033 エピローグ

 ヨク・バールが村から退去して一週間ほど。

 色々と後始末を終えて落ち着いた私は、ロレアちゃんたちとゆっくりと、午後のお茶を楽しんでいた。

 師匠から送られてきた物と一緒に入っていた、マリアさんお手製のお茶菓子と共に。

 このあたりでは手に入らない、とても美味しいお菓子はロレアちゃんたちにも大好評である。

 でも、ちょっとぐらい遠慮してくれても良いんですよ?

 滅多に食べられない物なんですから。

「これでやっと、のんびり過ごせる様になるね」

「ですね~。でも、サラサさん」

「はい?」

「あの商人が来る前も、結構バタバタしてましたよね? ヘル・フレイム・グリズリーが森から出てきたのも、サラサさんが来て間もない頃でしたし」

「……否定できないね。私は錬金術ができればそれで良いのに」

 私がふぅ、とため息をつくと、アイリスさんがお茶菓子をまた一つ、パクリと口に放り込み、笑みを浮かべつつ指摘する。

「あの商人との対決を決めたのは店長殿だろう?」

「だって、三人とも対決に手を上げるんですもん」

「確かにそうだけど……後悔はしてないんじゃない?」

「してませんね。トータルで見れば、利益の方が大きいですし」

「大きいというか……店長さんは今回の事でかなり儲けてない? 牙もあの商人に言っていたような使い方、しないんでしょ?」

 ちょっとわざとらしく笑みを浮かべて言うケイトさんに、素直なロレアちゃんは目を丸くする。

「え、あれって嘘だったんですか?」

「嘘じゃないよ。魔晶石に加工する方法ってのは、確かにあるからね」

 ただし、とても効率は悪い。

 冷やす事に特化した氷牙コウモリの牙から、その一番の利点、“冷やす”の部分を取り除いて汎用的な魔晶石に変えるのだから、言うなれば、“水が必要だから氷を溶かして水を作る”みたいなもの。

 溶かすためのコストが必要だし、この魔晶石を使って冷却帽子の様な錬成具アーティファクトを作ったりすれば、倍率ドン。とんでもない無駄遣いである。

 だから、氷牙コウモリの牙はそのまま使うのが基本。

 問題はそんなに使い道も無ければ、売り先も無いことなんだけど、今回はかなりの部分を師匠に押しつけちゃいました。

 ここから遠く離れた王都なら、かなりの数が捌けるからね。

 そんなわけで氷牙コウモリの牙を送りつけるのに便乗して、氷牙コウモリの果物も大半を送りつけておいた。

 そして、しばらくして返送されてきたのが、大量のお酒と金貨、おまけでマリアさんのお菓子。

 お酒の方は既にアンドレさんたちが大喜びで持ち帰っている。

「つまり、かなりの稼ぎになったのよね?」

「否定はしません」

 氷牙コウモリの乱獲、プライスレス。

 牙の売却、相場の何割か増しでお金がジャラジャラ。

 牙の買い取り、圧倒的安値で買い叩き。

 買い叩いた牙の売却、相場よりも数割値引きして師匠に押しつける。

 ハッキリ言って、見たことの無い量の金貨が積み上がりました。

「えーっと、どうするの、そのお金」

「私、錬金術師ですから、色々と素材を買い込む予定ではありますが、大半は貸し付けですね」

「貸し付け?」

「一つはディラルさんに。ほら、ディラルさんの宿屋、建て増しを始めたじゃないですか」

「そうだな……ん? あれの原資は店長殿か!?」

「はい。今回は採集者の人たちにも協力してもらいましたから、一部還元です」

 直接協力してくれた人たちには、ちゃんと日当と手数料を払っているから、それ以外の面での貢献、それが宿の拡張。

 宿の部屋は満室、食堂にも入れなくて困っている採集者は結構な数がいた様なので、それを解消するために投資を行ったのだ。

 本当は、私がお金を出して建てようかな、とも思ったんだけど、ディラルさんが『さすがにそれは受け取れないよ!』と固辞したので、融資。

 利息無しで貸し付け、新しく建てた建物で出た利益で少しずつ返してもらう事にした。

「他は、ヨクの被害に遭っていた錬金術師たちですね」

 さすがに私が直接は動きにくいので、私同様に今回のことで利益を上げたレオノーラさんと共同でお金を出し合い、ヨクの持っている債権を買い叩いた。

 彼も死にたくはなかったのだろう。

 タイムリミットが迫る中、かなり阿漕に叩きまくり、すべての債権を買い取った……らしい。

 同席してないから知らないけど、交渉から帰って来たレオノーラさんとフィリオーネさんは、すごく良い笑顔を浮かべていたから。

 その結果、彼が無事に生き延びられたかは……どうなんだろうね?

 レオノーラさんは『少し足りないかもね~』とか言っていたけど。

「そうですか。では、もうこのお店にはそんなにお金、無いんですね? 安心しました。床が抜けるかと思いましたよ」

 ロレアちゃんとしては、“お金を使った”という方が重要だったようで、安堵の表情を浮かべて深く息を吐く。

「ロレアちゃん、そんな、大げさな――」

「大げさじゃないです! 私、お金が置いてある部屋に近づかないようにしてましたもん!」

 ロレアちゃんは一部でも倒れかけたもんね。

 ……一番たくさんお金があった時を見たら、どうなったんだろ?

「店長さんは優しいわね。その人たちは確かに可哀想だけど、別に店長さんが私財を投じることでもないでしょうに」

「あー、新人の錬金術師でしたからね。他人事ひとごととは思えなくて」

 想定よりも人数が多かったのは、意外だったけど。

「でもその“新人”って、全員店長さんより年上なんでしょ?」

「まぁ、そうですね。ケイトさんよりも年上ですね。店を構えているわけですから」

 学校を出てすぐ店を構える私が例外。

 普通は数年、他のお店で修行して、お金を貯めてから店を構える。

「でも、別に損したわけじゃないですよ? これでそれらの錬金術師、私とレオノーラさんの紐付きですから。フフフ……」

「あ、また悪い笑みを……」

「大丈夫だ、ロレア。あれはそんなに悪い事を考えてないから」

「そうよね、店長さんだもんね」

 ロレアちゃんの言葉に、アイリスさんとケイトさんが苦笑を浮かべて肩をすくめる。

「えー、そんな事無いですよ? きちんと借金は返してもらいますし、場合によっては色々と無理を聞いてもらうつもりですから」

「そうなの? 利子はどれぐらいの予定?」

「……今のところ、考えてませんけど」

 お金が無くてピーピー言ってるのに取れないよね?

 これまで、散々苦労してるんだから。

「そもそも、そのへんの未熟な錬金術師に無理を聞いてもらう必要があるのか? 店長殿が。困った時には師匠がいるだろう?」

「……そうですけど」

 そもそもそのへんの錬金術師には負けない様に、努力しているし。私。

「良かった。やっぱりサラサさんですね」

 ロレアちゃんのまぶしい笑顔に、私はそれ以上何も言わず、ティーカップをあおって顔を隠したのだった。

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