こえますか?』」

『聞こえるわ。成功ね。必要な時は、いつでも連絡してきなさい』

 箱から突然響いた声にアイリスさんたちの目が丸くなる。

 実験成功、だね。

「『はい、ありがとうございます。それではまた』。――という物」

「これは……、離れた町と話ができるのか?」

「うん。結構魔力を使うから、長距離・長時間の使用は難しいんだけどね」

 興味深そうなアイリスさんに、私は持っていた共音箱をポンと手渡す。

「軽いんだな?」

「へぇ、こんな小さな箱で……凄いわね。もっと普及しても良さそうだけど……?」

「凄い錬成具アーティファクトなんですね。見た目はただの木箱みたいなのに」

 共音箱はアイリスさんの手から、ケイトさん、ロレアちゃんへと渡り、全員が興味深そうにくるくると回しながら観察している。

「ちょっと高いからね。標準的な販売価格で五〇万レアだし」

「えっ!! はわっ、はわっ!」

 私の言葉に、ちょうど共音箱を持っていたロレアちゃんがびくりと震える。

 そしてポロリとこぼれる共音箱。

「危ない!」

 素早く動いたのはアイリスさん。

 床に滑り込むように共音箱を抱きかかえ、落下を防いだ。

「す、すみません!」

「いや、大丈夫だ。何とか落とさずにすんだ」

 慌てたようにアイリスさんの傍にしゃがみ込むロレアちゃんに、アイリスさんは笑みを浮かべて立ち上がったんだけど……。

「……あ~、心配しなくても、普通に落としたぐらいじゃ壊れませんよ? よほど運が悪くない限り」

「それは、運が悪ければ壊れるって事よね? 店長さん、高価な物は高価な物っぽく渡して。びっくりするから」

「なるほど。了解です」

 どうやれば良いのか、いまいち解らないけど。

 ちょっと高いだけで、ビクビク扱っていたら、師匠の所でバイトなんかできなかったしねぇ。逆に危ないし。

「あと、ついでに言うと、普通の人にはちょっと使いづらい事も普及してない理由ですね」

 転送陣に比べると、大幅に省エネな共音箱だけど、普通の人なら魔晶石を消費しなければ使えないし、多少魔力がある人でも町と町の間ぐらいに距離が離れると、ちょっと厳しい。

 つまり、共音箱を使おうと思うなら、魔晶石を用意するコスト、もしくは魔力が多い人を用意するコストのいずれかが必要なわけで。

 購入費用に加えて運用コストも高いとなれば、普及しないのもむべなるかな。

 今回私が作ったのも、素材をレオノーラさんが提供してくれた上に、私のレベルアップのためには作る必要があった事、そして私とレオノーラさんであれば、運用コストに関しては無視できる事が大きい。

 レオノーラさんとは今後とも協力体制を維持したいところであるし、正に渡りに船。

 提案された時には二つ返事で同意したのだった。

「やはり錬成具アーティファクトという事か。――ところで店長殿、一つ相談があるのだが、良いだろうか?」

「ええ、かまいませんよ。何ですか?」

 少し躊躇するようなアイリスさんの背中を押すように、私が微笑んで頷くと、彼女は少し考えて口を開いた。

「うむ……。氷牙コウモリの採集はもう終わりだろう? なので、次に採取に向かえるような、何か良い物は無いだろうか?」

「私たち、店長さんに借金があるじゃない? だから、効率の良い採集物、もしくは店長さんが手に入れたいような物があれば教えてもらえたら、と思って。いつも店長さん頼りで申し訳ないんだけど」

「効率の良い物ですか。そうですねぇ……」

 借金自体は急いで返してもらう必要は無いんだけど、早く返したいというアイリスさんたちの気持ちも解る。

 借金なんてしてたら、落ち着かないよね、やっぱり。

「大樹海ですから、当然、一回で借金を返せるような採集物もありますが――」

 悩むように言った私に、アイリスさんとケイトさんが目に見えて顔に焦りを浮かべ、言葉を挟む。

「あっ、も、もちろん、私たちが無事に帰ってこられるようなレベルで頼む」

「そ、そうね。また大怪我をして、結果的に借金が増えるような事になったら、本末転倒だし」

「もちろん、解っていますよ。アイリスさんたちの能力からすると……」

 スパイトワームは一度にたくさん運べるし、在庫も不足がちだけど、アイリスさんたちに頼むのはちょっともったいないか。

 近場であれば、それこそロレアちゃんでも集められるような素材だし、たくさん見つけるのは結構大変。時間あたりの稼ぎはさほど多くない。

 火炎石はこれから冬にかけて需要が増える素材で、買い取り価格も高いけど、この近辺で採取できるのはヘル・フレイム・グリズリーの生息地域だから、先日の狂乱の原因もわかってない現在、そこに行くのはちょっと危険性が高い。

 時季的にはジョフエの実が生っているはずだけど、一つで数万レアになる代わりに滅多に見つからないから、これはちょっとギャンブル要素が大きすぎるよね。

 あれは他の採集の時に見つける、ボーナスアイテム的素材。

 そうなると他には……。

「そうですね、腐果蜂の蜂蜜はどうですか? 時季的にも合っていますし、高級蜂蜜の原料になりますから、かなり高く買い取れますよ? 準備は必要ですけど、大きな巣を見つければ一気に稼げますから」

 頭に浮かんだいくつもの素材を検討し、現在のアイリスさんたちに向いていると思われる物を提案したところ、アイリスさんたちは揃って首を傾げた。

「腐果蜂? ケイト、知っているか?」

「いいえ。初耳。店長さん、申し訳ないんだけど、詳しく教えてもらえる?」

「えぇ、構いませんよ。えっと――」

 腐果蜂とは、その名の通り、腐った果実を主食としている蜜蜂の事である。

 通常は秋の終わり頃によく活動するのだが、氷牙コウモリが生息している地域では、夏頃から活動を開始する。

 その狙いは、氷牙コウモリが貯蓄して腐らせてしまった果物。

 本来であれば、氷牙コウモリにとって腐果蜂は、食料を狙う敵であるはずだが、腐果蜂が狙うのは氷牙コウモリが食べない腐った果実。

 それを奪われたところで氷牙コウモリに損は無く、それどころか洞窟に侵入する敵を排除してくれる事もあり、一種の共生関係になっている。

 そして、氷牙コウモリの果実から蜜を集めた腐果蜂の蜂蜜は特に珍重され、買い取り価格も高くなるのだ。

「ちなみに、氷牙コウモリの洞窟がある近くでは、腐果蜂の巣も大きくなる事が多いようです。食べ物がたくさん得られますからね」

「なるほど……ん? もしかして、今、氷牙コウモリの洞窟に入ると、その蜂に襲われるのか?」

 私の説明の中にあった『敵を排除』に気付いたのか、そう尋ねるアイリスさんに私は頷く。

「その危険性はありますね。虫除けの錬成具アーティファクトを持っていれば、大丈夫だとは思いますが。あ、腐果蜂の蜂蜜を採取する時には、“虫除け”じゃなくて“虫除けベール”がお奨めです」

「普通の虫除けじゃダメなのか? そっちの方が高いだろう?」

「ダメです。“虫除け”は虫が忌避するエリアを作る錬成具アーティファクトですが、自分たちの巣が襲われている時、『忌避する』程度で逃げ出すと思いますか?」

「……確かに。他に必要な物は?」

「蜂毒に対応した解毒薬は必須でしょうね。下手をすれば死にますから」

 これ重要、と強調する私に、ケイトさんが目を丸くする。

「死ぬの!? そんなに危険な蜂なの?」

「誰でも採取できるなら、高くは買い取れませんよ」

「ぬ……それはそうだな。私たちだけじゃなく、アンドレたちも誘うべきか……?」

「そのあたりはお任せします。巣が森のどの辺りにあるか次第ですが、安全性を優先するなら誘った方が良いでしょうね。稼ぎ優先なら、誘わない方が良いでしょうが……」

 蜂自体はさほど脅威ではなくとも、森は他にも魔物が存在するわけで。

 蜂を追いかけて森の奥深くまで侵入してしまえば、アイリスさんたち二人だけではちょっと不安。

 でも、そのあたりは彼女たちが考えるべき事だろう。

 一応、プロの採集者なんだからね。

「ありがとう、店長殿。どうするかはよく考えてみる」

「はい。くれぐれも、お気をつけて」

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