032 お片付け (2)

 ヨクが店を出て行くと、すぐに背後の扉が開き、苦笑を浮かべたアイリスさんたち三人が現れた。

 私が盗賊に事は彼も知っているから、力尽くなんて事は無いと思っていたけど、『一応は用心すべき』とアイリスさんたちが主張したので、護衛として控えてもらっていたのだ。

「店長さん、随分と絞ったみたいね?」

「えー、そんな事、無いですよ? 相場の一割も払ってあげましたから」

「一割!? それでよく売るつもりになったな、あの商人。安すぎればダメ元でサウス・ストラグへ持ち込むか、別の町に持ち込むか、色々と方法はあっただろう?」

 あったね。可能性としては。

 でも、それは無理なんだよ。

「フフフ……」

「あ。サラサさんが、悪い笑みを浮かべています」

「ロレアちゃん、悪い笑みとは失礼な。ちょっと根回ししておいただけですよ」

「つまり?」

「あの商人は現時点までに、サウス・ストラグで大量の氷牙コウモリの牙を売り払っています。それも相場よりも安い額で。それを手に入れたレオノーラさんはどうしたでしょうか?」

「錬金術師なんだし、普通なら使うために買うんだろうが……」

「――もしかして、周辺の町に散撒ばらまいた?」

「ケイトさん、正解!」

 私はパチンと指を鳴らし、ケイトさんをピッと指さす。

 やっぱりケイトさん、頭良いよね。

「相場以下で買ってるし、この時季には需要のある素材だからね。輸送費に若干の利益を上乗せしても割安だったから、よく売れたみたいだよ?」

 そして、それを買った人もまた、他の町へと持っていく。

 つまり、この周辺で輸送費を掛けても割が合うような販売場所は、既に残っていないのだ。

 それでもちょっとなら買い取る人もいるだろうが、ヨクの持っている牙の量は“ちょっと”どころでは無い。

「私の所に持って来たって事は、レオノーラさんの所で一度、これ以上買えないと断られてるはずだよ。もし私の値付けが気に入らなくて、再度レオノーラさんの所へ持ち込んだとしても、それはそれで別に良いしね」

「そうなのか?」

「はい。買い叩くのが私じゃなくて、レオノーラさんに変わるだけですから」

「……完全にグルなんだな」

「人聞きが悪いです。単なる、業務提携ですよ。ご近所ですからね。仲良くなっていかないと」

 共存共栄。

 良い言葉だよね。

「それでも、遠くの町まで売りに行く選択肢はあったんじゃないの? 量が量なんだから」

「まぁ、可能、不可能で言えば可能でしょうね。ですが、今回、ヨクにその選択肢はありません」

 自信を持って答えた私に、ロレアちゃんが不思議そうに小首をかしげる。

「何でですか?」

「いくら多少大きな商人だとしても、文字通りロレアちゃんがひっくり返るような量のお金、手元資金で持っていると思う?」

「も、もう! 忘れてください! あれはちょっとびっくりしただけです!」

 顔を赤くして、私の肩をペシペシ叩くロレアちゃんに和みつつ、ちょっと考えていたアイリスさんが首を振った。

「私は商人の事情に詳しくはないが……難しい気はするな」

「えぇ。普通の商人なら、商売の規模に応じた現金しか持ってないわよね。商品や債券など、全体の資産という面は別として」

 そして、資産はそう簡単に現金化なんて、できない。

 つまり、どこかから現金を持ってくる必要があるわけで……。

「彼、今回の件で色々とお金を借りたみたいですね。ちょっとマズい筋からも」

「“マズい筋”ってなんです?」

「簡単に言うと、犯罪者集団? まぁ、ヨクも似たようなものだけどね。盗賊に繋ぎが付けられるわけだから」

 当たり前だけど、普通の人は盗賊なんて雇えない。

 それが可能なヨクは、当然、犯罪者と繋がりがあるわけで。

 お金を借りた先もそういう筋であり、そんなところから借りて、期日までに返せないとどうなるか……。

「そういう人たちが、サウス・ストラグで待ち受けているからねぇ。何としてもお金を用意する必要があったんだよ」

 ちなみに、すべてレオノーラさん情報だけど。

 師匠ほどじゃないけど、やっぱりあの人、侮れない。

「じゃあ、あの人って、サウス・ストラグに戻ったら、殺されちゃうんですか……?」

 少し悲しそうな表情になるロレアちゃん。

 そこまで気にする相手とも思えないんだけど、優しいね。

「大丈夫だよ。レオノーラさんが落としどころを用意してるから」

「そうなんですか。なら良かったです」

 それでうまくいくかは、彼がどの程度のお金を借りているか次第なんだけどね。

 場合によっては、そのままさようなら。

 そして、レオノーラさんは、むしろそちらを狙っている。

 中途半端にやって、復活されてしまうと色々と困るから。

 ホッとした様子のロレアちゃんには、伝えないけど。

 チラリとアイリスさんたちに視線を向ければ……彼女たちは気付いていそう。

 口にするつもりは無いみたいだけど。

「さて。あとは後始末をすれば、今回の件は終了だね」

「後始末、ですか?」

「うん。まぁ、各所に協力してもらってるから、それらの精算とか色々ね。そんなわけで、ロレアちゃん、明日からまた少し留守にするから、お願いね?」

「はぁ……? 解りました」

 曖昧な私の言葉に、ロレアちゃんは少し首を捻りながらも頷いたのだった。

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